初めての告白
11、それって?
「告白」って、なんかイメージしていたのと違うぞ。
人気の無い静かな教室。ドキドキという擬態語だけが聞こえる。恐る恐る男の子は女の子に話を切り出す。女の子は照れながら、上目遣いで、可愛くコクリと頷く。花びらが舞う。嬉しさのあまりに女の子に抱きついてしまう男の子。大輪の花で囲まれた最後のコマの下に書かれているのは―End―。
「千絵、その漫画はウソツキだ」と、私は自習室で言った。
千絵は相変わらず無反応で、漫画から目を離さない。
結局私は食堂に行く勇気がなく、さやかにサンドイッチを持って帰ってきてもらって、自習室で食べていた。
数分前に自分の身に起こった不思議な出来事について既に静香、さやか、リカ、早苗に話してある。千絵にも話したのだが、聞いていないので放っておく。
早苗は素直に「やったー! ステキ!! あゆみに彼氏ができた!」と歓声を上げた。
が、リカ、静香、さやかはお互いを困った顔で見合わせている。
「まさか……」と、静香が言いかけた。
「静香! そうと決まったわけじゃないんだから! 黙って!」とさやかが静香を止める。
「何? 何なの……?」私は不安になった。告白されたと思ったのは、私の勘違いだったのだろうか……。私は頭でも打って気絶して、その間に願望丸出しの夢を見ていたのだろうか……。
リカが髪をサラサラと揺らしながら、首を横に振った。
「あゆみちゃんは、何も心配しないで。……おめでとう!」と微笑んでくれた。
私は急に恥ずかしくなってきた。それと同時に、天にも昇るような幸せな気持ちが湧いてきた。
明日から、教室で健太郎に会ったら何と言えば言いのだろうか……どうしたらいい?
何と、バブリーな幸福感! クリスマスバブル、万歳!!
次の日、教室に行くと健太郎の態度はかなり怪しかった。まるで、私など存在しないかのように無視するのだ。
「おはよう」と声をかけても下を向いて通り過ぎてしまう……。
何なんだ? 一体?
苛立ちと疑問に捕らわれて立ち尽くす私と、そそくさと自分の席についてしまう健太郎。
それを見ていたユタが楽しそうに笑った。そのユタの背中を武が密かに蹴る。ユタが武を睨むが、武は怖い顔でユタを睨み返す。
何なの?!
昨日の幸福感とは一変して、ひどく不安になった。
何で皆私の顔を見ようとしないのだろう……?
12、真相
「だからさ、罰ゲームだったんだ」
ユタがオムライスにケチャップをたっぷりとかけながら言った。
私は、さっき飲み込んだレタスが食道に詰まってしまったような気がした。
心臓を吐き出しそうなほど気持ちが悪い。
武がものすごい勢いで立ち上がる。
「ユタ! 黙れ!」
食堂にいた生徒全員が振り向く。
私は突然、スポットライトがまぶしい舞台の中央に引きずり出された気分になった。
生のエンターテイメントを目の当たりにした生徒達は皆、好奇心と期待に満ちた目をしている。
「どういうこと?」一応聞いてみるが、答えは既にわかっていた。
言われる前に、私から言ってやる。
「ゲームに負けたから……、健太郎は、私に『好きだ』と言ったの……?」声が震える。
健太郎は食堂に来ていなかった。気が弱い彼のことだ。自分から本当の事は言い出せなかったのかもしれない。
静香が私の背中を優しくさすりながら、ユタと武を睨みつける。
「あんた達、最低」
ユタが静香を見据えながら、
「俺達だけじゃねぇよ」と悪びれもなく言った。
「ゲームには、高校生男子が十五人ほどが参加していた。うちの学年の奴もいたし、一年上の先輩達もいた。ゲーム内容は『将棋』で、負けた奴を絞り込む、『逆トーナメント』で競った」
ユタはまたオムライスに視線を移しながら、淡々と説明する。
「ゲームを始める前に、既に罰ゲームの内容は決めておいた。『負けた奴が女に告白する』。告る対象の女は三人いて、あゆみはその中のひとり……」
パリンッ
乾いた音をたてて、グラスがタイル張りの床に叩きつけられた。
「もう我慢できない! あんた達の話は聞きたくない! 出て行ってよ!」
ユタは口に運びかけていたオムライスをポロリと落としてしまった。
「出てけって言ったって……ここは皆の食堂だぞ?」
武がトレイを持ってゆっくりと席を立った。
「ユタ、行くぞ」
「え? 俺、まだ食っている最中なんだけど……」
「じゃあ、もう食うな!」
雷のような武の怒鳴り声にユタははじかれたように立ち上がった。そして、「ったく、何なんだよ……」とブツブツ文句を言いながら武の後を追って出て行った。
私は何も言えなかった。何も思いつかなかったし、何も考えたくなかった。
それなのに、私はわかっていた。
罰ゲームに選ばれた女の子達……。どんな基準で選ばれたのか、聞かなくたってわかる。
「下の下」
誰も欲しがらない、腐ったウナギ。
女の子としての価値が無い者。
「あゆみ、気にすることないよ」
静香が私の顔を覗き込んだ。
「男って、最低!」さやかは武達が去っていった方をまだ睨んでいる。
「本当!」早苗も怖い顔を作っていた。
「現実の男なんて、馬鹿ばっかり!」千絵はフォークを握り憤っている。
「千絵は漫画に出てくる男の子にしか恋してないもんねぇ」と早苗が言う。
「だって、あいつらを見ていて、恋しくなれるかよ!? 腹立つだけじゃん!」
「そうだねぇ」
早苗も、千絵も、静香も、私もため息をついた。さやかだけがそんな私達に反抗的な視線を一瞬だけ投げつけた。「武は違うわよ」と目が言っている。
テーブルの向かい側から、リカは悲しそうな顔をして私を見ている。その顔は作り物のように完璧だった。作り物……きっと、リカは悲しい表情を「作っている」のに違いない。リカには私の気持ちなど、絶対に理解できるはずがない。
私とリカは、同じ「人間・女」という生き物なのだろうか?
