第16話 深緑の静寂と、無言の倒錯
光の届かない地下牢。
ひんやりとした湿気と、土と鉄の臭いが重く立ち込める暗闇の中、ヴェルスは冷たい石畳の上に上半身を起こし、両手首と両足首を重厚な鉄の枷と鎖で繋がれた座り姿勢のまま、壁にもたれかかっていた。
ギルバート伯爵の放った『絶対零度』の圧倒的な暴力。
その余波と、騎士たちの暴力によって痛めつけられた小柄な身体は、皮膚の至る所に青紫色の痣を作り、荒く短い呼吸を繰り返すたびに肋骨の奥が激痛で軋んでいた。
冷たく重い鎖が、石畳に擦れてジャラ……と虚しい金属音を立てる。
口内に残る鉄の味を吐き捨てることもできず、ヴェルスは座ったまま、冷ややかな視線を暗闇へと向けていた。
『カツン……カツン……』
湿った石畳を叩く、細く規則正しい足音が地下牢の静寂を切り裂いて響き渡る。
現れたのは、上質な漆黒のメイドロングドレスに、雪のように白い、細やかな刺繍が施されたエプロンを纏った、二十歳の一人の侍女――後にマリアと名乗る女性だった。
涼やかな目元と整った鼻立ちが目を惹く端正な美女であり、胸元を内側からぐっと押し上げる豊満な胸の揺らぎが、隙のない佇まいの中にどこか艶やかな色香を漂わせている。
地下牢に囚われた者の健康管理を単独で任されている彼女は、粗末な木製の盆に、冷え切った硬いパンと具のないスープを載せて運んできたのだった。
鉄格子越しに、粗末な木皿をカタリと床へ置く。
そして――彼女の視線が、鉄格子の向こうで座り込むヴェルスの姿を捉えた瞬間、動きがピタリと止まった。
血と土にまみれ、痛みに耐えるように胸を上下させている華奢な美少年。
薄暗い光の中で、乱れた髪の隙間から覗く無垢な素肌と、苦痛に揺れる儚げな肢体。
『……っ』
侍女の喉から、声にならない小さな息が漏れる。
その瞳の奥に、危険な情熱が灯った。
彼女は言葉を発しなかった。驚きの声も、嘲笑の言葉も、哀れみの溜息すら出さない。
ただ、喉をかすかに鳴らし、荒くなった吐息を押し殺すように、じっとヴェルスの傷ついた身体を見つめ続けていた。
表向きは静かな侍女。だが、その内面には「傷つき、痛みに喘ぐ美少年」に対する、病的なまでに歪んだ嗜好が隠されていたのだ。
侍女の頬が朱に染まり、呼吸が激しく乱れていく。
彼女は震える手で漆黒のロングスカートを少しだけ持ち上げると、片足ずつすべり出させるようにして、ゆっくりと衣擦れの音を響かせた。
静寂の地下牢に、かすかな布の揺れる音が小さく落ちる。
そして今度は、その長いスカートの裾を、両手で一寸ずつ、じわじわと引き上げていく。
硬く冷たい足首から、吸い付くような滑らかなふくらはぎ、引き締まった美しい膝、そして艶やかな光を反射してあらわになっていく絹のような白い太ももの絶景。
その無防備で生々しい肌を、あの傷だらけの美少年に見せつけるようにゆっくりと。
言葉など一言も交わされていない。
しかし、己の歪んだ情欲を、あの無垢で美しい少年に見られているという強烈な羞恥と快感が、彼女の理性を一瞬で焼き切っていく。
その圧倒的な背徳の悦びに、侍女の膝がガクガクと小刻みに震え出した。
太ももの付け根近くまでスカートをたくし上げ、露わになった脚の熱気が静寂の部屋に伝わっていく。
耐えかねて腰を小さく震わせ、こみ上げる熱を抑えきれないように息を荒らげていた。
『ぁ……っ、あぁッ……! ……んぅっ、……ぁっ!』
今まで一言も口を開かなかった寡黙な侍女の口から、こらえきれない情熱の喘ぎ声が漏れ出す。
開いた唇からは熱い吐息が零れ、半開きの瞳は熱にトロリと蕩けきっていた。
静寂の地下牢に立ち込める、甘く熟した体温の匂い。
「ハぁ……ッ、あ……っ」
見つめられることへの甘い歓喜と、自ら妖しい姿を晒す羞恥。
その倒倒錯した情熱の波に呑まれ、侍女は熱を帯びた瞳を湿らせながら、ただ一人、無情な少年の視線に翻弄されるように深く感じ入っていた――。




