第8話:隣国の皇太子、嫁をナンパして旦那の「威圧」で消し飛ぶ
ユカリにプレゼントした『逆鱗のドレス』は、瞬く間に王都中の噂となった。
「伝説の白き神嫁が、深紅の衣を纏った」――その姿を一目見ようと、近隣諸国からも貴族が集まり始める始末だ。
そんな中、俺たちの屋敷に招かれざる客がやってきた。
バルガ帝国の第一皇太子、カシム。あの全裸で捕まった暗殺者ギルの飼い主だ。
「はっはっは! この私に相応しい美姫がいると聞いて来てみれば……なるほど、これは珠玉の逸品だ」
カシムは庭園でくつろぐユカリを見るなり、不敵な笑みを浮かべて歩み寄った。後ろには重装歩兵の親衛隊を引き連れている。
「おい、そこの女。その凡骨な男(俺)と別れて、私の後宮に来い。帝国の妃になれば、そんな安物のドレスではなく、星の数ほど宝石を与えてやろう」
ユカリは露骨に嫌そうな顔をして、俺の背後に隠れた。
「……直人、この人、目が怖いわ。それにこのドレス、安物じゃないし。あんたが作ってくれた宝物なんだから」
ユカリの呟きに、カシムの眉が吊り上がる。
「フン、身の程を知らぬ。おい、その男を排除しろ。女は力で屈服させればいい」
親衛隊が剣を抜こうとしたその時、俺の頭の中にナビゲーターの冷静な声が響いた。
『提案です。先ほど獲得したスキル【竜の咆哮(威圧)】の使用を推奨します。出力を「主夫の怒り」に変換することで、対象の精神構造のみを「さばく」ことが可能です』
「……わかった。ユカリ、ちょっと耳を塞いでてくれ」
俺は一歩前へ出た。
かつて、理不尽なクレームを笑顔で受け流し、ブラック企業の荒波を耐え抜いた俺の『根性』。そこに、古龍の威厳が混ざり合う。
「……うちの嫁を、安っぽいナンパのネタにするな」
「――失せろ」
俺が短くそう言った瞬間。
空気が一変した。俺の背後に、巨大なレッドドラゴンの幻影が浮かび上がり、目に見えるほどの衝撃波となってカシムたちを直撃した。
「ヒィッ……あ、あ、あああああ!!?」
カシム皇太子は、絶叫すら上げられず白目を剥いて卒倒。
親衛隊たちはあまりの恐怖に腰を抜かし、その場で「お許しください!」と号泣しながら、這いつくばって逃げ出していった。
『報告。【竜の咆哮:主夫の怒りver.】により、対象の戦意を完全に解体しました。スキル【満たす者】が発動。カシム皇太子の「不遜な自信」を抽出し、直人様の「家事への集中力」に変換しました』
「……そんなもんまで変換できるのかよ」
「直人、今のすごかった! まるで本物のドラゴンみたいだったわよ!」
ユカリが目を輝かせて俺の腕に抱きつく。
「あ、ああ……。まぁ、俺の大事な嫁さんを連れて行かれちゃ困るからな」
『補足。ユカリ様の心拍数が上昇。今夜の夕食に力を入れることで、さらなる好感度の上昇が見込めます』
「わかってるよ。今日はセバスにいい肉を仕入れさせてあるんだ」
帝国の皇太子を声一つで文字通り「消し飛ばした」俺は、セバスが石碑にまた何か刻もうとするのを必死に止めながら、キッチンへと向かった。
俺の異世界生活。
嫁が最強すぎて敵が来ないと思っていたが、どうやら俺自身も、知らぬ間に「嫁に手を出す奴は絶対に許さない、静かなる怪物」として恐れられ始めているらしい。




