食堂に迷い込んだ蜂の運命やいかに!
32、仲直り
すっきりとした気持ちで、私は自習室に戻った。
リカが机の上にあるものをダンボールに詰めている。他のスタディメイトはいなかった。
私はリカの存在を無視して、生徒会のノートを机の上に置いて、部屋を出ようとした。
「待って!」
背後でリカが私を呼び止める声がした。
私はドアを開けながら振り向いた。
「あの……この前のことなのだけど……?」
リカは私の反応を見ながら恐る恐る聞いた。
この前の事と言ったら、私がリカの髪を切ろうとした事を言っているのに違いない。
リカはうなだれて、言いにくいことを言わなければならないという様子で上目遣いに私を見た。
私はリカのしおらしい態度を見て、怒りのままにハサミを握った自分の残虐性を素直に恥じた。そして、言った。
「髪を切ろうとしてごめんね。もう、絶対にしない」
リカの表情はすぐに晴れた。
「いいの。気にしないで。あゆみちゃんが本気じゃなかったって、私はわかっていたから」
ニコニコとリカは私に向かって無邪気な微笑みを向ける。
仲直りできて良かった! ……ん? あれ? 私はリカが謝るまで絶対にリカを許さないはずではなかったか……? リカだって私に謝るべきだ!
「リカ、何か私に言うことない?」
私は笑顔で聞いた。
「え? あ、ごめんね」
リカは謝った。
何だか釈然としないものを感じながら私は退寮準備に取り掛かった。
家に持って帰る本と寮に置いていく本を分ける。
「あゆみちゃん、あのね」リカが遠慮がちに話しかけた。
「あゆみちゃんは私の髪の事をどう思う?」
「え?」
全く予期せぬ質問をされて答えに詰まった。
「何でそんなことを聞くの?」
リカは背に手を回し、髪の感触を確かめるように梳く。
「私の髪のせいで、皆に迷惑をかけているんじゃないかと思ったの……」
「迷惑って?」
リカは黙り込んだ。しばらく自分の髪を見つめた後、ゆっくりとしゃべり始めた。
「貞子先輩たちから私の髪を守ろうとしてくれたじゃない? もし、私の髪が短かったらあんな騒ぎは起きなかったし、あゆみちゃんたちが私の事をいろいろと心配してくれる必要もなかったはず……」
「それは違うと思うよ」
私はすかさず言った。
「リカの髪が短くても、誰かがリカを別の形で陥れようとしたと思うよ」
私は正直に言ってから、しまった!と思った。
これでは「何が何でもリカは同性から好かれない」と宣言しているのと同じだ。
私はリカの反応が怖かった。激しく落ち込むのではないかと心配した。
が、リカは突然笑顔になると、
「良かった! それを聞いて安心した!」と言い出した。
リカは唖然としている私に向かって嬉々としてしゃべる。
「だって、もし髪のせいでトラブルが起こるなら、私は髪を切るべきかどうかを悩まなくてはならないじゃない? でも、髪のせいではなくて、私自身のせいでトラブルが起こるというのなら、髪のことを心配しなくて済むんだもん」
私にはリカの思考パターンがわからなかった。
リカは私に向き合うと、
「ねえ、私の欠点を全部言ってくれる? なおすように努力するから!」と言ってきた。
「え?」
日ごろから、リカの欠点を探し出してきたが、面と向かって本人に懇願されると言いにくい。リカの目は私が何か言うことを期待していた。
「えーと、……『協調性』が足りないと思う」
「例えば?」
例えば……、そういえばリカに協調性が足りないと感じた理由は何だったのだろう? 皆が集まっている時にリカは居なかった。前は夕食にすら一緒に食べなかった。でも、それは皆がリカを避けていたからだし、リカも居づらさを感じていたからであって、リカに協調性が欠けていたからとは言えないのではないか?
「待った。今私が言ったことは忘れて!」と、私は無責任なことを言った。
私がリカに対して「協調性がない」と感じた理由はリカの髪にも原因があったのではないか? あまりにも目立ちすぎる髪。リカを陥れようとする人ならば、真っ先にその髪に目を付けるだろう。そしてこの二学期間、リカの髪に振り回されるような事件が起きた。でも……、私はそれを迷惑だと感じたことはないと思う。
悔しいけれど、リカが言った「あゆみちゃんたちが勝手にやったことじゃない!」という言葉は当たっていた。
リカの欠点……、リカに「協調性」が欠けていると思わせる一番の理由……、それはとても単純なことだが、どうしようもないことだ。
リカは美しすぎる。
リカは目立ちすぎる。
リカはモテすぎる。
よって、女の子達がリカに敵意を持つのだ。
しかし、こればかりはどうしようもない。これらは欠点ではなく、誰もが羨むリカの長所なのだ。
私はため息を吐いた。そして、リカの目を見据えて言った。
「一つだけ言わせて……。人の物に落書きをするな!」
リカはうなだれた。
「ごめんなさい」
今度こそ、リカは真剣な表情で私に謝った。
次の日の午前中、期末テストの返却と、成績表が生徒に渡された。
教室を出てから、私は寮に帰り手早く退寮準備を始めた。クリスマス会は夕食後だ。それまでには全て片付けておかないと明日の朝、実家に帰るためのバスを逃してしまう。
33、クリスマス会のごちそう
「明日には退寮か……、今学期も早く終わってしまったね」
静香がローストビーフを一口サイズに切りながら言った。少し寂しそうだ。
「今学期も短く感じたけど、冬休みが過ぎ去るのはもっと早いよ」
千絵がアップルソーダのグラスに口をつけながら言う。
「俺にとって、今学期は長かったぞ」
武がフライドチキンにかじりついたまましゃべった。
隣の健太郎はマッシュポテトにフォークを突っ込んで、口に運んでいる。
「さやかと武はいろいろとあったからねぇ」
早苗は早くもジンジャークッキーにかじりついていた。
その隣のリカはニンジンケーキにたっぷりと生クリームをスプーンで撫で付けていた。
「なかなか刺激的な学期だったな」
ユタがパンをちぎって、言った。
私は会話には参加せず、黙々とチキンを食べていた。イベントの準備のため、皆より早めに体育館へ行かなくてはならない。
喉に残るチキンを飲み干そうとコップを持った時、千絵が甲高い悲鳴をあげた。
「いやー!」
千絵の側に虫がいるのだと私にはわかった。
目を凝らすと千絵のトレイの横に小さなハチが止まっていた。
私は一気に水を飲み干し、グラスを空けると、それを素早くハチの上に被せた。
透明な檻の中でハチは脱出しようと暴れ、小さな体をグラスに叩きつけるように飛びまわっている。
「このハチ、どうする?」
私は千絵の目を見て聞いた。
ここは食堂。全校生徒の目がある場所。
答えはわかっていた。
「お願い! 助けてあげて!」
私は近くの小窓を小さく開け、白い空気の外にハチを逃がしてやった。
暖房のきいた室内で、季節外れにも生き延びたこのハチも、すぐに外で凍え死んでしまうだろう。しかし、そんなことはどうでも良いのだ。肝心なのは、千絵や、私達女の子達が虫も殺せぬ優しい心を持っているように振舞うことだ。
私は笑顔でテーブルに戻ると、食事の続きをした。




