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イグニッションワーク

 桜以外のメンバーは往々にして、昨夜のお酒が尾を引いているのか余り食が進まなかったようだが、食卓に並んでいる分は綺麗に平らげてしまった。

 今はその食後の余韻を味わうように、優雅な珈琲タイムといったところである。

 桜はちびちびと珈琲を啜りながら、そういえばこのギルドに決まったお仕事の時間とかはあるんだろうかとぼんやりと考えていたところ、ウルリが受付の方でがさがさと音を立て、こちらへ何かを持ってくる。

 食卓に静かに置かれたそれは、よくあるお店の前などでおすすめメニューを書いてあるブラックボードのようだ。

 ウルリは四人それぞれにチョークを手渡し、自身も白色のチョークを手に椅子に腰掛ける。


「さてと…………今日、あるいは近いうちにギルドとして(・・・・・・)予定がある奴は書き込もうぜ」


 ……しかしその呼び掛けに反して、朝のロビーは静かなままだ。

 小鳥の鳴き声が虚しく響いている。

 何とも言えない気まずさが訪れる中、ふとピンカーが思い出した様に袖を捲り、ボードに何かを書き込んでゆく。


『迷子猫×3の捜索、そしてお届け』


「硬貨落ちてないかなーとか思いながら貴族街歩いてたら、真昼間からドレス着込んでる糞ボンボンババアに頼まれました! お金はふっかけますのでたんまり保証されとります!」


「棚ぼたじゃない。それにピンカーなら、契約精霊を使えば簡単に見つけられそうね」


「うんっ。多分三十分ぐらいで終わるよ」


「オーケー、それは貴方に任せるわね。私は、今日予定がないからサクラさんと出掛けようと思っているんだけど……大丈夫かしら?」


「お出かけ、ですか……?」


 そんな話していただろうかと桜は首を捻る。ギルドに加入したことに関係があるのだろうか。

 そんな少女の様子が面白かったのか、エマはクスクスと上品に笑う。


「うふふ。私とお出かけは嫌?」


「あ、いえ、そういう訳じゃないです……よ?」


「なら決まりね。…………私とサクラさんは“女子会”……っと……」


「……女子?」


 違和感しかないその言葉にウルリは、一度桜に視線を向けたあと、そのままスライドし、ロングスカートが似合う妙齢の美女を見つめた。


「──何か言いたげね、ウルリ?」


「……」


 にこやかに微笑みその視線に答えるエマは、溢れんばかりの魅力を湛えているが、同時に例えようのない妙な威圧感を放っていたようにも感じる。

 長い付き合いでありながらいまだに彼女が不機嫌になるトリガーがつかめないウルリは思わず額に冷や汗を垂らし、無邪気に墓穴を掘ってしまったことを察した。

 チョークをのばし、すぐさま話題の転換を試みる。


「お、俺とドニは予定なしだ。ピンカーみたいにチョロいのしか預かってない。今日はドニが留守番で事務、俺が外に出て金になる依頼を探してくる」


「あ、じゃあウルリ君、私の仕事終わってから一緒に回る?」


「……」


 朝の事件が尾を引いているのか、ウルリは無言無反応でピンカーの誘いをスルーし、椅子を踵で乱暴に後ろに蹴り、立ち上がる。


「こ、怖ひ……! あんなに謝ったのに……! ちょっとした乙女の出来心じゃないのぉ!」


「まぁまぁピンカー。とりあえず昨夜みたいに皆でまとまってやるような依頼はないってことかしらね。貯金はまだ十分あるから問題はないけれど……。それじゃ各自で行動しましょう」