リカはこんなにも美しく、私はこんなにも醜いのに!!
私は、いつかリカが自習室でため息混じりに言っていたことを思い出した。
「私の付き合う男の子って、私の外見しか見てくれないの。全然本性を知ってくれようとしないの……」
それが何だよ!?
外見であろうが、中身であろうが、男の子達はリカを見ている。それでいいじゃないか!
私はリカが羨ましいと思った。そして、妬ましいと思い、憎らしいと思った。
リカを見ているだけで、私は惨めになる。リカの自信に溢れた態度は、私をますます卑屈にさせる。リカの存在が、私にとって脅威になった。
13、それから……、
ショックで食欲も無くなり、授業を受ける気もしなくなり、遂には寝室に閉じこもる……のではないか、と私は自分で思っていたが、意外にも私の心と体は頑健だった。
ユタから衝撃の事実を知らされて二日後、私は既に「まあ、こんなこともあるか」と開き直っていた。
自分の外見が醜いことに気が付いたのは、何もつい最近のことではない。幼稚園にいたころには、自分は他の女の子達とはちょっと違うと思っていた。可愛らしさや美しさを決して武器にはできない女。人生の比較的早い段階で、その事実に気が付くことができたおかげで、私は顔のことをなじられたり、笑われたりしても深手を負わない鋼の心を持った。「女は顔じゃない」と信じている。だから、勉強だってちゃんとするし、リーダーシップを取れる、体力のある女になることを目指してきたのだ。
でも……、やはり、ムカつく。阿呆な男共、同情するだけで何もしてくれない女友達。時々、私は私を含めた周りの人間全てに敵意を持った。
何で私や他の皆の脳は、リカを「美しい」と判断し、私を「醜い」と選別するのだろう。美的意識って、人それぞれとか言われている。美しいものには様々なタイプの美しさがあって、人によってそれが好意的な美しさだったり、そうではなかったりする。醜さにだっていろいろなタイプがある。好意を持たれる醜さだってあるだろう。でも、醜いものは絶対的に醜いのだ。例え、一人の変わり者が好意を寄せる醜さでも、それが醜いものであることには変わらない。決して美しいものへとは変われない。「醜いアヒルの子」はお伽噺だ。現実はそうそう甘くない。
14、教室
「さっさと男を一人出せ!」と、私は言った。
ホームルームの時間。毎年恒例「クリスマス会」の目玉イベント、ファッションショーに出る男女を一学年一カップルずつ出すことになっている。ショーでは舞台と花道が用意され、自作の衣装を着て全校生徒の注目を一身に集められるのだ。喝采を浴びたい女の子には夢のような瞬間。すでに高1女子からは早苗が出たいとはしゃぎまくり、皆彼女が出ることに賛成した。しかし、男子からは、まだ一人も立候補者がいない。そもそも、このファッションショーには裏があった。
「男じゃねぇよ。女役を出せって事だろ?」一番前の席に座る男子が不満顔で言う。
「そうだね。男装女装ファッションショーだから、男の子には女装してもらうよ」
私は黒板にもたれかかりながらため息をついた。男達は私と目を合わせないように全員下を向いている。俺に不幸な役が回りませんように!!と、必死で祈っている。
ユタだけがニヤニヤ笑いながら私を見ていた。
「何だよ。ユタ、あんた女装したいんじゃないの?」
先日のこともあり、私はユタに話しかけるときには棘棘しい声しか出せない。
「はあ? やりたくねぇよ! 馬鹿!」
ユタも私の敵意を感じているようだ。口調が荒い。しかし、相変わらず顔はにやけている。
「決まり! 候補はユタね。……多数決にします。『反対』の人は手を挙げて下さい。」
民主主義の活用法、可決させたい提案には、絶対に賛成派の挙手を求めてはならない。反対派の挙手を求めるのだ。
予想通り、誰一人手を挙げなかった。皆、疲れた、どうでも良い、誰でも良いからさっさと決まれ!という顔をしている。
