第33話 【規格外・X級】の覚醒と、闇に伏せられし適性
場面は変わり。
――四年前。『オルディニア王国』の首都にそびえ立つセリオン大聖堂の夜。
十四の年を迎えた貴族の子女が集い、神から魔法の資質を授かる「適性鑑別の儀」の場である。
頭上遥かに広がる天穹の聖画は深い夜の帳に包まれ、高窓のステンドグラスからは蒼白き月光の束が斜めに差し込んでいる。かすかに薫る特有の霊香に満ちた静謐な大空間。その最深部、中央の祭壇では、万物の魔力を映し出す巨大な魔導水晶が自ら妖しく青白い光を放ち、重々しく鎮座していた。
(……ここが、四年前のあの日……)
周囲の貴族の子女が硬い面持ちで唾を飲み込む中、エレノアは凛とした優雅な眼差しでその光景を見つめていた。十八年分の過酷な記憶と矜持、そして『夢魔の女王』としての力を宿した彼女には、他の子供たちのような怯えや緊張など微塵も存在しない。
(この儀式で氷が出ず、ただの土属性と判定されたことで冷遇され、最後は帝国への道具として差し出された惨めな過去。そんな下劣な運命を踏みにじるための、これが私の反撃の第一歩だ。)
「エレノア、深く息を吸って整えなさい。あなたなら大丈夫、きっと素晴らしい氷の輝きを示してくれますわ」
隣に立つ母のローザリアが、優雅な笑みを向けながらエレノアの肩へそっと手を添えてくる。
(ええ、安心なさるといいわお母様。今回はあなたの思い通りに輝いてさしあげますから)
内心で冷たくほくそ笑みつつ、エレノアは可憐で従順な笑みを返してみせた。
「そうだぞエレノア。我がセルヴィス伯爵家は代々、至高なる『氷属性』の優秀な使い手を輩出してきた名門。クラリスが示した『Aランク』という偉大な輝きに並び、あるいはそれを超える才を示して、お前もまた我が家の誇りであることを証明してみせよ」
「はい、お父様」
父である当主ギルバートも誇らしげに胸を張り、兄のジュリアス、そして姉である天才・クラリスもまた、妹へ視線を向けていた。
周囲の貴族たちも「あのセルヴィス伯爵家の次女か」「クラリス様に続く、もうひとりの天才……『氷華の姉妹』が誕生するのか」と、熱狂的な期待と羨望の視線を注いでいる。
「――セルヴィス伯爵家、エレノア・セルヴィス令嬢。祭壇の前へ」
聖職者の厳かな声が大聖堂内に響き渡る。
「はい」
エレノアは凛とした笑みを浮かべると、優雅かつ堂々とした足取りで大理石の床を鳴らし、祭壇の魔導水晶へと歩み寄っていった。
◇
「水晶に手をかざしなさい」
聖職者の促しに従い、エレノアは迷いなく白皙の掌を魔導水晶へと滑らせた。
その瞬間――ズドオンッ!! と大聖堂全体が劇的に鳴動した。
「な、なんだ!? 揺れ……いや、魔力圧か!?」
水晶の奥底から解き放たれたのは、眩い光などという生易しいものではなかった。
大聖堂の空気を一瞬で氷結させるほどの凍てつく冷気と、大地そのものを揺るがす圧倒的な万物の魔力が暴風となって吹き荒れたのだ。ステンドグラスが激しく振動し、周囲の貴族たちが悲鳴を上げて膝をつく。
そして、光が収束した水晶の表面に浮き上がったのは――誰も見たことがない文字の連なりだった。
【氷属性魔法:測定上限超越(Sランク)】
【土属性魔法:測定上限超越(Sランク)】
【総合評価:判定不能(規格外・X級)】
「ひっ……!? こ、これは……『氷』と『土』の重複適性……それも測定器の限界を遥かに超える、測定不能(X級)の魔力量だと……!?」
聖職者が腰を抜かし、叫び声をあげる。
静まり返った大聖堂に、やがて万雷の拍手と激しい歓声が爆発するように沸き起こった。
「す、凄まじい……! 氷だけではなく土までも極めし、神に愛された至高の才……!」
「セルヴィス伯爵家に、歴史に名を残す大天才が誕生したぞ!」
父ギルバートは歓喜に震えて口元を緩め、母ローザリアは感動の涙を流しながら拍手を送る。一方、姉クラリスは最初からその結果を知っていたかのように微動だにせず、
神威の光を宿した翠玉の瞳で、妹の左の胸元から左肩へと――そこに秘められた刻印の気配を静かに見つめていた。
歓声を一身に浴びながら、エレノアは優雅にお辞儀をしてみせる。
(ふふ……闇属性をはじめとする本当の適性は隠蔽してあげたけれど、魔力数値までは隠しきれなかったわね。でもこれで十分。文句のつけどころのない完璧な伯爵令嬢として、思い通りに成り上がってみせるわ……)
だが、喝采の中心に立ちながら――エレノアの胸に刻まれた『真紅と深紫の魔術刻印』が、不意に激しく熱を帯びて疼いた。
脳裏をかすめるのは、回帰前の記憶。己の全てを捧げた『我が愛しき主』との確かな絆。
(……なにかしら、この胸の締め付けられるような痛みは? 完璧な結果を得たはずなのに……なぜ私の魂は、これほどまでに『あの方』を求めているの……?)
『あの方』のおかげで、自分はこうして受肉し、再びこの地に立っている。それなのに――いくら記憶の糸を手繰り寄せようとしても、主の名前や素性どころか、その素顔や輪郭にまで冷たい霧がかかったようにモヤが深く立ち込め、何ひとつ思い出せない。
鮮明に浮かび上がるのはただ一つ。文字盤と星々が怪しく揺らめく、あの神秘的な『星刻の瞳』の輝きだけ。
熱狂に包まれる大聖堂の中で、エレノアだけが――完璧な成果を手に入れたはずの胸に渦巻く、理由のわからない強烈な喪失感と焦燥に胸を押さえていた。




