125.マイスゥィートハニー
125.マイスゥィートハニー
話が一段落した頃、部屋のドアがノックされた。
その途端、オリバーのふっくらとした頬に朱が差しこみ表情が餅のようにつるやかに輝く。
「ほほっ、どうぞ入ってください」
オリバーの声に応じてドアが開いた。
現れたのはほっそりとした涼麗な顔立ちの女性だ。栗色の髪はすっきりと結い上げられ、身につけているドレスは素朴な深緑色。
女性はヤモを見ると安心したように飴色の瞳を柔らかく細めた。
オリバーはいそいそと椅子から立ち上がると、嬉しそうに女性の隣に並んだ。
続いて、リィンも女性の隣に並ぶ。
「おっほん!ヤモさん、紹介しますね。こちらはマイスゥィートハニー、妻のカタリナです」
「僕の母さんでーす!」
「初めまして、ヤモさん。カタリナ・レオンハルトと申します」
オリバーとリィンに紹介されたカタリナ・レオンハルトは、涼やかに微笑んだ。
「ヤモさん、お身体の具合はどう?食事の準備をしようと思うのだけれど、何か食べたい物はあるかしら?」
カタリナに言われて、ヤモはようやく空腹感に思い至った。
考えてみれば眠っていた一週間は何も食べていないのだ。
とはいえ、空腹といってもいきなり食べたら胃袋がスパークを起こしてしまいそうだ。
「で、では…スープをお願いいたします…」
相手が宰相の妻君ということもあり、ヤモは緊張しながらおずおずとリクエストを述べた。
「スープね!病み上がりだから、あっさりしたスープを準備した方がいいかもしれないわ。マクリールご夫妻、良かったら一緒に準備をお願いできるかしら?」
「はい、もちろん!おまかせください!」
「もちろん、ヤモのためです!喜んでお手伝いいたしますわ!」
マクリール夫妻は意気込みを漲らせて頷いた。
「ありがとう、頼もしいわ!ヤモさん、食事ができるまでゆっくり休んでいてね」
「マイハニー!私はクリーミーロールキャベツをお願いします!」
「僕はウコッコ肉のトマト煮込みをお願います!」
すかさず手を挙げてリクエストを口にしたオリバーとリィンにカタリナは呆れたような笑みを零す。
「はいはい、分かったわ。じゃあ、みんな食堂に集まってちょうだい」
「マイハニー!私もお手伝いいたしますよー!」
カタリナはマクリール夫妻をともなって部屋を後にしていった。
背筋を伸ばし颯爽と歩くカタリナの後ろを、オリバーは心躍るとばかりにひな鳥よろしく追っていく。
上げ膳据え膳は申し訳ないと思いつつ、カタリナの厚意に甘えてヤモは食事が出来るまで休むことにした。
「シエル、マオのことを食堂に…」
「マオ、ヤモおねえちゃんといっしょにいます」
食堂に向かうリィンたちにマオを託そうとしたヤモをマオが遮る。
あどけない声音には頑なな意志がこめられていた。
マオを抱き上げようとしたシエルも、その手を止めてしまう。
みんなが案じ顔で見守る中、マオはまんじりとも動こうとしない。
『ヤモの側を離れたがらなくてね。ヤモおねえちゃんと一緒にいるってきかなかったんだよ』
ヤモはシエルの言葉を思い出した。
「マオ…」
少し顔をうつむけたまま、じっとしているマオにヤモは話しかける。
ヤモの声に反応してマオは顔を上げた。
「マオはしょくどうにはいきませんよ!マオは、ヤモおねえちゃんといっしょにいます!」
きりっとした表情で宣言するマオ。強情にでも動かない意志を改めて示しているようだ。
「マオ、シエルたちと食堂にいっておいで。私は一人でも大丈夫だから…」
「いやです!マオはヤモおねえちゃんといっしょにいます!」
マオは首を横に振って、ぎゅうっとヤモの胸ににひっついた。
あまりにも頑迷なマオにいささか驚き、ヤモやシエルたちはオロオロとしてしまう。
どうしたものかと困惑する一同の中で、ただ一人冷静な人物がいた。
「うん!分かったよ、マオ」
リィンである。
得心顔で鷹揚に頷いたリィンは、マオの頭をなでるとシエルたちを振り返った。




