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『無能』と追放され奴隷に落とされた最強召喚師 ~前世の心理術で伯爵令嬢を手なずけ、裏から世界を支配する~  作者: ラレイラ
第二章:因果逆流の神威――侵食される過去と、裏の支配者

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第49話 訪れし翡翠、優美なる仮面の裏側

――ゴオオッ……と、巨大な飛竜が翼で乾いた風を巻き起こし、大地へと着地する。


降下した数多の飛竜の周囲には、濃藍(ナイトブルー)のミリタリージャケットに身を包んだ帝都憲兵隊と、精鋭である翡翠騎士団(ジェイド・ナイツ)の騎士たちが、微動だにせず二列に整列していた。


その厳格な隊列の後方には、洗練された医療服を纏った医療班の姿も控え、この惨劇の現場にピリついた緊張の境界線を引くかのようだった。


整えられた兵士たちの間を通り抜けるように、静かに、だが圧倒的な威圧感を放ちながら二人の人物が歩み出てくる。


帝国軍特務部隊――翡翠騎士団を率いる隊長にして、ガルドヴァイン公爵家の長女――セレシウム・ガルドヴァイン。


そして、その傍らに従う、帝都憲兵隊を率いる次男――アルダス・ガルドヴァイン。


凛とした軍服を纏い、冷徹な知性を宿した双眸を前方に向けたまま、二人は堂々たる足取りで血塗れの戦場へと歩を進めていく。


だが――。


その足が、ぴたりと止まった。


見渡す限りの血の湖(ちのうみ)。 首を刈られた無数の肉塊。


そして、その惨状の只中で――男たちの気配に本能的な恐怖を呼び起こされ、互いに固く手を握り合って肩を寄せ合い、怯えながら身を縮こませる令嬢たちの姿があった。


その恐怖に震える令嬢たちの傍らで、ただ一人穏やかな微笑みを浮かべて佇むヴェルスの姿を視界に入れた瞬間、エリートとして誇り高かった兄妹の表情から、すっと張り詰めた緊張が抜け、小さな安堵の声が漏れた。


「――ヴェルス! 久しぶりだな、無事だったか」


憲兵隊を率いる次男アルダスが、固さを残しながらも安堵を滲ませた声をかける。


その傍らで、翡翠騎士団(ジェイド・ナイツ)の長女セレシウムは冷徹な軍服の裾を翻すと、周囲の視線も血塗れの戦場の惨状も一切気に留めず、まっすぐにヴェルスの元へと歩み寄り――少し身を屈め、その華奢な体を折れんばかりに強く抱きしめた。


「……生きた心地がしなかったわ。グラディス公爵家の馬車がこの街道を通るって聞いていたけれど、まさか、こんな凄惨な現場に鉢合わせるなんて……。怪我はないのね、ヴェルス? どこか痛いところはない!?」


セレシウムのどこか危うい問いかけを、ヴェルスは優雅な笑みで受け流し、静かに言葉を返した。


「ご心配ありがとうございます、セレシウム姉様。 アルダス兄様も。 ……それにしても、使いの者を走らせたばかりだというのに、帝都からの到着が思っていた以上に早いですね。 さすがはガルドヴァイン家の精鋭部隊といったところですか」


ヴェルスの丁寧な物腰に、アルダスは苦笑交じりに肩をすくめた。


「それもあるが、お前の使いの騎士が憲兵隊に駆け込んできたとき、ちょうど俺たちは緊急作戦の謀定(ぼうてい)の最中で詰所にいたんだ。……帝都へ向かうお前に万が一のことがあれば親父の顔に泥を塗ることになる。姉上が即座にジェイド・ナイツと憲兵隊を動員させて飛び出したのさ」


「ふふ、アルダスが言う通りよ。使いの者の焦り方尋常ではなくてね。……何より、私自身があなたの無事を一刻も早く確かめたかったのよ」


セレシウムは優しく柔らかく微笑むと、視線を血の湖(ちのうみ)からさらに広範囲へと巡らせた。


無残に解体された数千の肉塊の傍らで、恐怖に震えながら身を寄せ合っている貴族の令嬢たち――アクアローザ伯爵家のシルヴィアやシェリルたちの姿に気づき、セレシウムはその美しい眉を険しくひそめた。


「……この惨状は一体、どういうことなの? 数千人規模を誇る『黒血狼(こくけつろう)』がここまで徹底的に全滅させられていることも不可解だけど……それ以上に、各地に散っているはずの連中が結集し、貴族を狙って待ち伏せようなんて不自然極まりないわ。……まるで、誰かが周到に仕組んだ計画的な罠だったみたいにね」


