円月輪の日常とは
入浴後、更衣室で、桜の身につけている下着や男物の服について一悶着あったものの、女性陣三人はローブ姿で仲良く並んでロビーへと戻る。
するとロビー中央のテーブルでは、白の少年ウルリと、大柄な男性ドニが酒を囲み駄弁っていた。
その頬は一様にほんのりと赤く上気しており、床に無造作に散らばるビンの数から、彼らが既に出来上がっていることがわかる。
鼻をつく強烈なアルコールの匂いに、エマは顔を顰め、鼻をつまんだ。
その光景を見て、ややあってようやく現状を把握したピンカーはロビーに響くほどの大きな声をあげる。
「あぁぁぁあ!? 私のお酒ぇぇえええ!!!」
「──あぁ?」
「む。ようやく上がってきたようだな」
「き、筋肉が私のウルリ君と飲んでる……!!?」
「……先にこいつと酒を買いに行ったんだ。お前とサクラが風呂から上がってから開けようと思ったんだが…………まぁ成り行きでな」
「酷いッ……! 予想以上に酷いッ……! 久しぶりに部屋で二人きりで飲めるって思ってたのに…………身体とか隅々まで念入りに洗っといたのにぃー……!」
「だからこんなに遅かったのか……。まったく、女の湯あみは長すぎるぜ。どいつもこいつも、俺より髪短いじゃないか」
顔を赤くし拗ねるようにそういうウルリは、明らかに酔いがまわっている。
頬を綻ばせ、所在なげに自分の髪先で遊んでいるその姿は子供のようだ。
「ウルリ、僕のこと待っててくれてたんだ。ゴメンね遅くなっちゃって」
「勝手に待ってただけだよ。気にするな。それよりお前らも早く来い。俺とドニが路地裏の酒屋から二人で抱えてきたんだ。ウィスキー、カクテル、ブランデーにリキュール、ワインと酒は山ほどあるぜ。つまみは萎れたスモークジャーキーしかないけどな」
「あら、私もいいのウルリ? 誘われたからにはごっそり飲みまくるけれど……。それは今日の任務を頑張った貴方たちの取り分じゃないのかしら?」
「ふむ。私もそう思いながらも我慢できず競うように呷っていたのだが……今更よかったのかと問うのは気が引けるし、その気もない」
「いや、今夜のは全部俺持ちでいい」
「「「「え?」」」」
その言葉に、四人はそろって首を傾げた。
ウルリは酒ビンを持った手の人差し指を立て、桜を指差す。
「……歓迎会だ。言わなきゃ誰もやらなそうだったからな。ちょうど金の都合も良かったからついででいいだろ」
「ウルリ……」
桜は感動に身体を小さく震わせ、残りのメンバーは眼を丸くする。
きらきらと光るブラウンの瞳に見つめられ、ウルリは小さく「うっ」と喉奥から低い声を搾り出し、手にした酒のビンを一気に呷り、顔をそっぽに向けた。
「ついでって言ったろ! あくまで酒盛りのついでだ」
「ふふっ。そういう事なら万々歳ね。私も半分持つわ。……もう夜も遅いけれど、飲めるだけ飲んじゃいましょうか! ほら、ピンカーもっ」
「……そーいうことならまぁ、いっかぁ。たくさんで飲むのも悪くないしね。サクラちゃんはお酒飲める口?」
「前はそれなりに飲んでたんだけど、最近はちょっと身体がアレしちゃって……あはは」
「おーけー問題ないよー! まずはお酒の美味しさを喉で思い出すところからはじめましょー! お姉さんが優しく教えてあげるっ!」
元のハツラツさが復活したピンカーは、苦笑いを浮かべていた桜と、その隣に立っていたエマの間に滑り込み、乱暴に両肩を抱いた。
気を利かせたドニは席を移動し、ウルリの対面のスペースを空ける。
……いまだに目の裏に焼きついているあの苛烈な戦闘を経験しているというのに、ウルリもピンカーも疲れを一切見せていない。
おそらく、今まででも同じようなことが何度もあったのだろう。相当な場数をこなしているのだ。流石だ。
それに比べるとまともに戦ってすらいない桜は少々疲れが身体の節々にきていたが、彼らの好意は純粋に嬉しかった。受け取らないわけにはいかない。
……今夜は、久しぶりに濃い一日になりそうだ。
■
──やぁ。雪のように白く美しいお嬢さん。そんな所でどうかしたのかい?
