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ep.6 倉庫荒らし

 朝一番に届いた出動要請を、レオンは机の上でもう一度読んだ。


 近郊の村にある共同倉庫が、夜の間に何者かに荒らされている。


 最初は一週間ほど前。それから二度。昨夜で三回目だった。


「盗賊、あるいは魔獣の可能性あり……か」


 盗賊か、魔獣か。書面だけでは、どちらとも言えない。


 レオンは書面を置いた。


「今回は俺も出るぞ」


 勤務表を確認してから、顔を上げた。


「アルノー、ブルーノ、ノエル。準備してくれ」


「了解した」


「分かりました」


「りょうかーい」


 リディアが手元の書類から顔を上げた。


「四名で出動ですね」


「ああ」


 村の近くを通る乗合馬車があった。


 四人はそれに乗り、昼前には村へ着いた。


 昨夜の雨は夜半には上がっていたが、村道の端にはまだ水が残っている。


 共同倉庫の前では、衛兵と倉庫の管理人が待っていた。


「王国軍特別遊撃隊の方ですね。お待ちしていました」


「状況を聞かせてくれ」


 衛兵が倉庫の扉を開けた。


「最初は一週間ほど前です。朝、管理人が来た時にはこうなっていたそうです」


 中には農具や木箱、麻袋が並んでいた。いくつかの箱が倒れ、床には飼い葉が散らばっている。


「片付けたんですが、何日かしてまた荒らされまして。昨夜で三回目です」


 ブルーノが扉の掛け金に手をかけた。


「普段はこれを?」


「ええ。夜は下ろして帰ります」


 何度か動かしてみる。


「壊れてはいませんね」


「朝には外れてるんです」


 衛兵が言った。


「最初は人だと思って、巡回を増やしました。ただ、人手も足りませんし、ここだけに張り込むわけにもいかず……」


「その間にやられたか」


「たぶん」


 レオンは倉庫の奥へ目を向けた。


「ノエル、灯りを頼む」


 ノエルが片手を上げる。白い光球が掌の上に生まれ、そのままふわりと浮かんだ。


「そのまま奥を照らしてくれ」


「りょうかーい」


 光球が倉庫の中を進んでいく。


 ブルーノが倒れた木箱を起こした。


「これは?」


「倒されただけです」


 管理人が答える。


「中には?」


「縄と、農具の留め金が少し。見たところ、なくなった物はないようです」


 棚に並んだ道具にも、荒らされた様子はなかった。


「減ってる物は?」


 レオンが聞いた。


「飼い葉と飼料ですね。二回目なんか、袋が一つ破られてました」


「他には?」


「いやあ……」


 管理人が首を捻った。


「人が食べる物は置いてませんし……減ってるのは、それくらいですね」


 レオンは床に散らばった飼い葉を見た。


「盗賊にしては、変だな」


 振り返ると、アルノーがいない。


 外へ出ると、建物の脇でしゃがみ込んでいた。


「何かあったか?」


「これだ」


 昨夜の雨を含んだ土に、蹄の跡が残っている。


「魔獣か?」


「いや。家畜だろうな」


 アルノーは衛兵を見る。


「この辺を家畜が歩くことは?」


「あります。牛車で荷を運びますから」


「最近は?」


「一昨日に来てますね」


「なら、こいつは当てにならんな」


 倉庫の正面には、人の足跡も車輪の跡もいくつも重なっていた。


 レオンが入口へ戻ると、壁際に細かな飼料がいくらか落ちている。


「これはいつも?」


 管理人が覗き込んだ。


「ああ。荷下ろしすると、どうしても少しこぼれるんですよ。掃いてはいるんですが」


「放牧地でも、これを?」


「ええ。ここから運んでいます」


 アルノーが立ち上がった。


