第九篇 助けを求める
「あ、竜也くん」
竜也が水月の家へ向かうために歩いていると、後ろから湊が声をかけてきた。
「湊兄。おはよう」
「おはよう。奇遇だね、行く時に会うこと、なかなかないのに」
「たしかに」
なんてことのない話をしている間に、水月の家に到着する。部屋に入ると、既に詩織が座って待っていた。
「いらっしゃい。着替えといで」
水月に言われた通り、二人は別室で袴に着替える。
「今日は不気味なくらいの快晴ね」
二人が着替え終わり、部屋で待機していると、詩織がふいに空を見て言う。
たしかに、竜也たちが来るまでの道も、太陽に照らされていた。暖かくなってきた最近では、暑いぐらいかもしれない。
「何も起こらないといいけどね」
「いや、湊兄、それを言うとさ––––」
竜也が言いかけると、突如、玄関の戸が勢いよく開いた音がした。四人が驚いて、水月は様子を見ようと、襖へ手を伸ばす。すると、襖さえも勢いよく開いた。
襖を開けたのは、一人の少年。歳は三人とさして変わらないであろうか。
癖のある灰色の髪に水色の瞳。走ってきたのか、息が切れている。
「お、おい。どうした……」
「すみません、助けてもらえますか?」
「……は?」
◆
四人と一人は走っていた。あまり説明している暇はないからと、灰色の髪の少年は、水月に場所だけを伝え、今はただ現場へ向かうために走っている。
「ちょっと、ろくに説明もしないとか、あんた一体誰よ!」
どこからどう見ても守人なのだが、急な展開に少々苛立っているのか、語気が強まる。
「すみません。僕は火之鳳明神の守人、藍川颯太と申します」
火之鳳明神は、月影の町より西にある町に祀られている神だ。
そんな守人の彼が来たということは、窮地に陥っているのは、火之鳳明ということだろう。
「何があった! 鳳明はそうそう負けるような奴ではないと思うが」
「協会側の伝達ミスです! 最初は山の神だと言う情報で要請が来ましたが、実際行ってみたら山ではなく、そこにかつて流れていた川の神でした!」
「川!? ということは」
「鳳明様とは相性が最悪です」
鳳明は、読んで字のごとく、火にまつわる神だ。そんな彼に、水を扱う川の神をぶつけるなど、最悪にも程がある。
走っていると、颯太がここですと言って立ち止まる。が、辺りにはなにもない。
竜也が困惑していると、颯太は戸惑うことなく空間に手を伸ばす。彼の左手が、虚空にズズッと入っていくではないか。
「そこに神域があるってことか……」
湊がボソッと呟き、竜也と詩織も納得した。
神域は傍から見ても、そこに神域があるとはわからない。すぐに気づかなかったのは、慣れない神の神域だからだろう。
それが、鳳明のものか、敵のものかはわからないが。
「入ります」
神域な面持ちで告げる颯太に頷き、竜也たちも続いて神域の中へと入っていった。
「うわあ!?」
閉じていた目を開けると、竜也は大きな声を出した。無理もない。そこは空の上なのだから。
至る所に火の玉がある。そして、上からは炎で出来た羽がふわりふわりと舞い降りている、そんな神秘的な空間。
そして、目に入る。長いブロンドの髪をひとつに束ね、翡翠色の瞳をした男性。その背中からは、深緋色の大きな翼が生えている。
間違いなく、彼が火之鳳明神である。
彼の額からは汗か水かわからないものが流れている。息が切れているのか、肩で息をしていた。
鳳明が見据える先にいるのは、濁った水色の髪に灰色の瞳を持った黄泉がえり。彼の周りには水が漂っている。
「アレが今回の敵なのね」
詩織は呟くと、虚空から薙刀を取り出す。くるりと回し、いつでも向かえるように構えを取った。