腰に携えた白銀の剣とショートヘアの茶髪が男らしい騎士は、地を滑る蛇のように長い白髪を持つ少女に、軽快にそう尋ねる。
白い少女は、幼気だった。
病魔に冒されているのか手足はか細く、青年を見上げる銀色の瞳も気迫がない。
暗い森の中で何かにおびえる様に膝を抱え、見ているこちらが心配になるほど震えているのだ。
──私は、怖いのです。気がついたら、来てしまっていて……。仲間も、友達も、家族もいないのです……。こんな暗い森に、一人ぼっちなんです…………。
彼女はそう言いさめざめと涙を流した。
ぽたぽたと落ちる雫が月光に反射し、眩く輝く。
青年は腰を折り、彼女の前に膝をつくようにして、俯く彼女の顎を指で持ち上げる。
──君は、水面に佇む百蓮のように美しい。
歯の浮くようなその台詞に、少女の頬にうっすらと赤みがさす。
──よければ僕が力になるよ。安心してくれていい。君を傷つけるものは全て、僕の敵となる。
──騎士さま……!
少女は感極まり、涙を散らしながら騎士の胸へと飛び込んだ。
騎士は穏やかな笑みを持ってそれを受け止め、優しく慰める様に抱き締める。
……少々虫が好い展開だが、感動的な光景であり胸が温かくなる。
しかしその出会いに何となく既視感があり、いつの間にか自身が騎士の立場ではなく第三者の視点でそれを見ていると自覚した時、日向見 桜はそれが願望入り混じった夢なのだと気付いてしまい、落胆した。
………。
……。
…。
恥ずかしいやら情けないやらの頭で桜が一階へと降りてみたら、ソファーの上で猫のように身体を丸くし、うずくまって眠っているウルリの姿がまず眼に入った。
結われていた長い髪は解かれ、身体の下敷きになってしまっている。
昨夜、ちょっとした宴が終わった後、そのままドニとお風呂に入ったようだが、ついついソファーで眠ってしまったのだろうか。
ここら辺の気候はさっぱりわからない桜だが、毛布一つ無しで風邪をひかないだろうかと心配になってしまう。
そのまま少年の周りでおろおろとしていたら、不意に螺旋階段の方から話し声が聞こえてきた。
確か、二階に部屋があるのはみんな女性。
……きっとピンカーとエマだろう。
「ふぁぁあ…………ってあれ、サクラちゃんだ。ぐーてんもーげんっ!」
「おはよう、サクラさん。……感心だわ。昨日あれだけ飲んだのに早起きなのね。私なんて身体が重くてまいっちゃうわ」
「アハハハ……確かに昨晩は凄く盛り上がりましたね……僕もちょっと二日酔いは行ってるかも……。変な夢見ちゃったし」
大学生時代の、所謂飲み会を彷彿とさせる昨晩の歓迎会という名の派手な酒盛りを思い出し、桜は身震いをした。
するとそれを聞いたピンカーは大きく胸を反らし、得意げに鼻をならす。
「なぁんだ、二人とも。アレ位で根をあげちゃうわけ? そんなんじゃ何時までたっても酒豪にはなれないぞっ!」
「昨晩、深夜遅くまでずっとトイレにこもりっぱなしだった貴方が言うの?」
「え……ピンカーちゃん、身体大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない」
「……うーん、やっぱりお酒に合う合わないの体質とかあるよね」
「そうよねぇ。飲めば飲むほど気分が良くなるって訳でもないんだし、自分の飲める範囲で嗜むことが大切よ」
「だめだなぁ、うちのギルドは! 飲めば飲むほど美味しくなーるに決まってるじゃないの! 酔った勢い任せで色々し放題じゃないの! ──こんな風になぁッ!!」
朝っぱらから既にテンションがフルスロットルなピンカーは、桜の背後のソファーへと忍び足で近づく。
何をするのだろうかと怪訝な視線を向けるエマと桜を尻目に、そのまま寝息をたてているウルリの片腕を持ち上げ、その隙間によいしょと器用に身体を滑り込ませた。
ちょうど横たわるウルリに背中から抱かれているような格好だ。