「飼料が入った日は分かるか?」


「帳面を見れば」


 管理人が倉庫の隅に置かれた帳面を開き、何枚かめくった。


「最初が……この日ですね」


 指が止まる。


「あれ」


「どうした?」


「飼料が入ってます」


 もう一度、ページをめくった。


「二回目もだ」


「昨夜は?」


「昨日の昼に入ってます」


 管理人が顔を上げた。


「三回ともか……」


 アルノーが倉庫の外を見る。


「放牧地は?」


「村の西です」


 レオンが頷いた。


「行ってみよう」


 放牧地までは歩いて十分ほどだった。


 木柵に囲まれた丘で、十数頭の牛が草を食べている。


 事情を聞いた飼い主は、困ったように牛たちを見た。


「うちのがですか?」


「まだ分からない」


「でも、朝には全部いますよ。毎日、数は見てます」


 アルノーは牛ではなく、柵の方を見ていた。


 衛兵が先へ歩く。


「一か所、こっちで気づいたところがあります」


 一本の支柱が、わずかに傾いていた。


「ここです」


 アルノーが根元を確かめる。土が緩み、支柱も傷んでいる。


 ブルーノが横木を押すと、支柱ごとぐらりと動いた。


「結構動きますね」


 さらに押すと、隣の支柱との間が大きく開く。手を離すと、柵はゆっくり元へ戻った。


「これなら通れるな」


 アルノーが言った。


「牛が?」


「一頭ならな」


「ここは一度見張りました。ただ、何も出てこなくて。他も回らないといけないので、ずっといるわけにもいかず」


 アルノーが柵の向こうを見る。


「人がいたから出なかったのかもしれんな」


「牛がですか?」


「そのくらいは分かる」


 柵の内側は蹄跡だらけだった。外側は草地で、昨夜の雨があっても、はっきりした跡は見つからない。


「じゃあ、夜のうちに戻ってきてるってことですかね」


 飼い主が言った。


「そうなら数は合う」


「戻ってきますかね」


「知らん」


 アルノーはあっさり答えた。


 一頭の牛がこちらへ寄ってきた。他の牛より、少し体が大きい。


「お前は来なくていい」


 飼い主が額を押し返す。


 牛はそのまま、上着へ鼻先を寄せた。


 ノエルが牛を見る。


「この子、よく食べる?」


「こいつですか?」


「食いますよ。放っとくと他のやつの分まで。その分、乳もよく出すんですけどね」


 牛はもう、足元の草を食べていた。


 レオンは傾いた柵を見た。


「今夜、見てみよう」


 アルノーが頷く。


「俺はここだな」


「一人で大丈夫か?」


「大勢いたら、また出てこないかもしれん」


 ノエルが言った。


「こういうの、ロイの方が得意じゃない?」


「あいつなら、牛の横まで行けるだろうな」


「そこまで近づく必要ある?」


「ない」


 レオンは笑った。


「じゃあ、アルノーは柵。俺たちは倉庫だ」


 衛兵が少し考える。


「ただ、今夜来るとは限りませんよ。毎晩じゃないですから」


「そうだな」


 アルノーが飼い主を見る。


「こいつが好きな飼料は?」


「ありますけど」


「少し借りたい」


 ノエルが首を傾げた。


「罠?」


「餌だ。倉庫の周りに少し撒く」


「それで来なかったら?」


「もう一晩」


「えー」


 夜まで、村の集会所を借りることになった。


 簡単な食事を済ませると、アルノーは壁際の椅子に腰を下ろして目を閉じた。ブルーノも長椅子に身体を預け、ノエルは机に突っ伏している。


 レオンも椅子の背にもたれた。窓の外はまだ明るい。


 今日の相手が本当に牛なら、それに越したことはない。


 盗賊でも魔獣でもない方が、ずっといい。


 ……本当にそうか?