「待て、エマ。武器と防具を出しておけ。ピンカー、君もな。手が空いたら私が手入れをしておく」


「ありがとう。気が回るわね貴方。……それじゃサクラさん。今日は私と一緒に行きましょうか」


「あ、はい」


 エマの言葉を聞き、ウルリ以外の面子も立ち上がり、各々で行動をし始める。

 やや遅れてつられるように立ち上がった桜は、一足先に席を立ったウルリの背を一度見つめ、エマへと向き直りおとなしめな笑顔を浮かべた。









 上がり口で見送りのドニと別れ、桜はエマに連れられてギルドホームを後にした。

 西大陸屈指の繁栄都市と言われるヴィルヘリッタの街並みは、夜に見たものとはまた違った華やかさを持っており、行き交う人が多く活気に満ちている。

 ……売り物の入った軽車を引きながら、集まる人々に笑みを振りまく行商人。

 街中だというのに物々しい鎧を纏い、ガシャガシャと金属音を鳴らし意気揚々に闊歩する兵士達。

 胸元が大胆に開いた彩り鮮やかなドレスを揺らし、軽やかに舞う踊り子の少女。

 もはや映画や幻想小説の世界だ。

 そんな中、桜は人ごみの中でエマとはぐれぬよう気をつけながらも此処彼処に視線を動かし、興味津々といった様子で街を見渡していた。

 すると見慣れたくすんだ金髪の女性がこちらへと小走りで近づいてきた。

 彼女はピンカー・ロブネット。気ままなギルド、円月輪(えんげつりん)に属する精霊契約者(サモナー)であり、桜やエマの仲間だ。

 二人は立ち止まり、彼女を待つ。


「あー! やっと追いついたよー! こんなとこにいたんだ二人とも~」


「ピンカー、貴方どうしてここに? もしかしてついてきたの?」


「ううん。ほりゃ、これ」


 ピンカーはそう言い、満面の笑みでパンパンに膨れたがま口の財布を顔の横に掲げてみせる。

 ……どうやら、もう本日のお仕事は終わらせたようだ。


「「はや!」」


「キックオフと同時に契約者としての実力をフルに活用して五分切り余裕でした」


「相変わらず便利でチートな能力ね……。私達の精霊術とは違うわ」


「そりゃ私のは精霊ちゃんとの共同作業によるものほんの精霊術ですからっ! という訳でウルリ君は行方知れずだし一緒に回るぜ、お二人さんっ」


「別に構わないわよ」


「いえーい! サクラちゃんもよろしくねー!」


「うん。ピンカーちゃんなら大歓迎だよ」


 そのまま、ピンカーは桜の手を取り、嬉しそうにぶんぶん振り回す。

 成り行きで一緒に“お出かけ”するのが計三人となった。

 見慣れぬ街の中を歩くのに、連れ歩く人数が多ければそれにこしたことはないが、尚の事エマの言うお出かけの目的地が気になってきた。

 何となく気後れして聞かずに、素直にここまでついて来た桜だったが、意を決してエマに尋ねてみる。


「あの、エマさん。これからどこへ行くつもりなんですか?」


「あー、それ私も気になってたわぁ。騎士街の方向じゃないし、別にお仕事引っ張ってこようって訳じゃないんでしょ?」


「もちろんよ。えーっと……これから行くのは、まずは(・・・)繁華街の西下通りね」


「「え?」」


 桜とピンカーの疑問の声が重なった。

 エマはその顔を見て面白おかしそうにクスクスと微笑みをのぞかせ、薄手のTシャツ一枚を隔てた桜の胸のあたりを指でトントンと軽く突く。


「まずは貴方の服を買わなくちゃ。一着しかないじゃない? ……それと、下着もね」


「ま、マジ……?」


 眉根を寄せた桜の額に、冷や汗が流れ落ちた。









 ヴィルヘリッタ精霊騎士団。

 西の大国ヴォルフガング帝国直属の、その大規模な魔術師討伐組織は、ヴィルヘリッタの中心に位置する騎士街と呼ばれる区画に本部が存在する。

 その面積は、円月輪(えんげつりん)が根を下ろす区画のおよそ三、四倍もの規模を誇っている。

 そこに足をのばしたウルリは、装飾の凝った幾つもの噴水が彩る壮観な騎士団総本部には近寄らず、その下の大通りで行き交う様々な人々を見ながら、横の建物の壁に寄りかかり退屈そうな表情を浮かべていた。


「はーっ…………」


 ついつい、何時もより長い溜息がウルリの口から漏れてしまう。

 西大陸の国の民にとって裏切った憎き魔術師を思い起こさせるその長い白髪を隠そうともせず、風にたなびかせている。

 人通りの多いその場所では、ウルリの姿は異質そのものだ。

 当然、行き交う人々からは厳しい視線が送られ、同時に排他的なプレッシャーが浴びせられる。

 しかし少年はそれを躱そうともせず、また気にしていない様子だ。


「チッ……! 糞、色無し(スノウ)野郎が! 街に出てくるんじゃねえよ……!!」


 今日何度目かとなる怒声と共に投げつけられたワインボトルを、ウルリはそちらを見ようともせず右手でキャッチした。

 その際ボトルの口から跳ねたわずかに残ったワインがウルリの頬に撥ね、白い肌を朱く染める。

 ウルリは僅かに顔を顰め、親指で頬を拭った。

 ……このように、ガルガノ種である少年にとって、ちょっとしたトラブルがあるのは日常茶飯事だ。

 それもそのはず、問答無用で彼の姿は目立ってしまう。


(……五つか)


 ならばなぜ少年がこの場所に佇むのか。

 ギルドのメンバーの中でもウルリは、直接依頼を受けることが一番多いのだ。

 かれこれ二十分ほどこの体勢のまま待機していたが、既に五つもの依頼を得ている。

 ガルガノ種のウルリカは、ヴィルヘリッタではちょっとした有名人だ。

 そしてそれは、同時に“円月輪(えんげつりん)”のウルリカとして名が知れていることにもつながる。

 ──薄気味の悪い色無し(スノウ)。しかし属しているギルドは強者揃いで見て見ぬふりは出来ない。

 彼が怒声と共に数件の依頼を受け取っているのもそれが理由である。

 ギルドのメンバーの中でもウルリは、直接依頼を受けることが一番多いのだ。


「……まだ中身入ってるぜ」


 まともに突っ掛かってくる勇気もない男性の背中目掛けてボトルを足で蹴り込み、返却する。

 それが男性の頭部にヒットしたのを見届け、ウルリは腰を上げた。

 差別、侮蔑の類いはもう慣れた。しかしもちろん気持ちのいいものではない。

 それにこの場所にいるということは、騎士団へ足を運ぶ依頼人を“ネコババ”しているのに等しい。

 ウルリの素性を知る騎士に出くわしたら何かと面倒だ。街中で平気で剣を抜く直情的な輩も少なくない。

 ……まぁ、こちらも慣れたものだが。


(……帰るか)


