第18話 お嬢様、ゴーストカフェに感動する
「それでは、ご案内します。」
ヨイは笑顔で街の大通りを歩き始めた。
エレノアもその隣を歩く。
護衛騎士は少し離れた場所から周囲を警戒していた。
「思っていたより……明るい街ですね。」
エレノアは周囲を見回す。
古い建物は多い。
けれど、窓は磨かれ、道端には花が植えられ、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
「前までは本当に荒れ放題でした。」
ヨイが苦笑する。
「草は伸び放題、家は壊れかけ、誰も近寄らない街でしたから。」
「たった数日でここまで?」
「仲間のおかげですよ。」
ヨイが振り返ると、パンプはほうきを持って通りを掃いていた。
「お客さんが歩く道だからね!」
ココは小さな花壇へ水をやっている。
「このお花、もうすぐ咲きそうです。」
アルは街灯の飾り付けをしていた。
黒いコウモリの飾りが風に揺れる。
「夜はもっと綺麗になりますよ。」
エレノアは思わず足を止めた。
「みんな、自分から働いているんですか?」
「そうですよ。」
「給料よりも『楽しい』が勝ってるみたいです。」
「社長が面白いことばかり言うから!」
パンプが笑う。
「仕事じゃなくてイベントなんだ!」
「イベント?」
「掃除もイベント。」
「畑仕事もイベント。」
「料理もイベント!」
ヨイは笑いながら頷く。
「嫌な仕事って思うと続かない。」
「だったら、遊びみたいにした方がいい。」
エレノアは感心したように小さく息をついた。
(この人は……。)
(人を動かすのが本当に上手。)
歩いているだけなのに、街のみんなの表情が明るい理由が分かった気がした。
やがて、一軒の古い建物の前へ着く。
入口には木の看板が掛かっていた。
『ゴーストカフェ 準備中』
「カフェ?」
エレノアが首をかしげる。
ヨイは少し照れくさそうに笑う。
「まだ準備中なんです。」
「でも中だけならどうぞ。」
扉を開けると、木の香りがふわりと広がった。
店内には丸いテーブルが並び、壁にはパンプたちが作った紙のコウモリやカボチャの飾りが飾られている。
大きな暖炉もあり、どこか懐かしい雰囲気だった。
「素敵……。」
エレノアは思わずつぶやく。
「本当にゴーストタウンですか?」
「その反応、よく言われます。」
ヨイが笑う。
「いらっしゃいませ!」
アルが黒いエプロン姿で一礼した。
「本日のおすすめは、トマトジュースです。」
「またトマトなの?」
ルミナが思わず笑う。
アルは真剣な顔で答えた。
「吸血鬼たるもの、赤い飲み物は欠かせません。」
「血じゃなくて?」
「……トマトで十分です。」
その真面目な返事に、エレノアはくすっと笑った。
「ふふっ。」
「アルさんって面白い方なんですね。」
「よく言われます。」
本人は真剣そのものだった。
そのやり取りを見て、店内は優しい笑いに包まれる。
ココは焼きたてのクッキーを運んできた。
「どうぞ!」
「試作品です!」
「ありがとう。」
エレノアが一枚口に運ぶ。
サクッ。
バターの香りが口いっぱいに広がる。
「おいしい……!」
「本当ですか!」
ココの顔がぱっと明るくなる。
「まだ少し固いかなって思ってたんです。」
「いいえ。」
「紅茶によく合いそうです。」
ルミナは手帳を取り出した。
「メニューに追加ね。」
「やったー!」
ココは飛び跳ねるほど喜んだ。
ヨイはその様子を見ながら静かに微笑む。
この街には、まだ立派な建物はない。
豪華な店もない。
でも、ここには笑顔がある。
「ヨイ様。」
エレノアが窓の外を見ながら言った。
「どうしました?」
「この街には、不思議な力がありますね。」
「不思議な力?」
「ええ。」
エレノアは穏やかに微笑む。
「気付けば、自然と笑顔になってしまうんです。」
その言葉に、ヨイは少し照れたように頭をかいた。
「それなら嬉しいです。」
その時だった。
コンコン。
入口の扉がノックされる。
「こんにちはー。」
聞き慣れない男性の声が響く。
扉を開けると、荷馬車を引いた中年の男性が立っていた。
「ここが噂のゴーストタウンで合ってるか?」
「はい。」
ヨイが答える。
男性は荷馬車から大きな木箱を降ろした。
「森の村の者です。」
「この前は倒木をどかしてくれて助かった。」
「今日は、お礼と……。」
「ひとつ頼みたい仕事がある。」
ヨイは目を輝かせた。
「依頼ですか?」
「そうだ。」
男性は真剣な表情でうなずく。
「今度は、村の収穫祭を手伝ってほしい。」
その一言に、ヨイの胸が高鳴る。
(イベントの依頼だ!)
異世界で初めて舞い込んだ、本格的なイベントプロデュースの仕事。
ヨイは満面の笑みで答えた。
「もちろんです!」
「最高のお祭りにしましょう!」
その笑顔を見たエレノアは、小さく微笑んだ。
(この人なら……。)
(きっと、この街だけじゃなく、たくさんの人を幸せにできる。)
ゴーストタウン初の「街の外からの依頼」が、こうして幕を開けた。




