第1話 輝けるグラディスの陽光
白亜の尖塔が、月光を遮る広大な夜空を鋭く穿ち立っていた。
アルヴェディア帝国が誇る最高峰の威光――グラディス公爵邸。
冷ややかな夜風が吹き抜けるたび、広大な敷地に咲き誇る濃紺の薔薇が静かに揺れ、甘く重厚な香気を夜気に撒き散らす。
整えられた庭園の噴水からは静謐な水音が響き、月明かりを受けて銀色の飛沫を散らしていた。磨き抜かれた石畳を歩けば、夜の静寂の中に硬質な靴底の音が心地よく反響する。
どこを見渡しても気品と隆盛に満ちあふれている。
こここそが、帝国屈指の魔法の名門――グラディス公爵家である。
◇
重厚なオーク材の長テーブルを囲む大食堂。豪奢なシャンデリアが温かな黄金色の光を投げかける中、母であるセレス・グラディスの優美な声が響いた。
「さあヴェルス、冷めないうちに召し上がりなさい」
卓上に並べられているのは、公爵家の財と最高の料理人の技巧を結集した極上の晩餐だ。
中央には、極上の魔獣サーロインをじっくりと焼き上げたロースト。炭火で表面をカリッと香ばしく締め上げ、中はしっとりとした深い赤身を残した肉塊から、溢れ出す肉汁とガーリックハーブの芳醇な香りが煙と共に立ち上り、一嗅ぎしただけで生唾が口いっぱいに広がる。
ナイフを入れれば、吸い付くように柔らかい肉の繊維から温かなジュワッとした肉汁が溢れ出し、特製デミグラスソースの濃厚な甘酸っぱさと相まって、鼻腔を幸福感で満たした。
その傍らには、絞りたての濃厚な生クリームと旬の冬野菜を煮込んだポタージュ。湯気とともに漂う濃厚なバターとコンソメの香りが食欲を激しくそそる。焼き立ての黄金色のパンを浸せば、サクッとした香ばしい生地がスープを吸ってしっとりと重くなり、口に運べばまろやかな甘みが舌の上でとろけていく。
「ふふ、ヴェルスは相変わらず美味しそうに食べるわね。見ていて気持ちがいいわ」
そう言って可愛らしそうに目を細めるのは、長女のエリスだった。優雅にスプーンを扱いながら、弟であるヴェルスに慈愛に満ちた視線を向ける。
「おいおいエリス、ヴェルスを甘やかすなよ。明日はいよいよこいつの『適性鑑別の儀』なんだからな!」
そう言って豪快に肉を頬張りながら笑うのは、次男のジークだ。口の周りにソースをつけながらも、親愛の情を隠そうともせずにヴェルスの肩をぽんと叩く。
「ジーク、食事中の品性を欠く振る舞いは慎みなさい。……だが、気持ちはわかる。ヴェルス、お前の聡明さは幼少期から目を見張るものがあった。明日はきっと、我がグラディス家にふさわしい素晴らしい魔法適性が示されるはずだ」
長男のレオンが頼もしく頷き、優しく微笑みかける。
「そうよヴェルス。あなたのその賢さは、私の自慢なの。明日はあなたの素晴らしい門出になるわ」
母セレスも愛おしそうにヴェルスの頬に手を添え、優しく微笑んだ。
そして、長卓の上座に座る当主ヴァルターが、満足そうに目を細めてワイングラスを傾けた。
「うむ。ヴェルスの日頃の試み、研鑽は見事なものだ。グラディスの血筋に恥じぬ、いや、それどころか我が家の歴史に新たな一ページを刻む偉大な魔法使いとなるだろう。期待しているぞ、我が息子よ」
「……はい、父上、母上。皆様、ありがとうございます。期待に応えられるよう、精一杯努めます」
十四の年を迎えたヴェルス・グラディスは、心からの温もりを感じながら深々と頭を下げた。
家族の温かな眼差し、美味しい食事の匂い、未来への祝福と希望。
この贅沢で幸せな世界が、ずっと続いていくのだと、当時のヴェルスは疑いなく信じていたのだった。




