61.会話
61.会話
ヤモは慌てて手を伸ばしてマオを庇う。
ジョセフの怒りの矛先がマオ向いてしまうと思ったからだ。
だが、ヤモの予想に反してジョセフは立ちすくんだまま、自身の手を見つめて呆然としている。
その手は、たった今怒りにまかせてプリシラを叩こうとしていた手だ。
彼の胸に去来しているのは、深い後悔だろうか。
怒りに囚われていたとはいえ、大切な娘に手を上げようとしたのだ。
「分かった…」
ポツリと、ジョセフが言った。
覇気のない声は、折れたか細い枝のようだ。
「…お前の、好きにしなさい…どうせ、あの男を探すつもりなんだろう」
ジョセフはプリシラの顔を見ることなく背を向けると部屋の外へ向かう。
「セレナ、私は少し休みたい。部屋には誰も入らないように。一人にしてくれ…」
「あなた…」
案じるセレナの呼びかけに応えることなく、ジョセフは部屋の外に出ていってしまった。
足音は引き返す素振りもなく遠のいていく。
残されたのは居心地の悪い沈黙。
そんな重苦しい空気の中で、マオは忙しなく耳を動かしながら頷いていた。
眼差しはプリシラに腹に向けられている。
「マ、マオ?何をしているんだ?」
マオの謎行動に、ヤモは焦りながら聞いた。
プリシラとセレナ、ナターシャには怪訝と困惑が入り混じった感情が顔に表れている。
確かに、ごもっともな反応だ。
ヤモも三人の立場なら同じ顔になる。
当のマオはというと、きょとんとした顔でヤモたちを見上げた。
「マオですか?マオは、あかちゃんとおはなしをしてました」
「おは…なし…?」
「はい!あかちゃん、ちょっとこわかったっていっています」
あかちゃんとおはなし。
予想打にしないマオの返答。
「………え?」
ヤモが唖然としているうちに、マオは赤ちゃんとの対話とやらをを進めていく。
「あかちゃん、びっくりしちゃってます。あかちゃん、だいじょうぶですよ、もうこわくないです!」
「マオには、聞こえているのか…!?」
「はい!マオのおみみ、ちいさいおともいっぱいきこえます。あかちゃんはおむねのおとでおはなしができるのですよ」
ヤモの問いかけにマオはごく当たり前とばかりに、自身の耳を触りながら頷く。
ヤモも耳はいい方だが、マオは別格だ。ヤモの聴力は足下にも及ばない。
(マオの聴力は、小さい音が聞こえるレベルの話じゃないぞ…)
聞こえる上に、会話をしているのだ。胎児の心音を通じて会話をするなんて聞いたことがない。
これは、ケット・シーだけが持つ極めて特殊な能力なのだろうか。




