第1話:死んだと思ったら、隣に嫁がいた件
「直人さん! 直人さん、しっかりして!」
耳元で響く、聞き慣れた愛する妻の声。
けれど、俺の意識は泥のように重かった。連日の深夜残業、休日出勤。心臓が嫌な音を立てたのを最後に、俺の記憶は途切れている。
(ああ、俺……死んだんだな……。ユカリ、苦労かけてごめんな……)
最後にそんなことを思いながら、俺の意識は真っ白な光に包まれた。
……はずだった。
「ちょっと、いつまで寝てるのよ。会社じゃないんだから、いい加減起きて」
「……え?」
頬をペシペシと叩かれ、俺は跳ね起きた。
そこは会社でも病院でもない。大理石のような床が広がり、天高くそびえる柱が並ぶ、幻想的な神殿のような場所だった。
そして目の前には、パジャマ姿で仁王立ちする妻・ユカリの姿。
「ユカリ!? なんでお前がここに……。まさか、お前まで死んだのか?」
「あんたが玄関で倒れるからよ。慌てて駆け寄ったら、急に目の前が真っ白になって……気づいたらここにいたの」
困惑する俺たちの前に、ふわりと光が集まっていく。
そこに現れたのは、羽を生やした天使のような美青年だった。
「お目覚めですね。田中直人様、そしてユカリ様」
「誰だ、お前?」
「私は神の使いです。不慮の事故で命を落としたあなた方に、新たな人生――異世界への転生を提案しに来ました」
異世界転生。
ネット小説でよく見るあの展開か。正直、ブラック企業に戻らなくて済むなら、願ってもない話だ。しかも夫婦一緒だなんて、神様も粋なことをしてくれる。
「あの、転生したらやっぱり『チート能力』とか貰えるんですか?」
「ええ。あなた方の魂の特性に合わせた『ギフト』を授けましょう。さあ、光の門をくぐってください。その先が、新世界ゼルディアです」
ユカリと顔を見合わせ、俺たちは手を繋いだ。
「……行こうか、ユカリ」
「そうね。あんた、今度はちゃんと休みを取りなさいよ?」
こうして俺たちは、希望に胸を膨らませて光の中へと飛び込んだ。
――が。
その数分後。俺たちは王宮の玉座の間で、ステータス画面を見つめて絶句することになる。
「【田中直人】レベル1。スキル……『やりくり上手』? 『根性』? 以上?」
「はい。大変……生活に役立ちそうな能力ですね」
神官が同情の視線を向けてくる。いや、いいんだ。これでも頑張れば……。
だが、神官の視線がユカリに移った瞬間、その場にいた全員の顔が凍りついた。
「ひ、ひぃぃ……!? 【田中ユカリ】レベル99! HP99999、MP無限大!? スキルは『神威』に『創造』に『破壊』……職業は……『女神の化身』だとぉ!?」
「なによそれ、怖いんだけど」
ユカリが怪訝そうに眉をひそめた瞬間、王様を含むその場の全員が、まるで重力に叩きつけられたように床にひれ伏した。
「おお……伝説の“白き神嫁”よ! どうか、我が国に慈悲を!」
「だから誰が嫁よ! 嫁だけど!」
俺は、あまりの威圧感に震える王様の横で、そっと自分のステータス画面を閉じた。
どうやら、俺の異世界チートライフは、開始5分で「最強の嫁に養ってもらう生活」へとジョブチェンジしたらしい。
「ねえ直人、なんか外に魔物がいるみたい。夕飯の買い物ついでにちょっと片付けてくるわね」
「あ、ああ……。頼むわ、ユカリ」
こうして、俺たちのとんでもない異世界生活が幕を開けたのである。




