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エマの杞憂

 同じ頃、桜はピンカーに誘われ、建物内の露天風呂に来ていた。

 円月輪(えんげつりん)の拠点は本当に不思議な場所だった。

 元宿屋と言えどここまで和洋折衷な建物も珍しい。

 それぞれの良い部分だけをとって、絶妙なバランスで噛み合っている。

 そしてこの開放感あふれる大きな露天風呂も、和の良い所の一つだろう。


「えっへへ、凄いでしょー! 柵を越えれば街中だから景色はあんまよくないけど、井戸から汲み上げてるお湯は一日の疲れがぶっとんじゃうくらい気持ちいいよ! それじゃサクラちゃん、お先ぃー!」


 タオル何それオイシイのと、健康的な小麦肌の破壊的悩殺バディを惜し気もなく披露していたピンカーは、裸のまま風呂を自慢し、裸のまま耐え切れず湯船の方に飛び込んで行ってしまった。


「……ソナンダ」


 残された桜のヘンテコな呪文みたいな呟きがぽつんと響く。

 もちろん先に行ってしまったピンカーには届かず、彼女は既にお湯の中でヒャッハーと心底楽しそうな嬌声をあげていた。

 ……緩やかなウェーブを描く金髪のツインテールを解いた姿は、西欧の貴族然とした令嬢のように可憐に見えたが、ピンカーはやはりピンカーだったようだ。


(……まぁ、それがピンカーちゃんの愛嬌なんだけど)


 ……単独でも和気あいあいな雰囲気を作り出せる規格外な女性。

 桜は眉をハの字にしながらも微笑ましいといった柔和な笑みを浮かべ、順序正しく身体からと先に洗い場へ行き、木で出来た風呂椅子に腰を下ろした。向かい合わせに、ピカピカに研磨された鏡がある。

 瞳に写る“謎の人物”に、桜は思わず言葉を失ってしまった。

 ──繊月森で魔獣に襲われ、ギルド円月輪(えんげつりん)になし崩し的に加入するまで。

 桜は現状を知ってから、ちゃんと飲み込んだつもりになっていたのだ。


「………………」


 湯気にしっとりと濡れた栗毛のボブ。ぱっちりした小動物のような瞳もまた、同じ色に彩られている。

 ここまではいい。元の世界とあまり変わる要素はない。幼くなった故か、肌が妙にモチモチしているくらいか。

 元々女顔で、大学では二十歳をこえて男の娘という不名誉な称号も得ていた。

 もちろん、恋人なんていたこともない。友達も女友達の方が多かったことから、不本意だが性格もどこか女々しかったのかもしれない。

 ……しかし問題はそのした(・・・・)だ。

 自分で撫でたり、触ったりして確かめたこととは計り知れない衝撃がそこにあった。

 


(……………………これが、僕の……身体……?)


 ない。あるべき“象徴(モノ)”がない。

 そしてある。平らだった胸に、色っぽい丸みを帯びた二つの“おまんじゅう”が。

 およそ女性として考えうる限りの魅力を集めた女神像のような肢体を持つピンカーを見ても動揺しなかった少女は、初めて自分の身体を視界におさめた時、顔を真っ赤に灼熱させた。

 頬を紅潮させカチコチに固まっている少女の後ろ姿を見て、二人に遅れて露店風呂へとやってきたエマが不思議そうに眼を丸くする。


「そんなに緊張しなくてもいいのよ、サクラさん。自分の家だと思って好きに使ってくれていいわよ?」


「は、はい! わかりました!」


「うふふ、畏まりすぎね。敬語なんていらないわよ。まぁ、これから少しずつこの環境に慣れていけばいいわ。貴方はまだ若いんだから大丈夫」


「あ、ありがとうございます」


 柔らかく笑いながらエマは桜の隣へ腰を下ろした。

 徐にタオルを取り去ると、艶やかで均整のとれたスレンダーな身体が露わになる。

 首を傾げ、長い黒髪を指で梳かす姿はピンカーとはまた違った美しさがあった。

 二人は、暫く無言で鏡の前で身体を洗っていたが、気まずいその空間に根をあげた桜はおずおずと気になっていた質問を口にする。


「あの……エマさん」


「ん、どうかした? シャンプー無くなっちゃった?」


「あ、いえ。そういう訳じゃないです」


 先に髪を洗い、丁寧にタオルで包んでいたエマは横目で桜を見た。


「ちょっとした疑問なんですけど……円月輪(えんげつりん)はどうやって結成されたんですか?」


「う~ん、そうねぇ……」


 質問を受けたエマは仄かにピンク色に色づいた麗しい唇に指を当て考える。


「私達のギルドが具体的に、いつ結成されたのかは曖昧なのよ。自然とできたというか……。流されるままに流されちゃったというか……。ぶっちゃけちゃうとそういったギルド形成の申請も偽造だし」


