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真冬の怪談、武の気持ち、そして健太郎の気持ち、停電の犯人は?

16、バンド


 

「ねえ、本当かどうか知らないのだけど……」と、おしゃべり弥生が遠慮がちに切り出した。自信の無さが顔に表れている。これは極めて珍しい。彼女はいつも、情報が不確かだろうが嘘だろうが、気にすることなく喋り捲る。

「リカが島先輩のバンドに入ったんだって」

 島先輩は軽音楽部所属でボーカルとしてバンド活動をしている。メンバーは全員高校二年生の男子で、時々キーボードを弾けるユタが「お手伝い」として仲間に加わっている。

 真美が身を乗り出して話を続けた。

「ドラムを担当していた先輩が、先週の体育で肩の骨を痛めちゃって、それでピンチヒッターとして、リカがドラムを叩くことになったんだってさ。クリスマス会で演奏するらしいよ」

消灯後、就寝前のわずかな間に、弥生と真美は私とさやかの寝室にやって来た。特別な目的など無い。彼女達は人の噂をできる限りたくさんしてから一日を終えようと、各部屋を寝る前に回っているのかもしれない。「ご苦労さん」と言いたい。

「リカって、ドラム上手いの?」と、さやかが私に聞いてきた。

「さあ……知らない」

 何故私に聞くんだ? リカのことなんて何も知らないよ。でも、激しいリズムの音楽が好きなリカだから、ドラムも上手く叩くのかもしれない。

 リカは一体どんな子なんだろう……。私はリカに会って初めて、リカのことを良く知りたいと思った。外見から想像されるリカではなく、真実のリカを知りたい。

 


17、真冬の怪談


 

「幽霊!?」

 放課後の教室。私は真面目な顔をして頷く武を見つめていた。そして噴出す。

「寝ぼけたんじゃないの?」

「からかうなよ! 本当だ!」

 武はムキになる。

 静かな教室。ヒーターの穏やかな騒音だけが聞こえる。

 つい三十分ほど前に終わった歴史の授業中、私の机に丁寧に折りたたまれたメモが回ってきた。「あゆみへ」と小学校低学年生が書いたような雑な字を見たとたん、それが武から送られたものだと私は直感した。メモには「放課後、二人で話したいから、教室に残って欲しい」と書かれてあった。で、他の人たちに怪しまれないよう、たわいも無い会話を武と続けながら教室に辛抱強く居残り、つい数分前に最後の邪魔者が教室を出て行った。

「で、どんな幽霊だったの?」

 私は、どうせ武の思い違いだろうと思いながら、面倒くさそうに聞いた。

「女の幽霊だよ。黒い、長い髪の……」

 私はとっさにリカを連想した。が、それは無いと打ち消した。武が幽霊を見たのは消灯後だ。そんな時間に女子生徒が男子寮に行くわけが無い。

「リカの髪より長かった。立ち上がった状態で、床に髪がつくくらい」

「え?」

 今度は貞子先輩を連想した。和美さんが言っていたではないか。貞子先輩は以前、身の丈ほどのロングヘアの持ち主だったと……。しかし、先輩は現在、ショートヘアで、髪がそんなにすぐ伸びるわけが無い。

「あのさ、この学校ができる前、この土地に神社が建っていたっていう噂があるだろ」

 武の言葉に私は頷く。それはただの噂ではなく、本当のことだ。歴史好きの生徒と教員が近所の資料館などを訪ねて調べた結果、わかったことだ。

「そこの神社は、『ある物』を特別に供養してくれるとかで、ここ近辺では結構有名だったらしいぜ」

 もったいぶった武の口調が気に触る。

「ある物って何?」

「わかるか?」

「さっさと答えてよ。でなきゃ、聞かない」

 武はつまらなさそうに眉をひそめた後、言った。

「ハサミだよ」

 意外だった。ハサミを供養する神社なんて聞いたことがない。

「よく『長く使われたものには魂が宿る』っていうじゃねぇか。ハサミを捨てる時に、信心深い人たちはハサミに宿った魂を供養してから捨てたらしい。特に床屋のおやじにとって、ハサミは商売道具であり、ビジネスパートナーだろ? 簡単には処分できない気持ちがあったんだろうな」

