57.灯火
57.灯火
「ニックが追い出されてから、彼ががどこにいるのか、何をしているのか、ナターシャや他の家人が調べてくれたんです。でも、分かりませんでした…けれど、三月十五日の夜…ニックが家に来たんです、こっそり忍び込んで…」
「それはまた、随分と無謀なことをしましたね…」
ヤモは思わず呆れてしまった。良く言えば勇気がある。悪く言えば向こう見ずだ。
追い出された元主人の家に忍び込み、万が一捕まればただではすまない。
「ニックはそういう人なんです…」
ヤモの本音にプリシラはほろ苦く笑った。
「わたくしと生まれてくる子に見たこともないようなプレゼントを持って戻って来る、わたくしの父のことも必ず説得する。だから、待っていてほしい…それだけ言ってニックは言って去ってしまいました…それ以降、音沙汰もなくて…どこへ行ってしまったのか分かりません…」
プリシラの目からポロポロと涙が溢れ出す。形の良い唇は震え、か細い嗚咽が混じる。
「ニックは…無事なのでしょうか…それとも、わたくしのことなんて、忘れてしまって…わたくしのこともこの子のことも、煩わしくなってしまったのかもしれないです…」
次第に嗚咽は泣きじゃくる声に変わっていく。ハリソンが宥めるようにプリシラの肩をさする。
「会いたい…っニックに、会いたい…っ……あいたいんです…」
幼子のように泣きじゃくるプリシラに、ヤモはどんな言葉をかけていいか分からなかった。
口を開こうとしても、プリシラへかけたい大事な言葉が思い浮かばないのだ。
「プリシラさま」
そんな中、マオが椅子からおりてプリシラのもとに歩み寄っていった。
「マオ…?」
呼び止めようとしたヤモは言葉をのみ込む。
マオの決然とした表情がヤモを静止させのだ。
ここは、マオに任せてみよう。
ヤモはぐっと踏みとどまりマオを見守ることにした。
プリシラの前で立ち止まったマオは澄んだ双眸で彼女を見上げる。
プリシラの目をしっかりと見つめて、マオは口を開いた。
「ニックさんは、プリシラさまのこともおなかのあかちゃんのこともだいすきですよ。しかられるかもしれないのに、こっそりおうちにきたのは、プリシラさまとあかちゃんのことがだいすきだからです!」
背伸びをしたマオは、プリシラの手に自分の手を重ねる。
プリシラの手より何倍も小さいのに、その幼い手は不思議なくらい頼もしく見えた。
マオの声は温かく、光のように降り注いでプリシラをひだまりで包みこんでいく。
「マオとヤモおねえちゃんが、ニックさんをみつけます。だから、だいじょうぶです」
「マオ、さん…」
途端に、プリシラの目から新たな涙がとめどもなく溢れ出す。
崩れ落ちるように椅子から膝をついたプリシラは、マオの小さな手を両手で包むように握った。
「あり、がと…う…っ…ありが…っ」
「プリシラさまなかないでください、いいこいいこです」
まるで幼子をあやすかのように、マオはもう片方の手でプリシラの手をなでる。
今のプリシラの涙は、不安や悲しみからの涙ではない。
それは、前の見えない暗闇の先に、灯火を見つけた時のような安堵の涙だった。




