第9話:魔王からの招待状
「セバス……これは凄い上肉じゃないか。流石だね!」
屋敷の裏庭。セバスが用意したのは、この世界でも最高級とされる『ゴールデン・バッファロー』の塊肉だった。金色の毛並みを持つその魔獣の肉は、王族ですら年に一度口にできるかどうかという逸品だ。
「もったいなきお言葉。直人様の『神の包丁』に相応しい食材を、と街中の商会を駆けずり回らせました」
セバスが誇らしげに胸を張る。その後ろでは、メイドたちが「直人様の料理が食べられる……!」と、期待に満ちた表情でバーベキューセットの準備をしている。
「よし、今日も僕が調理するよ。セバスもメイドのみんなも、今日は無礼講だ。一緒に食べよう。……腕が鳴るな」
俺は腰の『神のナイフ』を抜き放った。
『警告。対象:ゴールデン・バッファロー(熟成済み)。「さばく者」の最適ルートを構築します。――完了。最高級のサシを残したまま、筋組織のみを分離可能です』
「……いくぞ」
――シュパパパパパンッ!!
閃光が走る。
宙に舞った巨大な肉の塊が、俺が通り過ぎる瞬間に、均一な厚さのステーキ肉へと「さばかれて」いく。しかも、ナイフが通るたびに肉が最も美味しく焼ける温度まで瞬間的に『仕込まれて』いくのがわかる。
「「「おおおおおっ!!」」」
メイドたちから歓声が上がる。
ジュワァァァ……と、いい音を立てて網の上で踊る肉。
『【満たす者】発動。食材の旨味成分を最大化。さらに、この肉を食べた者の「忠誠心」と「幸福度」を一時的に300%上昇させます』
「……料理にバフまで乗るようになったのか、このスキル」
「直人! 焼けた!? 私、もう我慢できないわ!」
逆鱗のドレスを少し汚さないように気にしながら、ユカリが小走りでやってくる。
「ああ、焼けたぞ。はい、あーん」
「あーん! ……んんんん~っ! 幸せ……! 生きててよかったぁ……」
ユカリが頬を押さえてとろけている。
その光景を見て、セバスやメイドたちも次々に肉を口にし、全員が天を仰いで涙を流していた。
そんな平和で、どこか騒がしいバーベキューの真っ最中。
空から一通の、禍々しい紫色の炎に包まれた手紙が舞い降りてきた。
「……なんだ? 敵襲か?」
俺がナイフを構えようとすると、手紙は燃え尽きることなく、空中に文字を浮かび上がらせた。
『異世界の勇者……失礼、異世界の「主夫」殿へ。
貴殿の作る料理の香りが、魔界の我が玉座まで届きました。
正直、戦争なんてしている場合ではありません。
折り入って相談があります。――美味しいカレーの作り方を、私に教えてはいただけないでしょうか?
追伸:スパイスはこちらで用意します。 魔王より』
「…………は?」
俺とユカリは顔を見合わせた。
どうやら、俺の『さばき』と『やりくり』は、ついに人種も国境も越えて、世界のラスボスまでをも胃袋で掴んでしまったらしい。
「直人、どうするの?」
「……まぁ、魔王が大人しくカレーを煮込んでくれるなら、それが一番平和かもな」
俺は、頭の中のナビゲーターと「魔界のスパイスをどう『さばく』か」の打ち合わせを始めることにした。
田中家の異世界ライフは、どうやら魔王城での料理教室へと発展しそうだ。




