117.深淵へ落ちる意識と、光
117.深淵へ落ちる意識と、光
懸命に意識と思考を繋ぎ止めようとするが、気持ちとは裏腹に視界ごとしぼんでいく。
(まずい…な…傷が…深すぎる…回復、ポーションが、効かない…かも、しれな…)
まるで巨大な手によって無理矢理に握り潰されていくかのようだ。
潰された意識と思考は徐々に黒色へと染め上がっていく。
「ヤモおねえちゃん!ヤモおねえちゃん!」
腕の中から抜け出したのだろう、欠けゆく視界にマオの姿が映った。
マオは大粒の涙をとめどなくこぼしながら必死にヤモを呼んでいる。
ヤモは起き上がろうとして身体に力が入らないことに気が付く。
一切の自由が取り上げられたヤモの身体は、腕一本、指先さえも動こうとしない。
ならばと、マオの名前を呼ぼうとした口も声帯さえも機能してくれなかった。
(マオ…)
打ち付けた全身とパックリと裂けた背中の傷口は、もはや痛みを感じていない。
傷口からはただひたすらにドクドクと血液が流れ続けているのだけは理解出来た。
「ヤモおねえちゃん!ヤモおねえちゃん!ねんねしちゃだめです!」
小さな手で懸命にヤモの身体を揺すり、マオは泣きながら呼びかけている。
マオの声に応えて起きなければ、そう思っても情けなくも身体は言うことをきかない。
(こんな場所で…マオを一人にはさせられない…)
今、ヤモが意識を手放してしまったらマオは洞窟でひとりぼっちになってしまう。
ヤモは必死に薄れゆく意識を手放すまいと引き留めようとした。
けれど、深淵に吸い込まれるようにしてヤモの視界は黒く染め上がる。
見えない力がヤモの意識を黒く黒く塗りつぶし、もぎ取っていく。
(マオ…)
ふつり、とヤモの意識はそこで途切れた。
「ヤモおねえちゃん!!」
マオの悲愴な泣き声が最奥内にこだまし続ける。
しかし、マオの声は最奥内に虚しく響くだけで、ヤモの耳に届くことはなかった。
ーー何度、呼んでもヤモは目を覚まさない。
痛ましく裂けたヤモの背中は真っ赤に染まり続け、身体の力は完全に抜けきっている。
「ヤモ、おねえちゃん…」
マオの双眸に新たな涙がふくらみ溢れそうになる。
その涙をマオはぐしぐしと拭い去り、落ちていたヤモのリュックを引きずってくると、中から回復ポーションを取り出してヤモの背中に優しくかけ始めた。
マオはヤモと買いに行った回復ポーションの存在を思い出したのだ。
回復ポーションなら、ヤモおねえちゃんを助けられるかもしれない。
しかし。
「おけが、なおりません…どうしてですか…?」
マオの期待を嘲笑うかのように、ヤモの背中の傷はふさがらずなおも血を吐き出すことをやめない。
硬い地面に、マオはぺたりと座りこみ…そうになるのを堪えてぷるぷると首を振った。
「マオはへこたれませんよ!マオは、ヤモおねえちゃんをたすけます!マオはヤモおねえちゃんをまもるんです!」
マオは空になったポーションをリュックにしまうと、ヤモの腕を自分の肩に乗せる。
「んむーーーっ!」
そして、全身全霊で己を鼓舞すると、ヤモを担ぎ上げようとした。
分かりきったことだが、マオにはヤモを担ぎ上げるだけの力は到底ない。
その上、意識を失ったヤモは全身の力が抜けているのだ。そんなヤモを小さなマオが持ち上げるのは不可能。
だが、それでも。何度でも。自身の無力と非力を思い知らされたとしても。あきらめるものか。
マオは歯を食いしばりヤモの腕を持ち上げる。
ヤモが傷ついたのは、マオがわがままを言ったから。マオのわがままを叶えるために、ヤモは一緒ににラミア洞窟に来てくれたのだ。
大好きなヤモおねえちゃんを死なせたくない。ひとりぼっちになんてしたくない。
ヤモおねえちゃんはマオのことを守ってくれた。だから。
「ーマオは、ぜったいに、ヤモおねえちゃんをたすけるんです!!」
マオが、深淵を穿ち貫く強き意志を己の声に乗せて叫んだ。
その刹那。
「ふぇっ…?」
溢れ出す、まるで無数の綺羅星のごとき光。
目を丸くするマオの視界をいっぱいを、流星群のようなまばゆい光が覆い尽くしていった。