「それと、武の見た幽霊と、どう関係があるの?」

「きっと、髪を無理矢理切られた女の執念がハサミに乗り移って、幽霊になって出てきたんだ」

 私は目を丸くした。そしてまた噴出してしまった。

「なにそれ? こじつけじゃん?」

「こじつけじゃねぇよ。ユタだって中学生の時に、その女の幽霊を見たって言うんだ。それに、戦争中はこの辺りは疎開地だっただろ? 都会からやって来たお嬢さん達の髪を『贅沢は禁止』とかで、無理矢理切ったっていう話だってあるんだぞ!」

 また笑ってやろうかと思ったが、武の顔があまりにも真剣だったので止めておいた。

 考えてみれば、悲惨な時代が終わって明るく自由な時代になった、にもかかわらず、現代の女の子達は「女の贅沢」の一つだったロングヘアを復権させようとはしない。「長ければ手入れが面倒」などと言って短くする。そのわりには、髪にお金をたくさんかける。パーマ、ヘアダイ、シャギー・レイヤー、ヘアーアイロン……そのどれもが、髪を自ら傷つけるものだ。現代女性の髪に関する「贅沢」とは、髪を傷めることなのだ。

「まぁ、この話はどうでもいい。俺があゆみと話したかったのは幽霊のことじゃないし」

 武がつぶやく。

何だよ! 早く本題に入れよ!

「さやかのことなんだ」

と、武は遠慮がちに言った。

 


18、武の告白


 

 武とさやかが付き合い始めたのは、中学二年生の時だ。

当時、さやかは胸下までのワンレングスロングヘアだった。艶やかな髪をいつも三つ編みに結って教室に行っていた。

 女の子のロングヘアが胸や脚よりも大好きという武は、さやかに恋心を持った。そしてその恋は成就した。

 が、付き合って2ヶ月たったある日、さやかは髪を肩まで切った。部活動を始め、髪を邪魔に感じるようになったらしい。切ったのは本人の意思だった。

 

「朝、教室に行ってさ、短くなったさやかの髪を見たとき、めちゃくちゃショックだった。でも、そんなこと、さやかには言えないじゃないか! だから『似合う』って、言ったよ」

 武がため息を吐いて言う。暗くなり始める教室で、私は辛抱強く武の昔話を聞いていた。

 もともと仲が良かった武とさやかは、友達のような恋人関係をその後も続けてきた。

「でもさ、時々『俺本当にさやかが好きなのかな』って疑問だったんだ。なんか、ずるずると成り行きで付き合いが続いているという感じだったから……」

「何それ?」

 私は腹が立った。

「それじゃあ、武はさやかの髪は好きだったけど、さやか自身は好きじゃなかったっていうことじゃない?」

 武は黙り込んだ。代わりに私から言ってやった。武が傷付くような言葉をわざと選ぶ。

「だから、長い髪を持った超美人のリカが現れた時、武はさやかなんて、どうでも良くなっちゃったんだ? 最低!」

「……一目惚れだったよ」

 うめくように武は言う。

「でも、長くは続かなかった」

 武はリカに振られたのだ。リカの内面を見ようとしなかったから!

 大きくため息を吐いて、武は私を見つめた。

「俺さ、すげーショックだった」

「そうだろうね。二週間でポイ捨てされたんだもんね」

「そのことじゃねーよ! ……文化祭中に、リカが貞子先輩たちに髪を切られそうになった事件があっただろ? あの時のことだ!」

「へえ? 武って、やっぱり髪の毛にしか興味が無いんだ? リカの髪が切られそうになったことが、振られたことよりもショックだったって言うの?!」

「違う! 俺は、さやかがあんなことに加担していたことが、リカの髪が切られそうになったことよりもショックだったんだ!」

 私は頭が混乱した。でも、すぐに武を睨みつける。

「さやかが、あんなことをしたのは……」

「俺のせいだよ」

 教室に再び沈黙が訪れた。暖房が効きすぎた教室は、少し暑いくらいだ。外では、この冬三度目の雪が激しく降っている。きっと、積もるだろう。

「最初にあの騒動の事を聞いたのは、文化祭二日目の朝だった。二年生の先輩から聞いた。情報は不確かで、リカの髪がバッサリと切られたと聞いたんだ。でも、そんなことはその時の俺にとってはどうでもよかった! さやかが、貞子先輩と一緒にいたと聞いた時、本当にどうしようかと思った。だって、もしリカが学校に訴えれば、さやかはきっと処分を受ける。退学になったりしたら……」