「……」


「今ちょっとだけうちのギルドに入ったこと後悔したでしょ?」


「そ、そんなことありませんです、ハイ!」


「ふふふ…………でもまぁ、私とウルリが初めて出会ったのが六年前で、二人だけの頃は今よりもっと小規模な、旅団として活動していたの。ウルリがまだ十にも届かない年齢で、私はちょうど今の貴方くらいだったかしら」


「旅団……ですか」


「今でこそヴィルヘリッタに居を構えているけど、ニ年も三年も同じ場所に根を下ろすことはなかったわ。お金も少なかったし、仕事も少なかった。明日のことを考えるので精一杯。……でも、二人で手を取り合って必死に生きていたわ。辛かったこともあったけど……今思えば凄く楽しかったかな」


 エマは懐かしそうに眼を細めた。


「それから私もウルリも成長して……戦い方だけじゃなく色々なことを知って。初めて貰った大きな依頼を終わらせた時、ドニ君が加わったの。思えば、その時にちゃんとしたギルドになったのかもね」


「そうだったんですか……」


「暫く三人でやってたけど、ちょっと前にピンカーが飛び込んできて四人になって、今日ウルリが可愛い女の子を連れてきて五人になったって感じかしら。うちもだいぶ賑やかになってきたわね」


「うんうん! サクラちゃんは私の初めての後輩って訳だね!」


「ぅ、うわっ……!? ピンカーちゃん、なに!?」


 エマの語りに聞き入っていた桜は、突然後ろから胸を鷲掴みにされ驚きに眼を見開く。

 慌てて顔を動かすと、くすんだブロンドが視界のすみにチラチラと写った。

 何時の間にか湯船から上がってきたピンカーは、桜の小さな身体を後ろから抱き竦め、両手で少女の胸を揉みしだく。

 桜は驚きに身を飛び上がらせ、お腹の贅肉をむにむにされているような奇妙な感覚に顔を真っ赤に染め上げる。


「あら、ピンカー。もう上がったの? 先に身体を洗いなさいな」


「はいよぉー。……にしてもサクラちゃん、結構なサイズですな。そりゃ私のサキュバスボディには勝てないけどエマっちくらいはきっとあるよ。こりゃ将来有望だ」


「ちょっと。その言い方だと、私が小さいみたいになっちゃうじゃない」


「や……ちょ……わ、わかったから、やめっ……!」


 散々青い果実を弄んだピンカーはようやく桜を開放し、満足げに微笑んだ。 

 魔の手から開放された少女は、がっくりと膝をつき怯えるように全身を細かく奮わせる。


「ひ、ひどいよピンカーちゃん……びっくりしたよ……」


「あっはは、ごめんごめん。このおっぱいがあの難攻不落なウルリ君を落としたんだと思うと大人気ない嫉妬心がモヤモヤと。やきもちって言うと可愛いけどさ」


「あら、やっぱりそうだったのかしら? あの子、今まで異性に興味がないみたいな感じだったのに。……何だか複雑な気持ちだわ」


「手塩にかけて可愛がってた弟が、急に同世代の女の子を家に連れてきた時のお姉さんみたいな感じ?」


 ピンカーのからかい半分の台詞に、エマは無言で頬を緩ませ答えた。

 その無言の圧力と壮絶な笑みにピンカーは若干及び腰になり顔を引きつらせる。

 暫く緊張した雰囲気が訪れていたが、やがてふっとエマは笑みを消し、思わしげに視線を下に向け、小さく呟いた。


「……でも、あの子にはやっぱり、もっと触れ合いが必要よ。こんな世の中、あんな境涯だから、理解ある人間は少ないもの。だからサクラちゃんが来てくれてよかったわ。治癒精霊術師スピリチュアル・ヒーラーとしてだけじゃなくて、ね」


「そうだね。ウルリ君は寂しがり屋のくせに強がりだからなぁ。平気そうにしてるけど心配になっちゃうんだよね、お姉さん方としては」


「ウルリが、寂しがり屋……どうして?」


 森で自分を助けてくれた少年の逞しいイメージから程遠いその言葉に、桜は思わず二人に聞き返してしまう。

 その声に答えたのは、しょうがないなといった苦笑いを浮かべたピンカーだった。


「そういうの全然見せてないし、バレてないと思ってるだろうけど。カッコつけて一人で行動してたのに気づくと誰かと一緒にいる感じ? 猫みたいで可愛いから私はむしろウェルカムなんだけどねっ」


「お節介の自覚はあるから、黙って見ているんだけれど。ウルリはまだ、大人にはなりきれていないから。……だからサクラさんも、少しだけでいいから気にかけてあげてね」


「は、はい。わかりました」


 綺麗なウィンクと共に言われた言葉に、桜は素直に頷く。

 先頭に立つ白の少年ウルリと、それを人知れず見守る周りの大人たち。

 ギルド内でのそのつかず離れず関係が、新入りの少女は少しだけわかったような気がした。


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