貞子先輩と和美さんの青春時代 & 文化祭の後はクリスマス!
7、昔の話
「お帰り」と自習室で私を待っていたのは、さやかと静香、和美さんだった。
「和美さんは、今夜だけ寮に泊まってみたいんだって」と静香は言った。
「寮生活って、したことないものだから、どんな感じなのか、一度だけでも味わってみたいと思って……よろしく」と和美さんは着替えの入ったバッグを引き寄せながら言った。
和美さんは今夜、リカのベッドで寝ることになった。もちろん、リカがそうするように言ったのだ。消灯後、私とさやかは、静香とリカの寝室へ、パジャマ姿で訪ねに行った。
さやかは昨晩の騒ぎの責任が自分にもあることを深く思いつめているようで、和美さんとの会話もぎこちない。しかし、それでも何とか打ち解けようと努力している様子だ。
静香は洗面台の鏡に向かって歯を磨いていた。
和美さんはブラシで髪を梳かしている。そして、おもむろにバッグの中から長細い布製の袋のようなものを取り出した。
「それ、なんですか?」とさやかは聞いた。
「髪袋って、私は呼んでいるんだけど……、市販のものではないから、一般に何と呼ばれているのかは知らないわ。ほとんどの人は使わないでしょうね……」と説明しながら長い髪を袋の中に入れ、布の上からゆるくゴムで縛った。
「なるほど……」と静香は興味深く見ている。
「そうすると、髪が寝ている間に絡まらないんですね? リカは髪袋を使っていなくて、毎朝絡まった毛を時間かけてほぐしているんですよ。帰ってきたら、教えてあげよう……」
和美さんが微笑む。
「髪が長いと色々と大変なんですね」と私は言った。
「でも、好きでしていることだから大変だと感じたことはあまり無いな……」
「リカを初めて見たとき、正直に言って、驚いたんです。お尻を隠すほどに長い髪を持つ子を初めて見たから……」
和美さんは穏やかに「そう?」と私を見た。そして、
「私は、自分の身長と同じ長さの髪を持っていた女の子を知っているから、ヒップまでの長さくらいでは、驚かないな……」と言った。
私はビックリした。私だけじゃない。さやかも静香も驚いた顔で和美さんを見つめている。和美さんは夢見るように話を続ける。
「高校生の時、同じクラスにいた女の子が身の丈のロングヘアで、本当に綺麗だった……。私は、その時はまだ胸くらいまでしかなくて、早く貞子と同じくらいの長さになればいいなーって思ってて……」
「今、『貞子』って、言いませんでしたか?」静香が鋭く言った。
「ええ。貞子は高校一年生のころ、超ロングヘアだったの」と和美さんは答えた。
「でも、今は二年生でベリーショートですよ。しかも二十二歳」と私。
和美さんは深くため息をついた。
「昨日、貞子の変わり果てた髪を見て、本当に私はショックを受けたわ。でも、貞子の話を聞いてもっと驚いたのだけど……」
昨晩の更衣室で、貞子先輩が和美さんを見た瞬間に激変した態度に出たことが鮮やかに蘇る。和美さんが全てを知っているのだと私は確信した。
静香が遠慮がちに聞いた。
「もしかして……貞子先輩、いじめにあっていませんでしたか? 中学生の時に……」
和美さんは静香をハッと見上げた。そして、「ええ、多分……」と、曖昧な返事をした。
いじめの定義とは曖昧なものだ。恐らく、和美さんにも貞子先輩がいじめにあっている事に気が付かなかったのだ。だとしたら、その「いじめ」の内容は、悪質か否かを判定するのが難しいほど、微妙なものだったに違いない。
私の脳裏にいつもショートカットを揺らしながら歩く活発で、挑発的な服装をした貞子先輩の姿が浮かび上がった。貞子先輩は常に都会的な雰囲気を漂わせていた。でも、もしあの高慢で自信に溢れた態度そのものが、つくられたものだとしたら……。
「どういういじめだったんだろう……。嫌なあだ名を付けられたとか?」と私は聞いた。
「いえ。そのまま、皆、貞子って呼んでいたわ」と和美さんは答えた。
活発なイメージを振りまく先輩。
ふと、棚から牡丹餅が落ちてきたように私は思いついた。
「あれだ! 映画だ! あの……名前は忘れたけど、テレビから幽霊がでてくるヤバイ怖い映画!! 先輩はあの幽霊のイメージを払拭したかったのかもしれない!」