 しかし、リカの髪は切られてはおらず、リカもさやかを学校に訴えなかった。学校を出て行ったのは貞子先輩一人だけだった。

 さやかとリカの間には今でもギクシャクしたわだかまりが残る。それは仕方が無いことだ。しかし、さやかがリカの髪を切ろうとすることは、もう二度とないだろう。

「俺はさやかのことが好きなんだよ。どうしても気になるし、側にいたいと思うんだ。……あゆみ、何とかしてくれないか?」

 自分で何とかしろ! と叫んでやろうかと思ったが、私は考え直した。

 もし、さやかと武の関係が元に戻れば、きっとリカとさやかの関係も今後上手くいくに違いない。自習室に平和が戻る。結構なことだ。

 私は武を見つめ返した。

「さやかはきっと今後も髪を伸ばさないと思うよ。部活動に打ち込んでいるからね。武はそれでも良いの?」

「いい」

キッパリと武は言いきった。

「じゃあ、今日の夕食後、理科室の前の廊下で待っていて。さやかをそこに呼び出すから」

 武は笑顔になって「ありがとう」と言った。そして、

「お前、いい奴だな」と恥ずかしそうに言った。

 


19、健太郎の告白


 

 教室を出ると、廊下に健太郎が立っていた。

 私は思いっきり彼を睨み付けた。鋼の心を持っているといっても、やっぱり罰ゲームに使われた事に対して、私は傷ついていた。しかも、健太郎はそのことについて私に自ら謝らなかった。おしゃべりで調子の軽いユタに説明させたのだ。卑怯だと思う。

 恨みのこもった私の視線を避けるように、健太郎は廊下の床を見つめた。

 無視して足早に過ぎ去る。

「あゆみ! 待てよ!」

 叫んだのは健太郎ではなく、武だった。

 武は健太郎の肩に手を置いて、

「ケンがお前と話をしたいそうだ、教室に戻ってくれ」と言う。

「何で武が言うわけ? 健太郎には口があるでしょ? 声も出るでしょう? 何でいつもコソコソ他の男子にくっついて歩いているんだか!」

 健太郎が顔を上げた。

 一瞬、目の前にいるのは本当に健太郎なのだろうかと疑った。それほど、いつもの彼とは違った真剣な表情をしていた。

 私は渋々教室に入る。健太郎も入ってきた。

 教室の明かりをつけようと、スイッチを入れても蛍光灯は光らなかった。暖房の使いすぎでブレーカーが落ちているらしい。頻繁に起こることだ。

 しばらくの間、私達は暗い教室の中で互いの表情を読めぬまま向かい合っていた。風の音が煩い。雪が固まって窓に殴りつけられる。窓ガラスはパシリパシリと軋む。

曇るような声で健太郎は「ごめん」と謝った。そして、

「これから俺が言う事は、罰ゲームとかじゃなくて、俺の本心だから……」と言い切った。顔はよく見えない。しかし、だからこそ健太郎の緊張を感じ取ることができた。心臓が体内に血液を送る音。彼の血は今、血管ハイウェイをF1レーサー並みのスピードで駆け抜け、上昇している。きっと耳の先まで真っ赤な顔をしているのだろう。顔の辺りで血液が騒いでいる。

私は身構えた。

 健太郎の次の一言が、きっと私の何かを変えるに違いないことを予感した。

「俺と付き合って」

 教室に白い明かりが戻った。ブレーカーが元にもどったのだ。



20、ドライヤー


 

