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神代の縁  作者: 榊 雅樂
第二章
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第八篇 花と鍛錬

 三日後。竜也たちは水月宅で、いつ黄泉がえりが出没してもいいように待機していた。桜たちとの合同任務以来、黄泉がえりは出ていない。少しだけ続く平穏に、三人はすっかり気が抜けている。


「うーん」


 そんな中、水月ただ一人だけが腕を組み唸っていた。


「どうしたんだよ?」


「いやあ、何。ここ三日程、黄泉がえりが出ておらんだろう? それは良いことじゃが、あまりに動かないと身体が訛ってしまうんじゃないかと、ちと懸念をな」


「あーまあ……」


 たしかに言われると、平穏が続いた中で突然依頼が来たとしても、竜也たちはすぐに動くことができるだろうか。

 もし、身体がすぐに動かず対処に遅れてしまったとしたら、一体どれだけの被害が出ることか。


 すると、湊が「じゃあ」と言って立ち上がる。


「久しぶりにしよっか」


「え? ああ、いいわよ」


「え、なに? なんの話?」


 詩織はスッと理解したようだが、竜也はまるで検討がつかない。一体、彼女らは何の話をしているのだろう。


 湊に続いて詩織も立ち上がると、二人は口を揃える。


「「鍛錬」」


「え、鍛錬?」



 これまでに、守人となるため、親や祖父から十分に鍛えられてきた。だから、自主的にする鍛錬は、はっきり言って初めてだ。

 だから、まずは湊と詩織が鍛錬の手本を見せてくれる。二人は互いに真正面に立ち、詩織は薙刀、湊は扇を手に持った。


「準備はいい?」


「ええ、いつでも」


 詩織が答えると、湊は扇をバッと開く。それに霊力を込め、大きく振りかぶった。扇から放たれた風が徐々に氷へと変貌していく。凍てつくような風と共に、棘のような氷が作られていった。


 それは迷うことなく詩織へと向かう。しかし、彼女は恐れることはない。薙刀を構え、自分に刺さりそうな棘だけを切った。

 だが、詩織はどこか不服そうな表情を浮かべている。


「どうしたんだよ」


「全部の氷を切れなかったことに不満を抱いてるの」


 頬がはち切れそうなくらいに膨らむ。しかし、竜也は片眉を下げ、不思議そうな表情を浮かべていた。


「自分に当たんなきゃ良くない?」


 彼の発言に対し、詩織は顔を向け、キッと睨むようにする。そして、ズンズンと竜也の方へ近づいて行った。あまりの形相に、彼は後ろに仰け反る。

 右腕が縁側に着いたところで、詩織の顔が数センチの距離まで迫った。


「あのねぇ! 私たちは水月様の守人よ! わかる? 守人、守る人と書いて守人なの。自分が攻撃を避けれて怪我をしなかったとして、その攻撃が水月様に当たったらどうするのよ!」


