番外編:筒抜けの独り言と、真っ赤な女神様
メイドたちの熱狂から逃れるように、俺は一人キッチンへ逃げ込んでいた。
冷たい水で顔を洗い、高鳴る鼓動を鎮めようとするが……脳裏に焼き付いた「聖メイドユカリ」の姿が離れない。
「……もう、どうしちゃったんだよ、俺……!」
ボウルに水を張りながら、思わず独り言が漏れる。
「ユカリのあんな表情……反則だろ。心臓が飛び出すかと思った。マジで惚れ直したっていうか……。それに、あのメイド服だと、あいつのスタイルの良さが強調されすぎてて……。いかんいかん、妻とはいえ、毎晩こんなに欲情してどうするんだ俺は……。もっと冷静に、紳士的にやりくりしないと……」
「……、……」
背後に、微かな気配を感じた。
いや、気配というより、空間そのものがポッと熱を帯びたような感覚だ。
恐る恐る振り返ると、そこには――まだメイド服姿のまま、両手で顔を覆い隠そうとして、隠しきれていないユカリが立っていた。
「……ゆ、ユカリ」
「…………全部、聞こえてたわよ」
「っ!!?」
俺の心臓が、本日二度目の限界突破を起こす。
ユカリの指の間から覗く瞳は、潤んでトロンとしていた。耳の先まで真っ赤に染まり、羞恥心と……それ以上に、俺に向けられた熱烈な感情で、今にも溶けてしまいそうだ。
「『毎晩欲情してどうするんだ』……って、そんなこと、思ってたの?」
「いや、あのっ! それはだな、その、男として……いや、夫としてだな! 魅力的な妻が目の前にいれば、それは不可抗力というか、むしろ正常なやりくりであって――」
必死に言い訳を並べる俺に、ユカリが一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
キッチンに、彼女が纏う甘い香りと、メイド服のフリルが擦れる音が響く。
「……直人」
ユカリが俺の胸元に顔を埋めた。
心臓の音が、お互いに響き合うほど近い。
「……嬉しいけど、恥ずかしすぎるから、口に出して言わないで」
「……ごめん」
「……でも。……今夜も、欲情していいよ? 旦那様」
上目遣いで、囁くように言われたその言葉。
俺の理性をさばく(解体する)には、それで十分すぎた。
『警告。直人様の理性能理が消失しました。スキル【満たす者】が暴走を開始。……もはやナビゲートは不能です。主夫としての本能に従い、完食(?)することをお勧めします』
(……ナビゲーター、お前、空気読みすぎだろ!)
俺は濡れた手を拭くのももどかしく、真っ赤な顔をした愛しい嫁を、お姫様抱っこで抱え上げた。
「……夕飯、少し遅くなるってセバスに伝えてくる」
「……バカ」
幸せな悲鳴を上げるキッチンを後に、俺たちは吸い寄せられるように、本日二度目の寝室へと向かった。
田中家の夜は、学園祭の熱気よりも、ずっとずっと熱くなりそうだ。




