ep.3 逃げた先
「……下ですね」
セラが杖を地面についたまま言った。
アルノーには、ひとつ思い当たるものがあった。
「この辺には、地下に雨水を逃がすための道があったな」
街道の下を横切る古い排水暗渠だ。普段はほとんど水が流れず、大雨の時だけ山側から集まった水を反対側へ逃がす。
「入口はどこだ」
自警団の男が街道脇を指した。
「点検口ならあります。ただ、とても魔獣が入れるような大きさではありません」
「そうだろうな」
アルノーも以前に見たことがある。人が一人、身体を屈めて入れる程度だったはずだ。
なら、どこから入った。
周囲を見回していると、自警団の男が思い出したように口を開いた。
「そういえば、先々週の嵐で土砂崩れがありまして。立ち入り禁止にした区画があります」
「どこだ」
「この先です。街道から少し下ったところですが」
「案内してくれ」
自警団の男について街道を進んだ。
少し先に縄が張られ、その向こうの斜面は土が剥き出しになっていた。
先々週の秋嵐で崩れた場所だった。
斜面を下りたところで、アルノーは足を止める。
「これか」
崩れた土の下から古い石組みが覗いている。
排水暗渠の一部が崩れ、横腹が大きく露出していた。
これなら大型の魔獣でも入れる。
足元には、街道で見たものと同じ猪型の足跡がいくつも残っている。
「ここから入ったな」
ブルーノが穴の中を覗き込んだ。
「わざわざ地下へですか」
「街道には竜威香がある。一度飛び出したあと、逃げ込める場所を探したんだろう」
足跡は暗渠の奥へ続き、出てきた跡はない。
ブルーノが背中から盾を外した。
「自分が先に入ります」
「俺も行く」
セラとミリアには入口に残ってもらった。
ブルーノが盾を前に構え、崩れた石組みを越える。アルノーはそのすぐ後ろについた。
暗渠の中は薄暗く、乾きかけた泥の上を大きな足跡が奥へ続いている。
数歩進んだところで、低い唸り声がした。
ブルーノが盾を上げる。
もう一度。今度は少し離れた場所からだった。
一つではない。
奥で石を蹴る音がした。
「来る」
大きな影が暗闇から飛び出した。
ブルーノが盾を構える。
鈍い音が暗渠に響いた。
影は押し切ろうとはせず、すぐに身を翻して奥へ戻っていく。
「ここまでだ」
「分かりました」
ブルーノは盾を前にしたまま、ゆっくり下がった。
アルノーも続く。
外へ出て、暗渠を振り返る。
よくは見えなかったが、角があった。体格も、街道に残っていた猪型の足跡とも合う。
おそらく岩角猪。
今ぶつかってきたのは成獣だ。
奥から聞こえた声は一つではなく、足跡にも大小があった。
親子かもしれない。
なら、これ以上中へ入るべきではない。
アルノーは森へ目を向けた。
「ブルーノ」
「はい」
「森を見た方がいい」
ブルーノも暗渠を振り返った。
「何かから逃げてきたと?」
「たぶんな」
「分かりました。森を見ましょう」
アルノーは自警団の男へ向き直る。
「ここを頼む。暗渠には近づかず、離れたところから出入口だけ見ていてくれ」
「何か出てきたら?」
「街道には、たぶん出ない。ただ、危ないようなことがあったら知らせてくれ」
「分かりました」
◇
四人は街道を渡り、反対側の森へ入った。
先頭はアルノーが歩く。
落ち葉の上には、岩角猪らしい足跡が残っていた。深く、歩幅も広い。走っていた跡だ。
アルノーはそれを逆に辿る。
少し後ろをブルーノが歩き、さらにミリアとセラが続いた。
折れた枝や踏み倒された草が、森の奥まで続いていた。
しばらく進んだところで、アルノーは足を止める。
一本の枝が折れていた。
位置が高い。
岩角猪が走って触れる高さではない。
その先にも同じような跡が続いている。
「……上か」
その時、茂みの奥で枝が折れた。
次の瞬間、ブルーノが横を抜けた。
盾を構え、アルノーの前に立つ。
全員が動きを止めた。
風が木々を揺らす。
もう一度、奥で何かが動く。
「待て」
アルノーが低く言う。
ブルーノは盾を構えたまま動かない。
アルノーはその肩越しに森の奥を見た。
大きい。
獣とは違う。
「少し下がれ」
「はい」
ブルーノが半歩だけ位置をずらした。
高い位置の枝が同じ方向に折れ、その先では木の幹が削られ、地面まで長く抉れている。
セラが杖を地面についた。
「地滑りではないですね」
「ああ」
アルノーは倒木の向こうを見る。
何かが動いた。
ブルーノの盾がもう一度上がる。
木々の間に、大きな翼が見えた。
「竜……?」
ミリアが呟く。
中型竜だった。
倒れた木々の間に身体を伏せ、片方の翼を身体へ寄せたまま、ほとんど動かしていない。
周囲には折れた枝と、削れた地面。
着地したというより、落ちた跡だった。
竜がゆっくりと首を上げる。
四人を見た。
ブルーノが盾を構える。
「待て」
アルノーが片手を上げた。
竜は四人を順に見た。
しばらくして、少し気まずそうに口を開く。
「……すまん。落ちた」