 正論に言い返すことができない。


 彼らは子どもだが、守人として神を守る役割を持つ。それは昔から教えられてきたこと。彼らにとっては、当たり前の常識と言って相違ないのだ。

 言い返すことが出来ず、口ごもっていると、詩織は鼻息を鳴らし、湊の方へと戻る。

 湊が気を使ってか竜也に視線を向けてくれるが、彼はバツが悪そうに顔を逸らすだけ。それこそ気まずいはずだが、これ以外にできることは思い浮かばなかった。


 このまま気まずい中、鍛錬を続けていく––––かに思われたが、


「あの……」


 後ろから女性の声が聞こえた。竜也は、聞き馴染みのあるその声に反応する。


 皆が向けた視線の先には、桜と月影がいた。月影はにこやかだが、桜はなんとも言えない表情をしている。つい先日、あんなことがあったから気まずいのだろう。


「おや、月影たちか。どうしたんじゃ?」


「えっと……」


 何やら口ごもっている様子。しばらくモジモジとした後、桜はゆっくりと口を開いた。


「ちょ、ちょっと竜也に来てもらいたくて……」


「……」


 そう言った彼女の目は、申し訳なさそうだった。その目を見て、竜也は自分に来て欲しい理由を何となく察する。

 さりげなく水月に視線を向けると、彼女は軽く微笑んだまま、一つ頷いて見せた。


 竜也は一つ息を吸って、


「わかった」


 真っ直ぐ答える。


 詩織と湊は小首をかしげ、なにも状況が分っていないが、鍛錬に戻れと言う水月の発言で、身体を向き直す。

 竜也は別室に連れられる。襖をパタンと閉めると、部屋に沈黙が流れた。耳に入る音は、外にある木々がそよぐ音だけ。


 そんな沈黙を切ったのは、桜の方。


「昨日はごめんね」


 彼女は竜也の方に向き直り、目線を下に向け謝罪を述べる。


 やっぱりか、そう思った。


 何となくそういう雰囲気は感じていた。彼女とそこまで多く関わったことはないが、顔に出やすいからすぐにわかる。


「竜也のことなんにも考えないで話しかけちゃって……。それであの子にも気を使わせちゃったし」


 あの子、というのは詩織のことだろう。彼女は下を向いている竜也に気を使って、わざわざ話題を変えてくれたのだ。


「……」


 ただ、何を言えばいいのかわからない。「いいよ」というのは違う。桜が謝っているのは、自分のわがままのせいだから。

 竜也が何も言えないでいると、桜は困ったように軽く笑う。


「ごめんね、それを言いに来ただけなの。……じゃあね」


 そう言って竜也の横をすり抜け、襖に手をかけた瞬間、


「ごめん」


 短く発せられた一言に、桜の手が止まる。驚いたような表情をすぐに戻し、彼女らしい優しい笑みを浮かべた。


「どうしたの?」


「ごめん、桜姉が謝ることじゃないのに、謝らせて。俺がわがままなだけなのに……」


「……竜也が気にするのは当然だよ」


 聞こえるか聞こえないか、そんな僅かな声。


「大人の人たちが、差別しすぎなだけ。竜也が気にするようなことじゃないよ」


「そうだけど、そうじゃなくて……」


 竜也が小さく言うと、桜は首を傾げた。何を言わんとしているのかが、掴めないでいる。


「桜姉がどう思うかも、俺が出ていった後も考えず、なりふり構わず出ていったことを謝りたいんだよ」


 そこまで言うと、ようやく謝罪の意味がわかったのか、桜は目を見開いた。そして口角を上げ、優しく竜也のことを見あげる。


「大丈夫だよ、気にしてないよ。明星のこともあるのに、余裕なんて持てないよね」


 竜也の髪に白い艶やかな手を置き、頭を撫でた。その手は優しくて、怒っている様子はまるでない。言葉も嘘ではない。


「……ごめん」


 もう一度謝ると、彼女は次は何も言わなかった。ただ、その優しい手で言いたいことはよくわかる。



 竜也たちが戻ると、縁側に座る詩織と湊の背中があった。その横には、月影と水月。

 月影は二人が戻ってきたことに気がつくと、ふわっと微笑む。


「おかえりなさい」


 彼女が言うと、詩織たちも竜也たちが戻ってきたことに気がつき、振り向いた。


「ちょっと、遅いんですけど」


 頬を膨らませて言う詩織に、竜也はごめんごめんと謝りながら二人の傍に行く。桜もそれに続くが、彼女が傍によったのは、月影の隣だ。


「良かったわね、桜ちゃん」


「はい」


 詳しい話など全く聞いていないが、桜の顔が晴れやかだったから、月影には上手くいったのだと、すぐにわかった。


「詩織と湊ばかり身体を動かしているのは、少々つまらんな」


「んだよ、つまんないって」


 言うと、水月は人差し指を立ててみせる。


「竜也と桜も、身体を動かしたらどうじゃ?」


 それを聞いた竜也は、驚きのあまり「えぇ!?」と大きな声をあげる。そして、慌てふためいた様子で提案を否定した。


「いやいや、詩織か湊兄でもよくない!? ていうか、俺たちの鍛錬じゃなかったのかよ!?」


「あくまでも、()()()鍛錬だからね。相手は誰でも問題ないよ」


 湊が言うも、竜也は不服––––というよりは納得がいかない表情を浮かべている。


「私やりたい」


 意外にも、提案をすんなり受け入れたのは桜の方だった。竜也はあまりに驚いて、目をまん丸にする。


「あら、珍しいわね。桜ちゃんから何かをやりたいって言うなんて」


 隣に座っている月影は、頬を手に当ててとても嬉しそうにしている。


「せっかくなんじゃ。やってみなさい」


 水月に促された竜也は、渋々ではあるが立ち上がる。手に木刀を持ち、草履を履いて縁側を降りた。

 桜と対峙して鍛錬を始める––––が、結果はぼろ負け。だが竜也は、悔しさよりもどこか清々しささえ覚えていた。



 詩織は帰路に着くと、竜也たちと別れる。家の前まで着くと、インターホンを押すが、誰も出てこない。

 父親は車が無いことから、まだ帰ってきていないのはわかる。だが、母親は今日家にいるはずだ。いつもはインターホンを押せば出てきてくれるはずなのだが、今日は一向に出てくる気配がない。


 仕方が無いので持っていた鍵で開けると、玄関に電気は着いていなかった。誰もいないのかと思ったが、扉の向こうからは母親の声がする。


 ––––誰かと話してる?


 そう思いながら扉を開けると、母親は電話している様子だった。誰と電話しているのか、それは電話が切れた後の母親の顔ですぐにわかった。


「……今度、鈴宮で集まるんだって」


 詩織はそれを聞いて持っていた鞄を落とした。

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