第35話 帝国の雷姫と天空からの招待状
雲一つない抜けるような青空の下、黒鉄の重圧と武威を誇示すべく佇む居城。
城塞の広大な敷地内には、攻撃魔法至上主義を掲げるこの国ならではの異形な光景が広がっていた。
赤々とした熱気を排出し灼熱の火炎魔術を鍛錬するための『赤銅の火魔塔』、深青の冷気を吐き出し濁流を制御する『青銅の水魔塔』、鋭利な風刃が唸りを上げる『緑銅の風魔塔』――幾重もの巨大な魔導錬成塔が威圧するように聳え立ち、各塔からは錬成実験や猛訓練による魔力の波動と地鳴りのような咆哮が絶えず響いている。
城塞の回廊を吹き抜ける冷涼な風は、各魔塔から漂う熱気や極冷の空気、そして微かな硝煙の匂いを孕んで流れていく。
雲間から注ぐ陽光が、歴史を刻む堅牢な黒鉄の石壁や広大な練兵場を白く焼き付けるように照らし出していた。
弱者に与える慈悲など微塵もない。
ただ圧倒的な『力』のみを至上とする、絶対の武風が吹き荒れていた――。
――軍事・魔導大国アルヴェディア帝国。
◇
ざあっと訓練場の砂煙が風に舞い上がり、重厚な木刀が交錯する鈍い打撃音が、緑銅の魔塔が陰を落とす練兵場へ空虚に響き渡る。
「——疾風よ、我が膝下に宿れ! 『疾風装甲』!」
風属性の身体強化魔術を滑らかに詠唱し、圧迫感のある巨躯で肉薄してくるのは、師範・ロイ。
疾風を纏った猛攻が眼前に迫る中、十四歳の少女——ヴィクトリア・ファ・アルヴェディアは、一切の動揺も見せずに薄い唇を微かに開いた。
「我が身に穿て、閃光の疾駆、迅雷を纏え!——『迅雷纏身』」
一瞬、彼女の可憐な全身を青白い不穏な紫電が迸る。
十四歳という年齢を感じさせない、洗練された無駄のない身こなし。
前髪から頭頂部にかけて気品高く紡がれた編み込みと、背へと優雅に流れる白金髪のゆるいロングウェーブ。
一見すれば高貴な宮廷の深窓の令嬢そのものの容姿でありながら、現在の彼女は泥と汗に塗れ、肌に張り付くシンプルな訓練着姿で激しい組手を繰り広げていた。
風の暴風を纏って容赦なく振り下ろされる、ロイの圧倒的な木刀の一撃。
だが次の瞬間、ヴィクトリアの足元で紫電が爆ぜた。
放電の残光だけをその場に残し、彼女は雷光そのものと化した身のこなしで最小限の軌跡を描き、滑り込むようにその猛攻を完封してみせる。
「甘いわ、ロイ!」
深藍の瞳に、鋭く冷たい肉食獣のような威光が閃く。
踏み込んだ勢いのまま体を鋭く回転させ、無防備となったロイの脇腹へ、容赦のない木刀の打突を叩き込んだ。
——ドカッ!