寮に戻ると、廊下で土屋先生がリカと向き合って話していた。リカは必死な形相で先生に嘆願している様子だ。先生の手には大きなドライヤーが握られていた。

パパラッチ弥生がもっと近くで見てやろうと二人に近付く。

「何があったの?」と私は弥生に聞いた。

「さっき停電があったでしょ? あれは、リカのドライヤーのせいらしいよ」

 各寝室には備え付けのドライヤーが置いてある。私物のドライヤーを持ち込む人はほとんどいない。

「マイナスイオンが出る、特別なタイプのドライヤーらしいよ」

 なるほど、髪の痛みに敏感なリカが使っていそうだ。

弥生は好奇心に顔を輝かして言う。

「今は暖房をよく使う季節だからね、停電を防ぐため、電気消費の激しい家電製品の取締りを寮内でやるという話が職員会議で出ているんだって!」

 それで、先生がリカのドライヤーを手に持っているわけか……。

 静香が私と弥生に気が付いて歩み寄ってきた。

「リカがどれだけあのドライヤーを必要としているかを、私から先生に訴え出てあげても良いのだけど……」静香は考え深げに言葉を切った。

「だけど?」

「私は、リカが大人しくあのドライヤーを先生に渡した方がリカの為に良いと思うんだよ」

「何で?」と弥生が詰め寄る。私も理由を知りたい。

「没収の理由が正当だからだよ。各部屋にドライヤーが一つずつ置いてあるのは、電気の使いすぎを防ぐ為でもある。リカのドライヤーは私達の使っているドライヤーの二倍も電力を消費するんだ。もし、リカが今後もマイドライヤーを使って停電が起きたら、リカはひんしゅくを買うだろうよ。そうしたら、また……」

 きっと誰かが言い出すだろう。「髪を切れ!」 と。

 リカには髪を伸ばす自由と権利がある。リカの髪によって誰かが不利益をこうむることにさえならなかったら、誰もリカの髪に文句をつける筋合いはない。しかし、逆に言えば、不利益が起きれば、リカは髪を伸ばす権利を剥奪される。

 私達は寮で共同生活をしている。それは、常に、「個」よりも「全体」を優先する社会だ。もし、個人のわがままで全体に迷惑がかかれば、その個人の自由は制限される。そうやって秩序を保ってきた。

 リカはまだ諦めきれない様子で先生の手の中のドライヤーを見つめている。

 先生は「退寮日に返すから」と言って、リカに背を向けて持ち去ってしまった。

 悲しげなリカに少し同情したが、私は内心、これで良かったと思った。

 


21、夕食


 

「リカの奴、すごいらしいぞ」

 ユタがハンバーグを箸で割りながら言った。

「リズム感もあるし、女の癖に体力があるんだ。激しい曲でも息切れすることなくドラムを叩き終えるって、島先輩が褒めていたぞ」

 リカ本人は、バンドの練習の為、夕食の席にはいなかった。

「クリスマス会での演奏、楽しみだなぁ」

 早苗が野菜炒めのニンジンを皿の端によけながら言った。

「そう言えば、男装女装のショーの服、決めた?」

 さやかがご飯に醤油を垂らしながら早苗に聞いた。

 早苗はユタの方をチラリと見て、「まあ、一応」と言った。

「『和』な服を着ようと思って……」

「でも、クリスマスに『和』は合わないんじゃない?」

 千絵が刻みレタスにソースをかけながら言った。

「だから良いんじゃねーか。他のペアはきっと派手な西洋服を着ると思う。そこに、俺達が和服で花道を歩いたら、目立てるだろう」

 嫌がりながらショーに出ることが決まったユタは今ではやる気満々の様子。根は目立ちたがり屋でお祭り好きなのだ。

 武は黙々とご飯を口に運んでいる。緊張しているのだ。無理も無い。この後に彼はさやかと対面するのだ。

 武の隣には健太郎がいる。食事中にしゃべる事は一切無い。箸でサラダに乗っているミニトマトを器用につまむ。私の視線に気が付き、目が合った瞬間、トマトを落とした。

トマト色に染まる健太郎の顔。

……かわいいじゃないか!! っと、私は心の中で絶叫した。

そして、にやける顔をどうしても元に戻すことができなくなってしまった!

 

 夕食を終えた。食堂を出ると、武は目だけで私に合図をしてきた。私は指を広げた両手を見せ、それから片手を見せた。「十五分後」という合図だ。武は理解したようだ。笑って、口元に拳をあて、横に引くそぶりを見せる。そして男子寮を指差した。「歯を磨きに、一度寮へ帰る」という意味だろう。さやかの前で口が臭かったら大変だ。

 私はさやかと部屋にもどると、「十五分以内にできる限りのおしゃれをして」と言った。さやかは面食らったようだ。わけが解らないという顔をしている。

「理科室前の廊下に行けば、すぐに理由がわかるよ」と私は言った。


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