番外編:独占欲と、溶け合うチョコレート
女王イザベラを追い返した後、屋敷は静まり返っていた。セバスやメイドたちは気を利かせ、すでに各自の離れへと引き上げている。
しかし、リビングに座るユカリの機嫌はまだ直っていなかった。逆鱗のドレスの裾をぎゅっと握りしめ、頬を膨らませて俺を見ようともしない。
「……ユカリ、まだ怒ってるのか?」
「怒ってない。ただ……あの女が直人の胸に触ろうとしたのが、どうしても許せないだけ」
低く、震える声。彼女の背後で揺らめく魔圧は、放っておけば王都に夜明けが来ないのではないかと思わせるほど重かった。
俺は意を決して、彼女の隣に腰を下ろし、そっと肩を抱き寄せた。
「俺にはユカリしか映ってないよ。異世界に来ても、前世のボロアパートにいた時も……俺を信じてくれるだろ?」
「……。……ずるいわよ、そういうこと言うの」
ユカリの顔がわずかに赤らむ。俺は懐から、今日のために密かに「さばいて」おいた一粒の包みを取り出した。
「これ、ユカリのために作ったんだ。オリジナルのチョコレートだよ」
【至高の媚薬チョコ:愛惜】
特性:情熱の融解
効果:互いの魂の波長を強制同期させ、幸福感を限界まで高める。
ユカリが恐る恐る口に含む。カカオの深い香りと、世界樹のはちみつの甘さが彼女の舌の上でとろけた瞬間、硬く強張っていた彼女の体がふっと弛緩した。
「……あま、い。……すごく、甘い……」
「これからは、甘いもの(スイーツ)も甘い時間も、全部二人で分け合おう」
俺が囁くと、ユカリは熱を帯びた瞳で俺を見上げ、細い腕を俺の首に絡めてきた。
「……もう、待てない。寝室に行こう、直人」
甘い夜の静寂
寝室の扉が閉まると、月明かりだけが部屋を照らした。
ユカリが纏うドレスの魔法を解くと、そこには月光に濡れたような、白く滑らかな肌が露わになる。
「直人……。さっきの女に触られたところ、私が全部上書きしてあげる……」
彼女の指先が、俺のシャツのボタンを一つずつ「さばいて」いく。最強の女神としての力ではなく、一人の女性としての、震えるような、けれど情熱的な手つき。
俺たちはシーツの波に沈み込み、互いの鼓動が重なる距離で重なり合った。
「あ……っ、直人……」
絡め合う指先から、直人の『満たす者』の魔力と、ユカリの溢れるほどの愛の魔力が混ざり合う。それはもはや魔法的な結合だった。
直人の手のひらが、ユカリの熱い肌を愛しむように撫で上げ、彼女はそれに応えるように甘い吐息を漏らす。女王への嫉妬も、異世界の喧騒も、今はすべて遠い世界の出来事のようだった。
「ユカリ……愛してる」
「私も……。直人がいない世界なんて、私、いらないから……」
深い接吻と共に、夜はさらに深く、甘く更けていく。
『さばく者』のスキルすら、この瞬間ばかりは二人の間の心の壁を取り払うためだけに存在していた。
『……報告。直人様、ユカリ様の「幸福度」が全ステータスをオーバーフローしました。観測不能につき……これより、完全なるプライベート・モードへ移行します。おやすみなさいませ』
ナビゲーターの粋な気遣いと共に、頭の中の声も消えた。
残されたのは、世界で一番甘い、夫婦だけの時間だった。