 目を閉じたまま考えているうちに、いつの間にか眠っていた。


 ◇


 目を覚ました頃には、窓の外はもう薄暗かった。


 四人は集会所を出ると、飼い主から借りた飼料を倉庫の入口近くへ少し撒いた。


 アルノーは一人で放牧地へ向かい、レオンたちは共同倉庫から少し離れたところで待つ。


 しばらくは何も起きなかった。


「……来ないね」


 ノエルが小声で言った。


「まだ早い」


 また静かになった。


 どれくらい待っただろう。街道の先に、大きな影が見えた。


 衛兵が動きかける。


 ブルーノがそっと腕を出した。


 影がゆっくり近づいてくる。


 月明かりの下に角が見えた。


「……牛ですね」


「分かってる」


 昼間、飼い主の上着を嗅いでいた牛だった。


 牛は倉庫の前まで来ると、地面へ鼻先を下ろし、撒いておいた飼料を食べる。


 食べ終わると、そのまま扉へ向かった。


 一度、鼻先で掛け金を押す。外れない。


 もう一度押すと、木の棒が少し持ち上がった。


 鼻先を入れ直す。


 掛け金が外れ、扉が開く。


 衛兵が小さく息を吐いた。


「……開けた」


 牛はそのまま中へ入り、飼料の袋へまっすぐ向かって鼻先を押しつけた。


「慣れてますね」


 ブルーノが言った。


 少しして、暗がりからアルノーが現れた。


「あの柵から出た」


 衛兵が柵のある方角を見る。


「それでか……」


 衛兵が飼い主を呼びに走った。


 しばらくすると、飼い主と倉庫の管理人、それに何人かの村人までやってきた。


 飼い主は倉庫の中を覗き込んだ。


「……お前、何してるんだ」


 牛が顔を上げる。


「柵を抜けてきた」


 レオンが言った。


「扉も自分で開けてる」


「自分で?」


「鼻で掛け金を」


 飼い主は牛を見る。掛け金を見る。また牛を見る。


「……そんなことできたのか、お前」


「これ、自分で開けたのか?」


 村人の一人が扉を見た。


「大したもんだな」


「褒めないでくださいよ」


 飼い主が困った顔をする。


「柵も自分で抜けたんだろ?」


「朝には戻ってたんでしょう?」


 ノエルが聞いた。


「いましたよ。毎朝、普通の顔して」


「賢いなあ」


 飼い主は牛を見て、ため息をついた。


「その知恵、別のところで使ってくれればいいんですけどね」


 何人かが笑った。


 飼い主が管理人へ頭を下げる。


「食った分は、うちで弁償します」


「いや、牛のやったことですし」


「でも、三回ですよ」


「柵を直してもらえれば、それでいいですよ。大した量でもないですから」


「……すみません」


 管理人はまだ牛を見ていた。


「しかし、よく覚えたな」


 飼い主はもう一度、ため息をついた。


 柵は夜のうちに支柱を縄で隣の杭へ固定し、根元は明るくなってから直すことになった。


 飼い主が牛に綱をつけた。


「ほら、帰るぞ」


 綱を引くと、牛は大人しく倉庫を出た。ブルーノが反対側につく。


「こっちですよ」


 牛は数歩進んだところで足を止め、振り返った。


 まだ開いたままの扉の向こうに、飼料の袋が見えている。


「扉、閉めましょうか」


 ブルーノが言った。


 管理人が扉を閉め、掛け金を下ろした。


 牛はしばらく扉を見ていた。


「ほら」


 飼い主が綱を引く。


 ようやく一歩、さらに一歩と進む。


「そのまま、そのまま」


 レオンも横についた。


 倉庫から少し離れたところで、牛がまた足を止めた。


「どうした?」


 牛が首を返した。


 飼い主が綱を引く。


「おい、待て」


 牛は倉庫の方へ向きを変えようとする。


 レオンが前へ回り込んだ。


「そっちは違う!」


 牛が右へ避けると、レオンも右へ動く。今度は左へ動き、また回り込んだ。


 飼い主が綱を引き、ブルーノも横から進路を塞ぐ。それでも牛は倉庫の方へ身体を向けようとした。


 もう一度、レオンが前へ出る。


 踏み出した足が、道端のぬかるみに入った。


「あっ」


 滑った。


 両手をつき、そのまま膝まで泥に入る。


 牛はレオンの横を抜けようとしたが、ブルーノと飼い主が綱を押さえた。


「そっちは駄目ですよ」


 牛が止まった。


 レオンは泥の中から顔を上げる。


 ノエルが口元を押さえた。


「……ごめん」


 肩が震えている。


 レオンは何も言わなかった。


 牛を放牧地へ戻し、柵を応急的に塞ぎ終わった頃には、東の空が明るくなっていた。


 村へ戻ると、衛兵が泥だらけのレオンを見た。


「……すみません。まさか、家畜だったとは。特別遊撃隊の方に来ていただいた上に、その……」


 視線が、レオンの服へ落ちる。


「気にしなくていいよ」


 ノエルが言った。


「これも勇者の仕事でしょ」


 レオンは泥のついた袖を見た。


 食いしん坊の牛を一頭、放牧地へ戻しただけだ。


 ため息が出た。


「……そうだな」


 村を出る頃には、すっかり朝だった。


 街道を歩いていると、後ろから馬車の音が聞こえてきた。


 レオンが振り返る。


 朝一番の乗合馬車だった。


「ちょうどいいな」


 ノエルがレオンを見る。


「その格好で乗る気?」


 レオンは自分の服を見下ろした。


 ブルーノが笑った。


「歩きましょう。みんな付き合いますよ」


 乗合馬車が四人の横を通り過ぎていく。


 レオンはそれを見送った。


「……悪いな」


 アルノーが隣を歩きながら言った。


「今度、一杯奢れよ」


 レオンは少しだけ笑った。


「……そうだな」


 四人は、そのまま朝の街道を歩いていった。


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