「ぐはっ……!?」
生々しい衝撃音とともに、大柄なロイの巨体が砂煙の中へと崩れ落ちる。
すでに訓練場の周囲には、息を絶え絶えにして倒れ伏す騎士たちが幾人も転がっていた。
「……だらしないわね。これが我が帝国の『魔導機甲騎士』の限界かしら?」
木刀を静かに引き下ろし、ヴィクトリアは荒い呼吸を整えながら、倒れ伏すロイたちを見下す。
可憐な美貌を濡らす汗が、深藍の瞳の輝きを伝い、顎から地面へ滴り落ちる。
軍事国家の王族として徹底的に叩き込まれた実戦主義と苛烈な自負。彼女の身体には、一切の妥協も温情も存在しない。
「次は、魔導負荷をかけた走り込みと筋力鍛錬に入るわ。立ち上がりなさい、無能ども。帝国の誇りを泥で汚す気?」
冷徹に言い放ち、木刀を訓練棚へと投げ置くヴィクトリア。
汗に濡れて肌に吸い付く白金髪を、彼女は一切気にする素振りもなく、苛烈な鍛錬の続きへとその足を進めようとしていた。
◇ ◇ ◇
苛烈な鍛錬を終えたヴィクトリアは、温かな湯で汗と泥をすみずみまで滑らかに洗い流し、身支度を整えて宮殿の涼やかなテラスへと場所を移していた。
身にまとうのは、白と銀の布地で気品高く仕立てられた『ミリタリードレス』。華奢な首筋を美しく引き立てるハイネック、細身なウエストをタイトに引き締め、戦う皇女ならではの凛とした威厳を醸し出す。幾重にも重ねられたプリーツの裾には銀糸の刺繍が静かに煌めき、可憐な少女らしさと軍事大国の最上位にふさわしい神聖な美貌を完璧に調和させていた。
そんな彼女の前に、一皿の焼き菓子が静かに恭しく捧げられる。
給仕を行うのは、洗練された軍装風の侍女服を完璧に着こなす筆頭護衛侍女――カミラ・レインヴァルト伯爵令嬢。
「姫様、本日のティータイムには、王室御用達の職人が焼き上げた完熟苺のタルトをご用意いたしました」
陶器の器に盛り付けられたのは、つややかなジュレを纏い宝石のように煌めく真紅の極上苺。
添えられた銀のフォークで一口分を切り分け、口へと運ぶ。
サクッ、と心地よい音が響くと同時に香ばしいパイ生地が崩れ、濃厚なカスタードの甘みと果肉から溢れ出す甘酸っぱい汁が、じんわりと口いっぱいに広がっていく。
その贅沢な余韻に浸りながら、カミラが絶妙なタイミングで淹れた琥珀色の高級紅茶を一口嗜む。立ち上る爽やかな茶葉の湯気が鼻腔をくすぐり、果実の甘みをさっぱりと流してくれた。
ほっと胸を撫で下ろし、可憐な笑みを浮かべながら再びタルトにフォークを伸ばす。
「姫様、至福の折に恐縮にございますが……先ほど、姫様宛に『天空魔導学院ステラリア』より、今年度の特待生招待状が送られて参りました」
「——んぐっ!?」
カツン、と銀のフォークをお皿に滑らせ、口に含んでいた絶品のタルトと紅茶が喉の途中で引っかかる。
「げほっ、ゴホッ……! け、咳ふっ……!?」
慌てて胸元を華奢な手でトントンと叩き、薄っすらと涙目になりながらも、ヴィクトリアは深藍の瞳をきらきらと輝かせてカミラを見上げる。
「あ、あの空に浮かぶお城……『アルティリス』へ行けるの……!?」
「はい。こちらがその書状にございます」
カミラが恭しく差し出した銀の盆から、羊皮紙の書状を受け取る。
封ろうを破り、羊皮紙を広げたヴィクトリアは、そこに躍る流麗な金文字へと視線を走らせた。
『拝啓 アルヴェディア帝国第2皇女、ヴィクトリア・ファ・アルヴェディア殿。
貴殿が「適性鑑別の儀」において示された雷ならびに金属性の卓越した才能と、測定上限超越《Sランク》の偉業を讃え、我が天空魔導学院『ステラリア』の特待生として謹んで招待申し上げる——』
(……ふふっ、やはり私を認めたのね。世界の頂点たるステラリアでさえ、私の『Sランク』の才能を無視できるはずがないわ。世界中の天才が集うあの場所こそ、我が帝国の武威と私の力を知らしめるのにふさわしい舞台!)
満足げに胸を張り、手紙を優雅に折りたたむヴィクトリア。
「おめでとうございます、姫様。世界の頂点たるステラリアとて、貴方様の圧倒的な才能を前にしては、招待せざるを得なかったということですね。……この良き日に、極上のいちごのティーセットをしつらえ直させましょう」
カミラの心尽くしの祝福に、ヴィクトリアは深藍の瞳をぱっと輝かせた。
「本当!? いちご、だ~い好き! やったわ……! ありがとう、カミラ!」