「そうだ!」と静香も手を打った。「幽霊の名前が『サダコ』だった! 貞子先輩はあの映画の影響を受けて、『サダコ』という嫌なニックネームを貰ってしまったんじゃありませんか? でも、貞子先輩の本名がサダコだったから、いじめている子達と、いじめられている先輩以外の人たちには、貞子先輩が幽霊のニックネームをつけられているとは気が付かなかったかもしれない……」
和美さんは大きく目を見開いて静香を見つめていた。
「そう言われてみれば……。クラスの男の子達が、やたらと貞子の名前をしつこく呼んでいたわ……まるで、からかっているみたいに……。でも、私、映画のことには気が付かなかったから、貞子は男の子達に人気があるのだと、ちょっと妬いていたの……」
実際、貞子先輩は美人だし、本当に男の子達に人気があったのかもしれない。しかし、男の子が女の子に対して優しく自分の気持ちを表すことができるとはかぎらない。ほとんどの子は素直になれず、からかって貞子先輩を困らせていたのではないか? そして、周りの女の子達は貞子先輩の密かな人気に対して嫉妬し、彼女から離れてゆく……。ちょうど、リカがそうだったように……。
「まさか……そのせいで……」と和美さんは突然つぶやいた。そして、私達の視線に気が付くと、ゆっくりと説明し始めた。
「高校一年生の二学期、文化祭の当日に、貞子が自分で自分の髪を切っちゃったことがあるの……十センチくらいだったかな……衝動的にハサミをあてて切ってしまったという感じで……。もしかしたら、自分の黒くて長い髪が幽霊を連想させるのではないか気にして切ってしまおうとしたのかもしれない。でも、大好きな髪だから、バッサリとは切れなかったのでしょうね……。私は、貞子の長い髪が好きだったから、ハサミを髪にあてて教室に立っていた貞子に『やめて!』って叫んだんだけど……」
和美さんは自分の長い髪に袋の上から手をあてた。存在を確かめているかのように優しくなでる。
「でもね、それから、不登校が続いて……とうとう、三学期には学校に来なくなっちゃったの。一度だけ、貞子の実家に会いに行ったことがあるのだけど、貞子のお母さんから『病気で会えない』って言われてしまって結局会えなかったわ。……それから、昨日まで、貞子とは一度も会わなかった」
和美さんは私達の顔を見回した。一人一人の顔を、信頼を確かめるように。
「これから私がここで話す事は、貞子の為に、明日には全て忘れて欲しいの。……約束できる?」
私と静香は無言で頷く。さやかは一人、恐れているように部屋の隅へ隠れたが、
「昨日、貞子先輩が、更衣室で話したんですね……?」と、和美さんをまっすぐに見た。
和美さんは頷く。
「なら、私も知りたいです」さやかの声は和美さんに対して少し敵意を含んだ言い方だった。和美さんは話を続ける。
「貞子は自分の髪をとても大切にしていたのだけど、男の子達にからかわれたり、女の子達に無視されるようになってから、自分の髪の長さを維持することに悩むようになったのだと思う。それで、きっと不登校が続いたりしたんだわ。でも、そんな貞子を貞子のお父さんは理解してくれなかった。冬休みのある日、『そんなに悩んでいるなら、いっそ切ってしまえ!』ってどなって、貞子の髪をバリカンで耳まで短く刈ってしまったって……」
和美さんは自分でしゃべりながら怖くなったらしい。自分の髪の束を両手で包み込んだ。
「ひどい……」静香がうめく。
「バリカン? 耳まで? そんな……」私も言葉が出てこなかった。
さやかは何も言わずにジッと和美さんが話し出すのを待っている。
「それから、部屋にこもるようになってしまって、学校にも行けなくなってしまったそうよ……五年間も、貞子は一人で我慢していたのね……」
五年は長い。私はそれがどれだけ長い時間なのか想像しようとした。が、無理だった。私はこの学校に来て、まだ四年も経っていない。五年間、貞子先輩は孤独の中にいたのだ。