その言葉を受け、ヴェルスは上品に微笑み、穏やかな口調で応じた。


「誰が始末したのかはさておき……僕もそこが気になっていました。何分(なにぶん)皆様、アルヴェディア皇帝主催の舞踏会の舞踏会へ出席される予定だったそうですし……。っと、長話をしている場合ではありませんね。姉様、申し訳ありませんが、帝都から彼女たちを乗せるための馬車を手配していただけますか?」


ヴェルスが周囲に視線を走らせながら告げると、セレシウムはフッと余裕のある笑みを浮かべた。


「それなら心配いらないわ。使いの者が駆け込んできたとき、嫌な予感がしてね。出発する前に、負傷者用と貴族用の馬車をすでに手配させて、後から追わせているわ」


「ああ、僕がお願いするよりも先でしたか。さすがですね、姉様」


ヴェルスが軽やかに微笑むと、アルダスも愉快そうに肩をすくめて言葉を継いだ。


「流石だな、姉上。俺たち憲兵隊が動き出す同じタイミングで、そこまで先回りしていたとはな」


セレシウムは涼しい顔で頷いた。


「当然よ。私のかわいいヴェルスに関わることだもの、万全を期すのは当然よ。……それにしても」


セレシウムは視線を血の湖の傍らへと向け、険しく眉をひそめる。


「急患がいれば飛竜で急ぎ帝都へ送ることも視野に入れていたけれど……あの様子だと、そこまで差し迫った負傷はなさそうね。ただ、ひどく怯えているように見えるけれど……彼女たちは一体、どういう状態なの?」


ヴェルスが応えようと口を開きかけた、その時――。


傍らで凄惨な肉塊の山を見つめていた弟のアルダスが、信じられないものを見るような目でヴェルスを見据え、引きつった声で割り込んだ。


「……姉上の話も気になるが、目の前にあるこれを見たらそれどころじゃないだろ……。おい、ヴェルス。冗談抜きで聞くが……お前一人で、この数千の肉片をどうにかした訳じゃないよな……? いや、いくら何でもそんなバカな……」


アルダスの問いに、ヴェルスは静かに笑みを浮かべて応じた。


「いいえ? 僕はただ、馬車の中で紅茶を嗜んでいただけですよ。……あぁ、それとお二人とも、僕が『召喚士』の適性を持っていることはご存じですよね?」


「そうよ! その『召喚士』よ。『適性鑑別の儀』に参加した貴族たちの間で、ヴェルスが失踪しただとか奴隷落ちしただとか、不穏な噂が流れていたけれど……本当に大丈夫だったの?」


セレシウムが険しい顔を和らげ、心配そうに覗き込む。それを受け、アルダスもやれやれといった様子で肩をすくめた。


「俺は、神童と言われているヴェルスが召喚士だとは未だに信じられないが……この国じゃ召喚魔法は深く蔑視(べっし)されているからな。だが、その様子じゃグラディス公爵家の家族ともうまくやれているようだな。あの公爵家は帝国屈指の魔法の名門の家だからな! 俺も心配してたぞ」


アルダスがそう言って笑ってみせたが、すぐにその視線は周囲の惨状、そしてそこで身を寄せ合う生存者たちへと向けられた。


「それにしても……あそこにいるのは、アクアローザ伯爵家のクラウミィア夫人か? 確か、次女のシェリルは今年『ステラリア』への入学を控えた水魔法の才女だったはずだが……あんなところで、女性同士集まっていったい何に怯えているんだ?」


セレシウムもまた、土と血に汚れたドレスで震える令嬢たちの姿に気づき、険しく眉をひそめた。


「……人の話を途中で折る悪い癖ね、アルダス。まあいいわ、さっきの話の続きだけど――黒血狼(こくけつろう)の残虐さは知っているけれど、それにしてもあの子たちの様子はおかしすぎるわね」


二人の疑問に対し、ヴェルスは静かに首を横に振ると、どこか痛ましげに目を伏せて語った。


「悪名高い黒血狼ですからね。規模もそうですが、今回は特に手口が酷かったようです。彼女たちの目の前で護衛の男たちは無残に殺され……生き残った彼女たちも、その、過酷な暴行を受けてしまったらしく、酷い男性恐怖症に陥っているようで……」


ヴェルスの言葉に、セレシウムは一層険しい表情を浮かべて重く息を吐いた。


「……そうね。心身ともにこれほどの深い傷を負っては、今後のケアも容易ではないわ。彼女たちの名誉や、今後の生活の立て直しも含めて……救う道があまりにも険しすぎるわね」


セレシウムの重い溜息に、アルダスも苦渋に満ちた表情で静かに頷いた。


――その時の二人は、まだ知る由もなかった。


この慈悲深い少年の優しげな微笑みこそが、自らの理性を根底から焼き尽くす奈落への招待状であったことを。


――それは、帝国の精鋭たちが束になっても決して抗うことのできない、人智を超えた絶対者の降臨を告げる、静かなる前奏曲に過ぎなかった。

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