94.リエゾンだからです
94.リエゾンだからです
ヤモはマオにクッションを用意し、向かい合って床に座った。
クッションにちょこんと座るマオの両耳はしょんぼりと下がっている。
しばしの沈黙をはさみ、ヤモはマオに聞いた。
「マオ、ラミア洞窟に行こうとしたのか?」
「はい、ヤモおねえちゃん…」
ヤモの問いかけにマオは顔を上げてこくりと頷き、小さな両手を胸の前できゅっと握る。
「マオ、ニックさんをラミアどうくつからだしてあげたいんです」
「マオ…それは…」
「このままだと、ニックさんはずっとラミアどうくつでひとりぼっちです!プリシラさまもニックさんも……だいすきなひとにあえないのは…すごくかなしいです…」
そこまで言ってマオは顔を俯けた。
胸の前で握られた幼い両手に、また微かに力がこめられる。
「マオ…」
ヤモは胸を突かれたように口を噤んだ。
ーラミア洞窟への立ち入りは法で禁じられている。
法で決められた、明確で、ぐうの音も出ない正論。
だが、正論は本当に正しい答えなのだろうか。
ニックはラミア洞窟に永遠に閉じ込められたまま、バートン親子は己を責め続け、息子を失ったニックの母は心に傷を抱えたままだ。
事情を知らぬ者ならば、ニックの自己責任や自業自得で片付けてしまうだろう。
今回のことは、ニックに非がないとは決して言えない。
しかし、ニックが死に至るまでの経緯と彼の根底にあったプリシラと我が子への深い愛を思えば、自己責任や自業自得などという無責任な言葉で片付けてしまってはならないのだ。
「ヤモおねえちゃん。マオ、ラミアどうくつにいきたいです!プリシラさまを、ニックさんをたすけたいです!だって、マオは…」
マオは緊張気味に、だがはっきりと自分の意志をヤモに告げた。
「マオは、リエゾンだからです!」
さっきまでしょぼくれていた両耳は、ぴんっと伸び立ち双眸には、まばゆく決然とした光が宿っている。
マオがしようとしていることは、はたから見れば正しくもなければ、正論に抗おうとするワガママでしかないかもしれない。
それに多大なリスクを伴い、ヘタをすれば取り返しのつかない代償も支払うことになる。
けれども、そんな考えとリスクを度外視してでも依頼人であるプリシラために全力を尽くしたい。
マオからはそんな意志がひしひしと伝わってきた。
では、ヤモはどうする?
ヤモの胸中に自問が投げかけられる。
法を破って禁足地に足を踏み入れれば、冒険者資格を剥奪の上に投獄されることは確実。
人生もキャリアも捨て去るものだ。
ーーだとしても。
ヤモは、口元に微かな笑みを浮かべた。
自問への答えは、もしかしたら自分は初めから決めていたのかもしれない。
沈黙するヤモの態度を怒りと受け取ったのかマオの両耳は、しょぼりと下がった。