ユタが私を鋭く睨む。私は口元を緩めて言った。
「全員賛成ということで、女装する男子はユタに決定」
15、自習室
生徒会が終わった後、自習室に戻るとリカが窓際に腰掛け、ヘッドホンをつけて音楽を聴いていた。暖房のせいで乾燥した部屋に風を通すためか、窓は細く開けられている。リカは目をつむり、うっとりと音楽に聞きほれている。左手には花柄のティーカップを持っている。淡いグレーのワンピースにまとわりつく髪が時折風で揺れる。
完成された美がそこにあった。
優雅とか、清楚とか……私のような俗物が入り込む隙間が無いほど美しい。
悔しいけど、やっぱりリカは綺麗だよ。だから嫌なんだよ……。
私がドアを閉めるとリカはパッチリと目を開けた。
「あゆみちゃん、生徒会お疲れ様」
笑顔で言ってくれる。
リカは優しいし、良い奴だ。
私はリカの欠点を探そうとした。そうでもしないと、もっとリカを嫌いになりそうだったから……。
非の打ちどころのないお嬢様は、存在自体が悪だ。少なくとも、私の様に外見が醜くて、ついでに、心もひん曲がった奴には「非」こそが「魅力」なのだ。そう思わなければ自分が辛い。だから「非」が無い奴には敵意すら抱く。
リカは……リカは、きっと自惚れ屋だ。男の子にちやほやされて、心が高慢になっているに違いない。そして、リカは鈍感だ。私や他のスタディメイト、そして朝子先輩がリカの長い髪を守るためにどれだけ奮闘したか、リカ本人は知らない。そう言えば、貞子先輩に更衣室で髪を切られそうになった後、助け出した私達に「ありがとう」の一言も無かったぞ。
今まで気が付かなかったが、けっこう欠点ってあるもんだな……。
リカは不思議そうに私を見つめている。
私は今考えていたことを全てリカに打ち明けてやりたいと思ったが、リカに好意を持ち始めたところなので、心に余裕があった。
私は笑顔を作って言った。
「バスルームを使いたい? 私とさやかの靴でごまかしてあげてもいいけど?」
リカは顔を輝かせて「ありがとう!」と言った。そして、
「私、支度してくるね」と言って、ヘッドホンを窓枠に置き、部屋を出て行った。
リカが居なくなった後で、私はちょっとだけリカの気分を味わってみたいと思った。
優雅に腰掛けて、可愛らしいティーカップを持ち、クラッシックミュージックに耳を傾ける……。
ヘッドホンを耳に当てる。
機関銃が連発されたような音が耳の奥に響く。
驚いてはずし、廊下の音に耳を澄ませるが、何も聞こえてこない。
何だったんだ? 今のは……?
もう一度ヘッドホンをつけると、機関銃の音は激しく叩かれるドラムの音だとわかった。引き裂くようなエレキ音。雷鳴のようなドラム。突然、
「ワギャレカ! ズギャレガー! ボスズバリドバス!」
意味不明な叫び声がした。
これは……もしかして、「ヘビメタル」と呼ばれる音楽ではないだろうか?
私は騙された気がして、しばらくその曲を聴いていた。
「ダバデリー! ダバデリー! ヂガンドガチマンガン!」
何語だ?
ふと、花柄のティーカップの中を覗いてみる。小さなニンジン、ジャガイモ、ねぎ、そして豚肉の破片が濁った茶色の液体の中で浮いている。ドライフリーズの豚汁だ。
豚汁……私も大好き。
一気にリカに対して親近感が湧く。
何なんだ? このミスマッチ感は? まるで、キャビアから始まった本格フレンチのフルコースの最後のデザートに、ところてんが出てきてしまったようなミスマッチ感。
ん? どうして「ミスマッチ」と感じるのだろうか? リカは清楚だからヘビメタを聴かない? 豚汁なんかを飲まない? ……そんなわけあるか! リカはただ単に自分が好きなものを選りすぐっていただけだ。なのに、私は勝手にリカに対して先入観を持っていたのだ。
リカ自身とリカに付きまとうイメージ。私はきっともっとリカに驚かされることになるかもしれない。




