表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『冷徹公爵は私を試しているようですが、全部お見通しです 〜嘘つきな腹黒婚約者の心が読めるので、天然令嬢は余裕でスルーします〜』  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/15

13

「教えてくださいませんか。あなたがそこまでして、私から逃げなければならない理由を」


 私の問いかけが、ひっそりとした応接室に吸い込まれていく。

 窓の外では、夕日が王都の街並みを赤く染め始めていた。長く伸びた影が、分厚い絨毯の上に暗い模様を描いている。


 アルフレート様は、息を止めたまま固まっていた。

 カリン様によってすべての演技を暴かれ、私から真っ直ぐに核心を突かれた。完璧な知能と計算で生きてきた彼にとって、今の状況は完全に未知の領域なのだろう。

 青い瞳が、逃げ場を探すように微かに泳ぐ。


「……君には、関係のないことだ」


 絞り出すように、彼が言った。


「これは、私個人の問題だ。君を巻き込むつもりはない。だから……私から、離れてくれ」


 ――ちくり。


 胸の奥で、小さな針が跳ねた。

 巻き込むつもりはない。私から離れてくれ。

 それが、嘘。


「離れませんわ」


 私は、静かに首を横に振った。


「あなたが理由を話してくださるまで、私はこの屋敷を出ていきません」


「……君は、異常だ」


 アルフレート様は、ひどく疲れたようにソファの背もたれに体を預けた。

 天井を仰ぎ見るその横顔は、彫刻のように美しいけれど、痛々しいほどに脆く見えた。


「私がこれほど冷たくあしらっても、君は怒りもしない。私の不器用な嘘を、まるで面白い喜劇でも見るように笑って受け流す。……君には、自尊心というものがないのか」


「ありますよ、人並みには」


 私は冷めた紅茶の入ったカップを両手で包み込んだ。少しだけ、指先が冷たかったから。


「でも、自尊心よりも好奇心の方が勝ってしまっただけです。私を遠ざけようとして、ご自分の身を削ってまで嘘をつき続ける。そんな不器用な方の本当の心の内を、覗いてみたくなったんです」


「……」


「アルフレート様。あなたが抱えているものは、そんなに恐ろしいものなのですか?」


 彼は答えなかった。

 ただ、目を閉じて、深く長い息を吐き出す。

 その沈黙が、何よりの答えだった。彼の中には、私には想像もつかないほど重く、暗い絶望が渦巻いているのだ。


「……理由など、ない」


 やがて、彼がポツリとこぼした。

 その声は、ひどく乾いていた。


「私はただ、君という存在が鬱陶しくなっただけだ。私の完璧な計画を狂わせる君が、目障りで仕方ない。だから、理由など――」


 ――ちくり。


 私は、ふっと笑みをこぼした。


「嘘ですよ」


 アルフレート様の目が、見開かれる。


「……何?」


「今のも、嘘です。あなたは私のことを鬱陶しいなんて思っていませんし、目障りだとも思っていません。だから、その言葉は私には少しも痛くありませんわ」


 私は彼を見つめて、にっこりと微笑んだ。

 アルフレート様は、完全に言葉を失っていた。

 少し開いた唇が、微かに震えている。何かを言い返そうとして、でもその言葉すら私に見透かされるとわかって、飲み込んだのだろう。


「……どうすればいい」


 うわ言のような呟き。

 彼は両手で顔を覆い、前かがみになった。銀色の髪が、指の間からこぼれ落ちる。


「私の言葉は、すべて君に読まれている。私が何を言っても、君は真実を見抜いてしまう。……これでは、私が君を遠ざける手立てが、何一つないじゃないか」


 天下の軍務卿が、たった一人の令嬢を前にして、完全に白旗を揚げている。

 その姿が、少しだけ可笑しくて、そしてどうしようもなく愛おしかった。


「遠ざける必要なんて、最初からなかったんです」


 私は立ち上がり、彼が座るソファの隣へと歩み寄った。

 ドレスの衣擦れの音が、静かな部屋に響く。

 彼の手がわずかにビクッと震えたけれど、私は構わず、そのすぐ横に腰を下ろした。


 アルフレート様が、弾かれたように顔を上げる。

 至近距離で視線が絡み合った。

 彼の青い瞳の奥にある、強烈な戸惑いと、怯え。

 私が彼に触れようとすれば、彼はきっと逃げ出すだろう。だから、私はただ隣に座るだけにした。


「私は、あなたに嘘をついてほしくないんです。ただ、本当のことだけを話してほしい」


「……本当の、こと」


「はい。今日はお仕事、お疲れ様でしたか?」


 突然の質問に、彼は目を丸くした。

 私の意図がわからず、警戒するように身を硬くする。


「……なぜ、そんなことを聞く」


「嘘をつかない練習です。さあ、答えてくださいな」


 私が急かすと、彼は渋々と口を開いた。


「……疲れた。ひどくな。三日分の書類に目を通し、会議を四つこなした」


「まあ。それは大変でしたね。夕食は召し上がりましたか?」


「いや。……食欲がない」


「睡眠は?」


「……五日前の夜から、まともには寝ていない」


 ――ぽかぽか。


 胸の奥に、陽だまりのような温かさが広がっていく。

 痛くない。一つも、痛くない。

 彼が今、私に全く嘘をつかずに言葉を紡いでくれている。その事実が、私の心をひどく満たした。


「ほら。本当のことを言うのは、そんなに難しくないでしょう?」


 私が微笑むと、アルフレート様は複雑な顔で視線を逸らした。


「こんな他愛のない会話で、何になる。君の体質を面白がっているだけだろう」


「いいえ。私はとても嬉しいんです」


 嘘ではない。心からの本音だ。

 彼が自分自身を偽らず、ありのままの疲れや弱さを私の前に見せてくれたことが、たまらなく嬉しい。


「……君は、本当に変わっているな」


 彼が、呆れたように小さく息を吐いた。

 その声にも、もう嘘の痛みはない。


「アルフレート様。あなたが抱えている理由を、今すぐ無理に聞き出そうとはしません」


 私は、自分の膝の上でそっと手を組んだ。


「でも、いつか必ず教えてくださいね。あなたがご自分で、私に話してもいいと思える日が来るまで、私はずっとお待ちしておりますから」


 アルフレート様は、私の横顔をじっと見つめていた。

 何を考えているのかはわからない。けれど、かつて私を突き放そうとしていた頃の、あの冷たく張り詰めた空気は、もう彼の周囲から消え去っていた。


「……三ヶ月だ」


 不意に、彼が低く呟いた。


「婚約期間は三ヶ月。その期限が来る前に、私は必ず……君を手放す」


 ――きゅっ。


 胸の奥が、小さく軋んだ。

 手放す。

 それが彼にとっての『嘘』であると、私の体が教えてくれる。

 彼は本心では、私を手放したくないのだ。


 でも


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