第45話 壊れゆく栄光
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そこは、もはや街道ではなく、開かれた地獄であった。
鼻腔を真っ先に突き刺したのは、鉄錆のような濃厚な血と排泄物の臭い。
そして男たちの獣じみた情欲が混じり合った、吐き気を催すほどの熱気であった。
帝都ヴェディアへと続く主要街道――その一歩外れた暗がりは、かつての平穏を完全に剥ぎ取られていた。
そこは数千人規模を誇る大盗賊団『黒血狼』によって蹂躙された、アクアローザ伯爵家をはじめとする諸貴族の惨劇の現場であった。
徹底的に獲物を踏みにじり、その尊厳を泥にまみれさせることを悦びとする最底辺の畜生ども――。
下衆な大笑いが、この地獄に響き渡る。
「ハーハハハッ! 次はどの命を弄んでやろうか!」
街道の脇に聳える大樹の枝には、絶望に顔を歪ませた護衛たちが吊るされ、血まみれになって揺れていた。
地面では盗賊の幹部たちが酒袋を片手に、その無残な姿を見上げて嘲笑しながら、ナイフを投じる「的当て」に興じている。
シュッ、と鋭い風切り音が響き、吊るされた男の脚へ深々とナイフが突き刺さった。
「ぎゃああああッ!!」
刺さった刃を乱暴に引き抜けば、鮮血が飛び散り、吊るされた男の身体が大きく跳ね上がる。
その哀れな喘ぎと狂乱が、男たちにとってはたまらない余興であった。
その傍ら、少し外れた草むらの地面では、アクアローザ家に仕える女性たちが男たちに押さえつけられていた。
「いい顔してんじゃねえか、伯爵家の連中はよぉ!」
「おい、あっちの女はまだ壊れてねえぞ! まだ絶叫を上げる元気が残ってやがる。……次は俺の番だ!」
絹や革の衣装が無惨に引き裂かれ、剥き出しになった肌に冷たい夜気が触れる。
女たちは必死に抗っていた。爪を立て、歯を食いしばり、全身を捻って逃れようともがく。だが、その腕は男たちの分厚い手によって地面へ叩きつけられ、次々と動きを封じられていく。
その中で、一人の女性騎士がなおも激しく身を捩り、這いつくばりながらも歯向かっていた。
男たちの力任せな暴力と屈辱に晒されながらも、彼女は血の出るほど唇を噛み締め、睨みつける。だが、その抗いすらも嘲笑うように、下品な男の顔が強引に近づけられた。
「くっ……うっ、き、貴様っ……! さ、さわ……るな……っ、離せ……この、けだ、もの……っ!」
「『ケダモノ』だぁ? ほら、その生意気な面がどこまで持つか試してやろうじゃねえか、気取った騎士様がよぉ!」
隣では、別の盗賊が悲鳴をあげる若い侍女の両手首を捕らえ、抵抗を打ち砕いていた。
剥ぎ取られた衣服の間から冷気を浴び、女の全身が恐怖に慄く。
男たちの冷酷な手が肌を擦り、屈辱を刻み込んでいくたび、女の足が冷たい地面を掻き、爪先が痙攣するように跳ねた。
周囲の盗賊たちが囃し立て、酒の入った皮袋を回し飲みしながら、その無惨な惨劇を娯楽として眺めていた。
「次は俺だぞ!」
「早くしろよ、後ろに順番待ちがいるんだからなぁ!」
別の場所では、すでに声すら潰れた女が、ただ虚ろに空を見上げていた。引きちぎられた真珠の首飾りが踏みにじられ、美しい粒が冷たい地面へ散らばっていく。
――ある女は、壊れたように笑っていた。
悲痛な絶叫よりも深く耳にこびりつくその笑い声が、夜の闇へとむなしく響き渡る。
下衆な嘲笑が渦巻く中で、絶え間なく繰り返される暴力と陵辱。
彼女たちの尊厳と誇りは、獣のような男たちの欲望の吐け口として踏みにじられ、虚ろな瞳で空を仰ぎながら、静かに精神を壊していった。
だが、身代金目的の『商品』とされる者たちは別であった。
鉄格子の檻の中には、気高いドレスを着た女性たちが、震えながらその地獄絵図を見せつけられていた。
その檻の隅で、一人の少女が膝を抱えて涙を流していた。
溢れ出る恐怖に歯を鳴らし、怯えることしかできない。
――シェリル・アクアローザ、十四歳。
水魔法ランクAの資質を持ち、狭き門とされる一般実技試験を突破して、天空魔導学院『ステラリア』への入学許可を勝ち取ったばかりの、類まれなる才女。
本来ならば、栄光と祝福に満ちた未来が約束されていたはずの少女であった。
しかし今、彼女の目に映っているのは栄光ある未来などではない。
目の前で護衛たちが無惨に倒され、幼い頃から世話をしてくれた侍女たちも、獣の下で絶望に打ちひしがれていくという救いようのない現実であった。
あまりの恐怖と屈辱に、彼女は身を縮こまらせ、牙を剥く現実に息を殺すことしかできなかった。
――けれど、その限界は唐突に訪れる。
視界の隅で、慣れ親しんだ顔がまた一つ絶望に染まって倒れた瞬間、シェリルの中で何かがプツリと断ち切れた。
「ああ……あああぁぁぁッ――!!」
シェリルは血が滲むほど強く鉄格子を握りしめ、喉が焼けるほどの絶叫を上げた。
だが、誰一人として彼女を救いには来ない。
汚らわしい男たちが、檻の中の「商品」を品定めするように、ねっとりとした視線で舐め回しているだけだった。
「おい、このガキの泣き声、うるせぇな」
汚れた革鎧をまとった巨漢の盗賊が、げらげらと下品な笑い声を上げて檻を激しく蹴飛ばした。
――ガンッ!!
ズドンと重い鉄音が夜の空気に鼓膜を刺すように響き渡る。
鉄格子にしがみついていたシェリルの両手は衝撃で強引にはじき飛ばされ、耐えかねた身体が冷たい地面の上へ無惨に転がり落ちた。
頬を打つ冷たい土の感覚と、鉄の錆びた臭い。
抵抗する術すら奪われた十四歳の少女を、絶望という名の暗闇が心も魂も完全に塗り潰していった。
――逃げ場のない鉄籠の中で、ただ壊れていくのを待つだけの夜。
かつて夢見た栄光の魔法学院も、温かな家族の微笑みも、すべては遠い過去の泡影へと消え去っていく。
狂乱と悲鳴が渦巻く地獄の底で、少女の物語は、あまりにも残酷な暗転から始まろうとしていた。




