第17話 貴族のお嬢様と呪われた街
「止まれ。」
馬車の御者が手綱を引く。
ゆっくりと豪華な馬車がゴーストタウンの門前で止まった。
扉が開き、一人の少女が姿を現す。
腰まで伸びた銀色の髪。
澄んだ青い瞳。
白を基調とした上品なワンピースに、小さな宝石の付いた帽子。
年齢はヨイたちと同じくらいだろう。
少女は街を見回し、小さく息をついた。
「ここが……ゴーストタウン。」
護衛騎士が一歩前へ出る。
「お嬢様、お気を付けください。」
「魔物が現れた場合は、私どもがすぐに——」
「待って。」
少女は騎士を制した。
「まずは自分の目で見たいの。」
その頃。
「社長ー!」
パンプが門の見張り台から大声を上げた。
「お客さん!」
「お客さん?」
ヨイは鍬を置いて門へ向かう。
ルミナも手帳を閉じ、一緒に歩き出した。
「こんにちは。」
ヨイが笑顔で声を掛ける。
少女は少し驚いたように目を丸くした。
「あなたが、この街の領主?」
「ヨイ・フォースターです。」
「私は——」
少女は軽くスカートの裾を持ち上げ、優雅に一礼した。
「エレノア・ローゼンベルク。」
「ローゼンベルク伯爵家の長女です。」
ルミナが思わず目を見開く。
(伯爵家……!?)
王都でも有名な名門貴族だった。
「今日は、どのようなご用件で?」
ヨイが尋ねる。
エレノアは少しだけ笑みを浮かべた。
「噂を聞いて来ました。」
「噂?」
「『ゴーストと仲良く暮らす変わった領主がいる』と。」
パンプが嬉しそうに胸を張る。
「社長だ!」
「やっぱり有名になってる!」
ヨイは苦笑する。
「良い噂なのか悪い噂なのか……。」
「半々でしょうね。」
エレノアは正直に答えた。
「王都では『危険な思想を持つ若者』という人もいます。」
ルミナが少し顔をしかめる。
「そんな言い方……。」
「ですが。」
エレノアは街を見渡した。
掃除された石畳。
笑いながら遊ぶパンプとココ。
花壇に咲き始めた小さな花。
「私の目には、とてもそうは見えません。」
ヨイは照れくさそうに頭をかいた。
「まだまだ作りかけですけどね。」
「作りかけだからこそ面白い。」
エレノアはそう言って微笑んだ。
その時。
「きゃっ!」
パンプが石につまずき、荷車に積んでいたリンゴが坂道を転がり始めた。
「しまった!」
赤いリンゴが次々と坂を転がる。
「追いかけろー!」
パンプが飛び出す。
「待ってください~!」
ココも慌てて追い掛ける。
ヨイも走り出そうとした、その瞬間。
「《ウィンド・ステップ》」
エレノアが小さく魔法を唱えた。
ふわり、と優しい風が吹き抜ける。
転がっていたリンゴがふわりと浮かび、ゆっくりと一か所へ集まっていく。
「すごい……。」
ココが目を丸くした。
パンプも拍手する。
「お姉さん、すごーい!」
エレノアは少し照れたように笑う。
「風魔法なら少しだけ。」
ヨイは感心しながらリンゴを拾う。
「助かりました。」
「いえ。」
「お礼を言われるほどではありません。」
ルミナはその様子を見ながら思った。
(優しい人だ。)
名門貴族なのに、少しも偉そうではない。
むしろ困っている人を見ると自然に手を貸す。
そんな人だった。
「よろしければ。」
ヨイがリンゴを一つ差し出す。
「お礼です。」
エレノアは少し驚いたような顔をした。
「いただいても?」
「もちろん。」
一口かじる。
シャリッ、と心地よい音が響く。
「……甘い。」
自然と笑顔がこぼれた。
「こんなにおいしいリンゴ、久しぶりです。」
パンプが胸を張る。
「昨日もらった!」
「自慢するところじゃないわよ。」
ルミナが苦笑する。
みんなの笑い声が街に広がる。
その様子を見ていた護衛騎士は、小さく目を見開いていた。
(本当に……。)
(魔物と人間が笑い合っている。)
王都で聞いた噂とはまったく違う。
そこにあるのは、穏やかな日常だった。
エレノアは静かにヨイを見つめる。
「ヨイ様。」
「はい?」
「もしよろしければ。」
少しだけ期待を込めた笑顔で言った。
「この街を案内していただけませんか?」
ヨイはにっこりと笑う。
「喜んで。」
その一言から、新たな出会いが始まる。
そしてエレノアとの縁が、後にゴーストタウンの未来を大きく変えることになるのだった。