竜也と湊も、それに倣うかのように自身の武器を取り出す。
「おっ、新しいヤツ来た。コイツ俺に全然勝てないくせに、神域変わらないからだるいんだよねぇ」
相手は川の神、神域は空に火。ここは黄泉がえりの神域ではない。つまり、術の種類では負けていれど、全体の強さとしては、鳳明の方が強いということになる。
それに気づいた竜也は、心のどこかで、自分たちは勝てないのではないかという思いに至った。
彼が勝てないのに、どうやって自分たちが勝てると言うのだろう。諦めたいと思うと同時に、諦めたくないという気持ちにもなる。
ここで逃げたところで問題は解決しない。それに、また劣等感に押しつぶされてしまいそうだ。
「じゃあ行っちゃいますか!」
黄泉がえりが楽しそうに手を上にあげる、彼の後ろに無数の水でできた矢が現れる。挙げた手を振り下ろすと、矢は竜也たち目掛けて飛んできた。
詩織と竜也は自身の武器で矢を斬り、湊は水月を背中に庇いながら、氷で壁をつくり矢の雨を相殺する。
「すまんな、ここは隠れ蓑が無いから……」
「いえ、詩織ちゃんたちは前衛で、守れるのは僕しかいませんから」
湊の発言に、水月はフッと微笑む。
黄泉がえりは、左肩をグルグルと回している。やり取りが暇なのか、はたまた準備運動なのか。
肩を回し終えた黄泉がえりは、ニッと笑って腕を構える。そして、左から右へ動かすと、水が刃のようになり竜也たちへと向かっていった。
次は縦、その次はまた横と、どんどん攻撃をしていく。
「あはははは!」
彼は楽しそうに腕を振りながら攻撃する。攻撃数が増えていき、竜也たちは振り切れなくなり、顔や腕に切り傷をつくった。
「もう終わりかぁ!?」
攻撃の雨は止まない。防ぐので精一杯で反撃をすることができない。防戦一方だ。
水の刃に飽きた頃には、また水の矢で攻撃をけしかける。その連続。攻撃は幾度となく続き、まるで反撃をする隙がない。
「このままじゃ俺様が勝っちまうなあ!」
声高に笑い、竜也らを馬鹿にする黄泉がえり。しかし、笑っていられたのもつかの間、背筋にとてつもない悪寒が走る。
顔だけを振り返り、横目でその正体を探った。彼の背中には、鋭く刺さるような目付きをした颯太が、刀を深く構えている。
体制を低く保ち、刀を大きく振るった。
黄泉がえりはすんでのところで避けたが、完全には避けきれなかったようだ。背中に浅い傷が大きく入っている。
「ああ良かった。僕だけだと攻撃をする隙がなかったんです」
風が吹き、彼の癖のある髪の毛がふわりと揺れる。太陽の逆光によって、瞳は鋭く光っていた。
その姿に、黄泉がえりは若干のおぞましさを覚える。
「なんだよお前」
「火之鳳明神の守人、藍川颯太です」
思っていなかった返答に、黄泉がえりは歯を強く噛み締めた。
そこには先程まで焦っていた颯太の姿はない。今は至って冷静、むしろ落ち着きすぎている。彼は湊と同じ歳のはずなのだが、十四歳が纏うような雰囲気ではない。
「なあ、颯太さんってなんか術持ってたっけ?」
「いや、僕も詳しいことはわからないけど……」
そこまで言って、湊は颯太の方をチラッと見る。
「あの感じだと、多分ないよ。術なんて」
湊の発言に、竜也は大きく目を見開いた。持ち前の霊力量だけで戦っているのだ、彼は。
「私……全然気づかなかったわよ、あの人が来てたこと」
いくら黄泉がえりが夢中になっていたと言えど、あそこまで近づくのに霊力を完全に隠し切るなんてことは不可能に近しい。なんせ、刀に霊力を纏わせなければならないのだから。
だからこそ竜也は––––いや、三人はすぐに察した。桜には遠く及ばないにしろ、彼は
とても強いということを。




