第6話 お化けたちとのティータイム
「それじゃあ、お茶にしよう!」
ヨイがパチンと手を叩くと、それまでおずおずとしていたゴーストたちが一斉に動き出した。
「ココ、お茶淹れて! パンプはお菓子。アルさんは……」
「分かっている」
白髪の男――アルが静かに息を吐き、上着の袖をまくる。
その流れるような連携に、ルミナは呆気に取られて立ち尽くすしかなかった。さっきまでお互い怯え合っていたはずなのに、今の彼らはまるで、何年も同じ屋根の下で暮らしてきた家族のようだ。
荒れた庭に置かれた古い丸テーブルに、いつの間にか白いクロスが広げられる。
ココが湯気の立つティーポットを慎重に運び、パンプが大きな籠に山盛りの焼き菓子を抱えてやってきた。
「できたー!」
「ありがとう。助かるよ」
ヨイが受け取った籠からは、香ばしいバターの匂いが漂っている。
ルミナは鼻をくすぐる甘い香りに、思わず尋ねた。
「そのお菓子……どうしたの? こんな場所で」
「街の倉庫に眠ってた小麦粉と砂糖。アルさんが魔法みたいに美味しく仕上げてくれたんだ」
「料理人だったからな」
アルは少し決まり悪そうに視線を逸らし、コップを並べる。
「この屋敷がまだ、屋敷として機能していた頃の話だ」
ルミナは彼を凝視した。
「あなた……本当に吸血鬼なの?」
「半分だけだ。血よりも、丁寧に淹れた紅茶の方がよほど口に合う」
「あと、トマトジュースもね!」
パンプが横から身を乗り出す。
「……それは言わなくていい」
冷徹そうに見えたアルが、目に見えて狼狽えてみせる。そのギャップに、ルミナの口元からつい小さな笑いがこぼれた。
吸血鬼が紅茶とトマトジュースにこだわっているなんて、魔法学園の古い教科書には一行も載っていなかった。
「あ、あの……どうぞ」
ココが両手で震えながら、ルミナにカップを差し出す。
「ありがとう」
受け取ろうと手を伸ばした、その時。
ココの足元がもつれ、体が前のめりに傾いた。
「あっ!」
手から離れたティーカップが、宙に放り出される。
反射的に、ルミナの口から呪文がこぼれていた。
「《ウィンド・キャッチ》」
柔らかなつむじ風がカップを包み込み、軌道を受け止める。カップは空中で一度だけふわりと回り、一滴もこぼさずにテーブルの上へ着地した。
「わあ、すごいです!」
「魔法だ! かっこいい!」
パンプとココが目を輝かせて拍手を送る。当のココは、すぐに耳まで赤くしてうつむいた。
「ご、ごめんなさい……また失敗しちゃって」
「いいのよ。割れなくてよかった」
ルミナはしゃがみ込み、ココと視線を合わせる。
「怪我はない?」
「……怒らない、んですか?」
「どうして? 誰にでも失敗はあるわ」
ココは驚いたように、それから泣きそうなのを堪えるように小さな肩をすくめた。その様子に、ルミナは胸の奥が少しだけ、きゅっと締め付けられる。この小さなゴーストが、これまでどんな目で見られてきたのかが、言葉にせずとも伝わってきた。
「いただきます!」
パンプが我慢できないといった様子でクッキーを口に放り込む。
それにつられるように、半透明の白いゴーストも手を伸ばしたが、指先がすり抜けてクッキーは落ちてしまった。
「あ……」
「またやってる。魔力を指先に集中させるんだよ」
ヨイが苦笑しながら教えると、白いゴーストはうんと頷いて目を閉じる。
しばらくすると、その手に淡い光が宿り、今度はしっかりとクッキーを掴み上げた。
「できた!」
パチパチと、小さな拍手が庭に広がる。ただそれだけのことなのに、乾いた空気が少しずつ、温かいものに変わっていくのが分かった。
ルミナは紅茶を口に運ぶ。
品のある渋みと、ほのかな甘み。
「……美味しい」
「口に合ってよかった」
アルの口元が、わずかに和らぐ。
「こんなに美味しい紅茶、久しぶりに飲んだわ」
「茶葉だけは、当時の上質なものが手に入っていたからな。ただ、ずっと使う機会がなかった」
「みんな、自分たちだけで楽しむのが申し訳なかったんだって」
ヨイがカップを傾けながら、少し寂しげに笑う。
「どうして?」
「誰も来なかったから」
パンプがクッキーをかじる手を止め、ぽつりと言った。
「ぼくたち、お化けだから。人間が来ても、みんな叫んで逃げちゃうんだ」
「だから」
ヨイは全員を見渡し、力強く微笑んだ。
「これからは、その『当たり前』を変えるんだ。学園の生徒も、町の人も、いつかは王都の人たちだって。ここを『お化け屋敷』じゃなくて、『また遊びに行きたい場所』にする」
無茶苦茶な夢だ。
常識的に考えれば、ただの子供の絵空事。
けれど、ヨイの迷いのない瞳を見ていると、ルミナの胸にも不思議な熱が宿っていく。この少年なら、本当に世界を変えてしまうかもしれない。
「ねえ」
袖を小さく引かれ、ルミナは我に返った。パンプが不安そうに彼女を見上げている。
「お姉ちゃん、また来る?」
「え……私?」
「うん。もっとお話したい」
「また、お茶……淹れさせてください」
ココもエプロンの端を握りしめながら、じっとルミナを見つめていた。
そんな顔をされて、断れるはずがない。
「ええ、もちろん」
ルミナは柔らかく微笑み、二人の頭をそっと撫でた。
「また来るわ。今度はお土産を持ってね」
「やったー!」
パンプがその場で飛び跳ね、ココが嬉しそうに顔を綻ばせる。
その様子を少し離れた場所から見守りながら、ヨイは胸の内で小さく息を吐いた。
(よし。まずは第一歩、大成功だ)
しかし、ヨイの安堵が続くことはなかった。
その日の夕暮れ。
赤く染まった空を切り裂くように、一羽の黒い伝書コウモリが屋敷の窓枠に舞い降りる。
その細い足に結びつけられていたのは、王都の紋章が刻印された、重々しい封書だった。




