第2話:伝説の降臨(ただしネグリジェ姿に限る)
王宮のバルコニーから眼下を見下ろせば、そこは地獄だった。
数千、いや数万という魔物の軍勢が王都を包囲し、先陣を切る『獄炎のキマイラ』が咆哮を上げる。
「直人さん、私が行くわ」
ユカリが静かに言った。
「待て、ユカリ! いくらレベル99だからって、相手は軍勢だぞ。それにその格好――」
制止の言葉が届くより早く、ユカリはひらりと空中へ身を投げた。
薄桃色のシルクのネグリジェが、風に煽られて頼りなくたなびく。
「あーもう、騒がしいわね。せっかくの休日(?)なのに」
ユカリが空中で、面倒そうに右手を一振りした。
**「――『掃除』」**
それは、本来汚れを落とす程度の生活魔法のはずだった。
だが、レベル99、MP無限、そして『女神の化身』が放つそれは、もはや「概念の上書き」だった。
**ドォォォォォォォォォン!!**
一閃。
白銀の光が全方位を薙ぎ払い、視界を埋め尽くしていた醜悪な魔物たちが、悲鳴を上げる暇もなく塵となって消滅した。
あとに残ったのは、草木一つ傷ついていない、不気味なほど美しい静寂の平原だけである。
「……は?」
「一撃……だと……?」
城壁を守っていた騎士たち、そして遠巻きに戦況を伺っていた帝国軍の斥候たちが、一斉に硬直した。
だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。
「ふぅ。……ねえ直人、片付いたわよ?」
満足げに振り返り、仁王立ちするユカリ。
その瞬間、平原にいた数百人の屈強な男たちの顔が、一斉に真っ赤に染まった。
「……おい、見ろ」
「あ、あれは……『女神の神秘』か……?」
陽光が、ユカリの着ている薄いシルクを無慈悲に透過していた。
そう、彼女は「寝る時は締め付けられたくない」というこだわりから、ネグリジェの下には何も着けていなかったのだ。
まさに、白き衣に包まれた神々しいばかりの「神体」。
伝説の『白き神嫁』の初陣は、全軍が凝視する中での、あまりにも無防備な公開処刑となったのである。
「ユカリィィィ! 動くな! そのまま固まってろぉぉ!!」
俺は玉座の間の豪華なカーテンを力任せに引きちぎり、必死の思いでバルコニーから飛び降りた。
スキル『根性』が火を吹き、着地の衝撃で砕けそうな膝を気合で固定する。
「なによ直人、そんなに慌てて」
「いいからこれを巻け! 全方位に見えてる! 異世界中の男たちに、お前の『神ステータス』が物理的にバレてるんだよ!」
俺は必死にカーテンでユカリを簀巻きにした。
ようやく自分の状況を察したユカリの顔が、みるみるうちにオーバーヒートしていく。
「……………………う、嘘」
「嘘じゃない! ほら、帝国軍の奴らなんて鼻血出して倒れてるぞ!」
「……見なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
**ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!**
絶叫と共に放たれた羞恥心の波動――スキル『神威』が炸裂。
見とれていた兵士たちは文字通り物理的に吹き飛ばされ、王都の堅牢な城壁には巨大なヒビが入った。
「帰る! 部屋に戻る! 誰も外に出さないでぇぇ!」
泣きべそをかきながら、カーテンに包まって城内へダッシュする最強の嫁。
俺はその後ろ姿を追いかけながら、深いため息をついた。
伝説の始まり。
それは、世界が彼女の力に跪き、同時に彼女の「神秘」に鼻血を流した日として、語り継がれることになる。
「……まずは、嫁にちゃんとした防具(服)を買うところからスタートだな」
俺の異世界主夫道は、前途多難すぎる。