「貞子がショートヘアを今でも維持しているのは、その時のトラウマがあるからよ……。本当は、心から長く伸ばしたいのだと思う。でも、そうすると、父親にまた切られるかもしれないという恐怖があるから、伸びてくると、自分で切ってしまうのね……」
和美さんは自分の髪束を顔に付けた。袋から少しだけ出ている毛先を指にからめる。
もしかして、全寮制のこの学校に来ることを決めたのは、父親から離れるためだったのではないか? そして、リカの長い髪に異常なほど執着したのも、自分のトラウマがあったからこそ、何も恐れることなく黒髪をさらしているリカに激しく嫉妬したのではないだろうか。
「だから、ショートヘアなのに、私にあんな変な脅し方をしたのか……」静香が自分の短い髪に手をあてながら言う。
きっと貞子先輩は、女の子は皆、ロングヘアに対する憧れを持っていると思い込んでいるのだ。
まあ、それは、きっと、ちょっとは真実なような気がしないでもないような……。
現に私は短い髪をしていながら、リカのロングヘアに憧れているではないか。
和美さんは、暗い眼をしてつぶやくように言った。
「貞子が髪を自分で切ってしまうのは、自傷行為だわ……」
「あの……」と、今まで黙っていたさやかが突然遠慮がちに言った。
「貞子先輩には、本当に自傷癖があるんです……」
和美さんは驚いたようにさやかを見た。
「自傷癖って、リストカットとか……?」
「はい」
私は貞子先輩の手と腕を思い出そうとした。が、傷があったような気がしない。貞子先輩はよくノースリーブや袖の短い服を着ているし、大きめな腕輪や時計は付けたりしないので、もしリストカットしているのなら、すぐにでも誰かにバレてしまうはずだ。
「手首じゃないんです。貞子先輩が自分で切るのは足首なんです……」
廊下に突き刺さるようなヒールの付いたブーツ。いつでも、貞子先輩はブーツを履いていた。そうだ、私達の部屋に入ってきた時だって、ブーツを脱がなかったじゃないか! さやかは、貞子先輩の足首に傷があることをきっと前々から知っていたに違いない。
「私、貞子先輩に何かしてあげたかったよ……。貞子先輩が何故足首を切っちゃうのか理由は知らなかったけど……先輩は、怖い時もあるけど、優しい時のほうがよっぽど多いよ。何故か、それを隠しているみたいだけど……」
さやかはまた泣き出した。貞子先輩がいなくなってしまったことを実感してしまったらしい。
「先輩は、これからどうするつもりなんだろう……」と、小さくつぶやいた。
8、手紙
次の日、朝早く目覚めた私は生徒会室に行き、展示室の受付に置かれていたメッセージカード用ポストを開けた。色とりどりのカードがいっせいに箱から雪崩出る。明日までに全てのカードを生徒達に届けなければならない。少しでも配りやすくする為に、私は宛名を見ながら、寮ごとにカードを分けていった。
ふと、手が止まった。
そのカードは、すでにこの学校を去ってしまった人へ宛てられていた。
「貞子へ」男性的な無骨な文字でそう書かれていた。差し出し人を見ると「父」とある。
文化祭に来たのだ。貞子先輩の様子を見に来たのだ。先輩は自分の髪を無残に切り捨てた父に会ったのだろうか……。
私は和美さんにカードを託して、貞子先輩に渡してもらおうと、静香の寝室へ向かった。
昨晩、和美さんから聞いた貞子先輩の話は、この学校で私が知っていた貞子先輩とはまるで別人だった。更衣室から出てきた先輩は惨めだった。和美さんの腕にすがって泣き続ける貞子先輩の姿を思い出した瞬間、私に抱きついて泣いていたさやかの姿と重なった。
私は気が変わって、廊下を引き返した。
このカードはさやかに託そう。
さやかがきっと先輩の手に直接渡してくれるだろうと思った。
9、クリスマスバブル
カレンダーはまだ11月だというのに、メディアは早々とクリスマスを特集し始める。気温も既に冬だ。雪も、積もりはしなかったが二度降った。マフラーと手袋無しには外に出る気がしない。
文化祭が終わって早々、生徒会も、学期末のイベント「クリスマス会」に向けての準備を整え始めた。クリスマス会では、軽音楽部のバンド演奏などが予定されている。ゲームや仮装ファッションショーなど、プログラムは盛りだくさんだ。