 書類や便箋の入った革のバッグを背負い直し、ウルリはもはや用無しとばかりに颯爽と身を翻した。

 ──騎士を頼るような大きな依頼が五つもあるならば一月は食っていける。

 西大陸でも人口が密集しているヴィルヘリッタに拠点を置いてからというもののお金の入りが急激にのぼり調子なのだ。

 円月輪のメンバーが各々奔放で、基本的に宵越しの金は持たない主義だということを差し引いてもお釣りがくるほどに。

 ウルリ達から見て、信じられないレベルで世間知らずな不思議少女の、居住食など全ての面倒を見ることを簡単に決断出来たのもそれ故だろう。

 すれ違い、向き合う度に視線を逸らしたり、大げさに戦いて見せる民衆を後目に、ウルリは元来た道を戻ってゆく。


「…………てくださいっ……!」


 すると、後方から風に乗って女性の叫び声が聞こえてきた。

 しかし街の喧騒に紛れてしまい何と言っているのかまでは解らない。解るのは、細く甲高い声が焦りと悲痛の色を帯びていることだ。

 ウルリは半身だけを後方へ戻し、声を発信している女性の存在を視界に収める。


「助けてください……!」


「何度懇願しようが譲れない。他の主に示しがつかない」


 石段の上。騎士団総本部の門前で黒いローブを纏った女性が、門番の騎士達に面会を拒絶されていた。

 その周囲にはちょっとした人溜まりが出来ており、大半の人間はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。


「お願いです……私に出来ることならば、何でもしますから……!」


「……ダメだ。貴女の心中を察する。しかし、契約金(・・・)が無ければ我々、精霊騎士団は手を貸すことができない」


 ──あぁ、そういうこと。

 騎士団の理念は、「逃げ延びた魔術師の断罪」。

 民衆からは莫大な支持を集めているものの、規模が大きくなってゆく上でどうあがいても資金というものが必要となってくる。

 彼らが片手間で、金銭と引き換えに(・・・・・・・・)民衆からの依頼を受けるのもそのためだ。


(どこにでもある光景だ)


 子供の頃から、嫌というほど見てきた。

 戦乱の世は過ぎ去ったとはいえ、今だ政府は魔術師の面影を振り払う事ができない。

 いつ、名ばかりの平和が崩れるかもわからない偽りの世界では、騎士団でなくとも金銭は必要とするところだろう。

 ギルド円月輪(えんげつりん)も例外ではない。これまでに、金欲しさに人を殺めたこともあれば、同じく金欲しさに見捨てたこともある。

 ウルリは、その鮮烈な記憶を静かに心の引き出しの中へと戻し、下がりかけていた視線を上げた。

 見ると女性は、まだ嘆願をしている。


「どうか……! どうかお願いします! お情けをとは言いません、必ずお返ししますから……!」


 余程、彼女を取り巻く状況は深刻なのだろう。

 騎士の腰鎧にしがみつき、揺さぶる様にして彼女は叫ぶ。


「兄を……! どうか兄を、見捨てないで……!」


 兄。彼女が零したその言葉に、ウルリの身体が小さく反応した。

 強くなるばかりのその嘆願に、ついに痺れを切らしたのか門番の騎士は彼女を突き飛ばしてしまう。

 鍛え上げられた屈強な男性の突き手を見るからに見窄らしい女性が受けきれるはずもなく、彼女は軽く吹き飛ばされ地に伏せる。

 はっとした様子で我にかえった騎士は慌てて女性を抱き起こそうと膝をついたが、乱れたローブの隙間から覗く、「呪われた色」に眼を見開いた。


「架空色…………色無し(スノウ)……!?」


 薄気味悪いほどに白く澄み切った白髪に、同じく白く塗り潰された肌。

 現れたその姿に人だかりが一斉に距離をとり、恐れ戦く。

 ひざをつき、手を差し伸べようとしていた騎士は、罪悪感に満ちていたその顔を一瞬にして反転し、憎き仇敵への怒りに頬を紅潮させる。


「──消え失せろ、忌み子め。このヴォルフガングに貴様らの居場所などない!」


「そ、そんな! 騎士様、どうかご慈悲を!」


「執行人に救いを求めるなど愚かなことを! 貴様ら(ガルガノ)に慈悲などないッ! あるのは弔鐘の音だけだッ!!」


 やりとりは、急激にエスカレートしてゆく。

  完全にたがが外れてしまったのか、騎士はそのままでは背に下げた剣を抜いてしまいそうな勢いだ。

 周囲の人間も止めようとしない。むしろそれに加担し暴言をまき散らす輩さえ存在する。

 ──ガルガノ種の女が引かなければ、おそらく一線(・・)を越えるだろう。

 その考えに至った時、ウルリは自ずと門の方へと歩み出していた。


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