第13話 歪んだ食卓と、濃密な掌
あの凍えつく密室での出来事から、数日が過ぎた。
セルヴィス伯爵邸の広大な食堂には、相変わらず息が詰まるほどの緊張感と静寂が満ちていた。
豪奢なシャンデリアの下、当主ギルバート伯爵、夫人ローザリア、そして長男ジュリアスが揃う中、長女クラリスは凛とした気品を纏い、洗練された動作でナイフとフォークを動かしていた。
「クラリス、次の社交界での氷華の演武の件だが、王立学院の教授陣も一目置いているそうだぞ」
鈴の音のように凛と透き通った気品ある高音が、静かに響く。
「ありがたき幸せ、父上。セルヴィス家の名に恥じぬよう、完璧な氷の演舞をお見せいたしますわ」
優雅にワイングラスへと薄紅色の唇をつけ、そっと伏せられた繊細な睫毛。シャンデリアの光を浴びて、絹のように艶やかな黄金色の髪が滑らかに揺れる。
そしてクラリスはグラス越しに、正面に控える漆黒の執事服の美少年――ヴェルスへと、その深遠な翠玉の瞳を滑らせ、じっと見つめた。
ヴェルスはクラリスの視線に気づくと、しばらく見つめ返し怪しくも従順な瞳で深々と頭を下げてみせた。
その時、――最下席に座るエレノアの身体が、小刻みに震えていた。
◇
「……お召し上がりになられたスープ皿をお下げいたします、クラリス様」
ヴェルスが恭しく一歩踏み出し、クラリスの脇へと滑り込む。
父たちの会話が続くテーブルの上で、ヴェルスが皿に手を伸ばしたその時――。
クラリスは躊躇う素振りも見せず手を伸ばした。
――テーブルの暗がりで、上品でしなやかな白い指先がヴェルスの手首をそっと握り締めた。
それに対し、ヴェルスは顔色ひとつ変えず、拒絶する素振りすら見せない。
むしろ、完璧な執事の礼儀正しさを装いながら、自然な動作で皿を受け取りつつ――クラリスの冷たく熱い指先に自らの指を深く深く絡め合わせ、吸い付くように愛おしく握り返したのだ。
一瞬だけ交わされる、肌を焦がすような濃密な体温と、強烈な支配の感触。
それは、十分すぎるほど、妖しく完成された主従の空気を醸し出していた。
「……ふふ」
クラリスの口元から、密かな愉悦の吐息が漏れる。
そして、そのテーブルの上で堂々と、けれど隠れて交わされる濃密な接触を――最下席で鮮明に目撃してしまったエレノア。
その瞳から、スーッと光が消え去っていく。
膝の上で固く握りしめられたナプキンだけが、音もなく歪んでいた。
たった一つの温もりを完全に奪われた少女の心は、ただ底なしの暗い漆黒に塗り潰されていく――。
◇
晩餐が終わり、重厚な廊下を静かに歩くヴェルスの足音。
一人になった暗がりの中で、ヴェルスはふっと立ち止まった。
クラリスに強く握り締められていた自らの手首を、冷ややかな瞳で見つめる。
その口元に、密やかな嘲笑が浮かんだ。
二人の伯爵令嬢を裏から完全に支配する準備は、着々と整いつつあった――。