私は前々から疑問に思っていたのだが、宗教に興味を持たない多くの日本人にとってクリスマスとは、一体どういうイベントなのだろうか。
冬休みに都心のホテルでアルバイトをしたという早苗の話によれば、イブの夜は、レストランも部屋も予約で一杯なのだそうだ。もちろん、皆、カップルで来る。イブの夜に寝て、25日にチェックアウト。
不謹慎かもしれないが「クリスマスを恋人と過ごせない奴は負け犬」という信仰を多くの人が持っていると思う。だからクリスマス前はカップルが急増する。皆、一人でクリスマスを迎えたくない、負け犬にはなりたくないのだ。
学校内でも、新しいカップルが続々と登場していた。毎日が電撃スキャンダルに溢れているので、噂好きの弥生と真美はこの時期が一番輝いている。
「クリスマスバブル」、虚しくも、何だかウキウキしてしまう季節。
バブルとは幻想だ。皆、自分の彼氏や彼女に「幻想」というマガイモノを被せている。でも、需要があるからマガイモノでも構わないのだ。付き合って、相手を知っていくうちに、被された幻想は徐々に剥がされていく。
クリスマスが終わり、お正月、バレンタインデー、ホワイトデー、と、カップルと企業に都合の良いイベントが続くうちは良い。しかし、3月の末頃になると、幻想は終わる。バブルは弾ける。カップルは別れる。ホワイトデーまで持続したカップルはまだ耐久力があったほうだ。大抵は、2月14日以降、続々とカップル数が減少する。(よって、悔しいことに、大抵の男子はプレゼントの貰い逃げをする!)
「何で皆、彼氏とか彼女が欲しいんだろう……?」と私はつぶやいた。
「あゆみは、彼氏欲しくないの?」とさやかは聞いてきた。
「どうせ、すぐに別れちゃうのがわかっているのに、この時期に付き合い始めるのなんて、馬鹿馬鹿しいよ」
私は二段ベッドの上に上がった。もうすぐ就寝時間だ。
どうせ、私はこの「クリスマスバブル」の恩恵に触れることはないのだ。他人の幸せを手の届かない場所から見ているのは不快ですらある。全く面白くない!
10、告白
天変地異が起きた、私の身に。
全く、信じられない。これは夢か?! 神様が書いた脚本に誰かがいたずら書きをしたのではないか? ちょっと運命が変更されてしまったらしい。
何故かよくわからないが、とにかく、今、私は食堂前の廊下にいる。もうすぐ夕食が始まるので廊下にはたくさんの人たちがいる。皆、興味津々で私達を見ている。
私と健太郎を……。
健太郎は、よく聞き取れないような小さな声で、好きだから付き合って欲しい、みたいなことを私に言った。……と、思う。
いかんせん、彼の声は最新のリニアモーターカーの騒音よりも小さいし、野次馬達の声は球場の声援のごとく。健太郎は私を見ておらず、廊下の床をゆっくりと横断しているテントウムシの方を向いていたと思うが、まさか虫に向かって「付き合って」と言うはずはなく、従って、健太郎が居るところから一番近い位置に立っている私、半径一メートル以内に居る私に向かって、彼は「告白」をしたと、私は理解した。
野次馬の視線が私に注目する。
待ってよ……。何を言えば言い? どうすればいい?
こんな時、リカはどうするんだろう?
男の子から「好きだ」なんて言われる日がこようとは、夢にも思わなかった。いや、願望はあったが、その願望が叶うとは思っていなかった。しかも、健太郎によって叶えられるとは……。
突然、私の心臓は発作を起こした。と、思ったほどに胸が苦しくなった。
顔がしもやけにでもなったかのように、熱く痛くなってくる。
どうしよう。何これ……。何を言えばいい?
野次馬達が私の反応を見て騒いでいる。そして、私の言葉を待っている。
一方、健太郎はまだ下を向いていて、私の顔を見ようともしない。
何かを言わなくては……あゆみ、決断の時!!
私は大きく息を吸い、呼吸を整えてから、
「い……いいよ!」と叫んだ。
そして、寮に向かって駆け出した。居ても立ってもいられない気持ちだった。
私が駆け出したとたんに、中学生の男の子が一人、男子寮に向かって走って行った様な気がする。「号外」を知らせに行く新聞小僧みたいだ……。