「────こいつ私のもんだから」
その状態のままドヤ顔で放たれた牽制の言葉にエマとサクラはどう反応して良いのかわからず、真顔で冷や汗を垂らした。
その表情は、ピンカーがウルリの胸をクンカクンカしたり、頬をペロペロしているうちに徐々に深刻なものとなっていく。
……二人の視線の先には、薄らと目を覚まし、羞恥に顔を真っ赤にしている少年の姿が写っていた。
そうとは知らぬピンカーは、くーっと気持ち良さそうに眼を細め、至福の時を満喫する。
「んはぁー……なんか髪の毛から女の子みたいな匂いがするよぉ……。ヤバイ、これアロマセラピーだ完全に。私、今日はこのままで朝ご飯食べちゃぉー…………ってあれ? ウルリ君起きてたの? ふぇ……ど、どうして私の頭に拳をくっつけるのかな……? ちょちょちょ待って、そのままグリグリやったらいたっ、痛いっ、ひ……ひぎゃぁぁああああ!!?」
ピンカーのけたたましい悲鳴に、人知れず1階の片隅で眠っていたドニが叩き起こされ、何事かと寝ぼけ眼でファイティングポーズをとっていた。
■
「わぁ……!」
見てるだけで満足してしまうような西欧然とした食卓に、桜の口からは感嘆の溜め息が漏れる。
多めに塗られたバターの上に香るシナモンシュガーが食欲を誘う食パン。
皿の上に綺麗に円上に添えられる半熟とろとろのスクランブルエッグ。
ボウルから身を乗り出すように色とりどりの鮮やかさを放っている野菜のサラダ。
傍らにはハンドサイズのクリスピードーナツが並んでいる。
もちろん、どれもお手製だ。
……見てるだけで満足は言い過ぎた。桜は、とても満足できそうにはなかった。これらを、自分の舌で味わうまでは。
「口に合わなかったら、ごめんなさいね、サクラさん。私、あんまり料理には自信がなくて簡単なものしかないのだけれど……」
「い、いえ! ぜんぜん! ぜんぜんそんなことないデス!」
少し恥ずかしそうに目線を下に向けるフリルエプロン姿のエマに、桜は驚愕してしまう。
現在料理当番らしい彼女をして“料理が苦手”というのなら、一体どれほどの人間が苦手分野となるのだろう。
……そして自分に当番が回って来た時、どうすればいいのだろうと桜は戦慄していたら、例によってウルリとドニが飲み物をトレイに乗せて持って来る。
「うふふ、給仕するウルリ君ってやっぱりキュートだなぁ…………ってドニ君……? どうして私に持ってくるの? 空気を読んで下さいよ空気をー!」
「君の口からそれを指摘されると、俄然無視したくなるな。……うむ、サクラ。君の分だ」
「あ、うん。ありがとう、ドニさん」
眼の前に丁寧に置かれる珈琲カップに対し、桜は微笑み返す。
人見知りの少女と寡黙なドニは、昨晩の歓迎会である程度打ち解けていた。
ウルリと親しいように、桜が元は男性であったことも少なからず関係しているが、互いに角を立てない穏やかな性格なのが相性が良かったらしい。
年が離れていることも逆に大らかな気持ちになれる要因の一つだ。
ドニはそのまま食卓を囲む椅子の右側左端に腰掛けた。
エマにカップを渡していたウルリはドニの隣に腰掛けようとしたが、ピンカーと対面になることを嫌がり、そのままエマの隣へと座る。
「あら、今日は私の隣でいいの?」
「……ダメか?」
「ふふふっ。そんな訳ないじゃない、もう」
ウルリはちらりと桜へと視線を送る。すると彼女も同じようにウルリを見ていたのか、視線がバッチリ合ってしまう。
どちらともなく暫く見つめ合っていたが、桜がぎこちなく笑みを返したのを見て、ウルリは小さく首を傾げた。
「それじゃ、食べましょうか。ちょっと早い朝食だけど……いただきます」
「「「「いただきます」」」」
小鳥の囀りがロビーに届く、和やかな雰囲気の中。
エマの声に合わせて、皆仲良く食事前の挨拶をする。
桜にとっては、このギルドに加わってから初めての食事だ。




