第2話 適性鑑別の儀
帝国『アルヴェディア』の帝都にそびえ立つセリオン大聖堂の夜。
十四の年を迎えた貴族の子女が集い、神から魔法の資質を授かる「適性鑑別の儀」の場である。
高い天井に描かれた神々のフレスコ画、ステンドグラスから差し込む七色の光、そしてかすかに漂う香木の香り。その荘厳で洗練された空間の奥、中央の祭壇には万物の魔力を映し出す巨大な魔導水晶が鎮座していた。
(……すごい……これが、大聖堂……)
周りの貴族の子女が緊張で顔を青ざめさせる中、ヴェルス・グラディスは静かで落ち着いた眼差しでその光景を見つめていた。不思議と物怖じせず、人の表情や場の空気を鋭く察知する聡明さが彼にはあった。
「ヴェルス、緊張することはないわ。あなたなら素晴らしい魔法適性を示せるはずよ」
隣に立つ母のセレス・グラディスが、慈愛に満ちた笑みを向けながら優しくヴェルスの手を握りしめてくる。
「そうだぞヴェルス。我がグラディス公爵家の名を、この大聖堂の場でも示してみせよ」
父である当主ヴァルターも誇らしげに胸を張り、兄のレオン、ジーク、姉のエリスも期待に満ちた眼差しを向けていた。昨日までの豪華な家族団らんの食卓そのままに、彼らはヴェルスを心から愛し、自慢の息子・弟として疑いなく祝福していた。
周りの貴族たちも「あのグラディス家の神童か」「一体どれほどの高位魔法が出るのか」と期待と嫉妬の混じった熱い視線を注いでいる。
「――グラディス公爵家、ヴェルス・グラディス令息。祭壇の前へ」
聖職者の厳かな声が大聖堂内に響き渡る。
「はい」
ヴェルスは深く息を吐くと、一歩一歩、大理石の床に足音を響かせながら祭壇の魔導水晶へと歩み寄っていった。
◇
「水晶に手をかざしなさい」
聖職者の促しに従い、ヴェルスはゆっくりと小さな掌を冷たい魔導水晶へと滑らせた。
その瞬間――ゴオッと大聖堂の空気が震え、水晶の奥底から目も眩むような眩い光が溢れ出した。大聖堂内から「おおっ!」と歓声が上がる。公爵家の血筋にふさわしい、圧倒的な魔力量の証だ。
父ヴァルターは満足そうに口元を緩め、母セレスは感極まったように胸の前で手を組む。
だが、その直後だった。
眩い光は収束し、水晶の表面にゆらゆらと文字と紋様が浮かび上がった。それを見た聖職者の顔から、一瞬で色が失われる。
「こ、これは……『召喚魔法』……適性ランク……」
――静寂。
静まり返る大聖堂に、聖職者の困惑した声だけが虚しく響いた。
「召喚魔法……? 攻撃魔法でも、回復魔法でもなく……あの『無能』の召喚魔法だと!?」
「何かの間違いだろ! グラディス家からハズレ魔法が出るなんて!」
周囲の貴族たちから、ヒソヒソとした囁き声と嘲笑が波のように広がり始める。
(召喚魔法……? 僕の属性が……?)
理解が追いつかないヴェルスが振り向くと、そこには――今までに一度も見たことがない、身の毛もよだつほど冷たい家族の顔があった。
「……見損なったぞ」
父ヴァルターの声には、先ほどまでの慈愛など欠片もなかった。蔑みと激しい苛立ちに満ちた瞳でヴェルスを見下ろしている。
「父上……?」
「黙れ! 誰が父上だ! 我がグラディスの血を汚す無能め……! 我が家の歴史に泥を塗りおって!」
「そんな……お母様……」
助けを求めるように母セレスに視線を向けるが、セレスは心底汚らわしいものを見るような目で扇子を口元に当て、顔を背けた。
「嫌だわ……私の腹からこんな出来損ないが生まれるなんて……思い出すだけで虫唾が走るわ。私の視界に入らないでちょうだい」
「ヴェルス、お前には失望したよ。公爵家の面汚しが」
兄のレオンは冷淡にそう吐き捨て、姉のエリスは「恥ずかしいわ、さっさと消えて」と冷笑する。
そして次男のジークが歩み寄ると、呆然と立ち尽くすヴェルスの胸ぐらを掴み上げ、激しい怒りを露わにした。
「おい役立たず! 今まで俺たちがどんだけ期待してやってたと思ってんだよ! 触れるのも汚らわしいんだよ!」
「がはっ……! ジ、ジーク兄さん……!」
ジークは大聖堂の大理石の床へ、手加減なしにヴェルスを叩きつけた。硬い床に打ちつけられ、激痛に息が詰まる。
昨日まで優しく頭を撫でてくれた手。一緒に笑い合い、豪華な料理に囲まれた温かな食卓。そのすべてが、たった一つの魔法適性の判定によって、跡形もなく崩れ去った。
「来い、無能。……屋敷へ戻り次第、お前の処遇を決める」
床に倒れ伏すヴェルスを見下ろしながら、父ヴァルターは冷酷に言い放った。
大聖堂のステンドグラスを透かして差し込む七色の月光は、冷たく惨めな少年を虚しく照らしているだけだった。




