第八篇 花と鍛錬
三日後。竜也たちは水月宅で、いつ黄泉がえりが出没してもいいように待機していた。桜たちとの合同任務以来、黄泉がえりは出ていない。少しだけ続く平穏に、三人はすっかり気が抜けている。
「うーん」
そんな中、水月ただ一人だけが腕を組み唸っていた。
「どうしたんだよ?」
「いやあ、何。ここ三日程、黄泉がえりが出ておらんだろう? それは良いことじゃが、あまりに動かないと身体が訛ってしまうんじゃないかと、ちと懸念をな」
「あーまあ……」
たしかに言われると、平穏が続いた中で突然依頼が来たとしても、竜也たちはすぐに動くことができるだろうか。
もし、身体がすぐに動かず対処に遅れてしまったとしたら、一体どれだけの被害が出ることか。
すると、湊が「じゃあ」と言って立ち上がる。
「久しぶりにしよっか」
「え? ああ、いいわよ」
「え、なに? なんの話?」
詩織はスッと理解したようだが、竜也はまるで検討がつかない。一体、彼女らは何の話をしているのだろう。
湊に続いて詩織も立ち上がると、二人は口を揃える。
「「鍛錬」」
「え、鍛錬?」
◆
これまでに、守人となるため、親や祖父から十分に鍛えられてきた。だから、自主的にする鍛錬は、はっきり言って初めてだ。
だから、まずは湊と詩織が鍛錬の手本を見せてくれる。二人は互いに真正面に立ち、詩織は薙刀、湊は扇を手に持った。
「準備はいい?」
「ええ、いつでも」
詩織が答えると、湊は扇をバッと開く。それに霊力を込め、大きく振りかぶった。扇から放たれた風が徐々に氷へと変貌していく。凍てつくような風と共に、棘のような氷が作られていった。
それは迷うことなく詩織へと向かう。しかし、彼女は恐れることはない。薙刀を構え、自分に刺さりそうな棘だけを切った。
だが、詩織はどこか不服そうな表情を浮かべている。
「どうしたんだよ」
「全部の氷を切れなかったことに不満を抱いてるの」
頬がはち切れそうなくらいに膨らむ。しかし、竜也は片眉を下げ、不思議そうな表情を浮かべていた。
「自分に当たんなきゃ良くない?」
彼の発言に対し、詩織は顔を向け、キッと睨むようにする。そして、ズンズンと竜也の方へ近づいて行った。あまりの形相に、彼は後ろに仰け反る。
右腕が縁側に着いたところで、詩織の顔が数センチの距離まで迫った。
「あのねぇ! 私たちは水月様の守人よ! わかる? 守人、守る人と書いて守人なの。自分が攻撃を避けれて怪我をしなかったとして、その攻撃が水月様に当たったらどうするのよ!」
正論に言い返すことができない。
彼らは子どもだが、守人として神を守る役割を持つ。それは昔から教えられてきたこと。彼らにとっては、当たり前の常識と言って相違ないのだ。
言い返すことが出来ず、口ごもっていると、詩織は鼻息を鳴らし、湊の方へと戻る。
湊が気を使ってか竜也に視線を向けてくれるが、彼はバツが悪そうに顔を逸らすだけ。それこそ気まずいはずだが、これ以外にできることは思い浮かばなかった。
このまま気まずい中、鍛錬を続けていく––––かに思われたが、
「あの……」
後ろから女性の声が聞こえた。竜也は、聞き馴染みのあるその声に反応する。
皆が向けた視線の先には、桜と月影がいた。月影はにこやかだが、桜はなんとも言えない表情をしている。つい先日、あんなことがあったから気まずいのだろう。
「おや、月影たちか。どうしたんじゃ?」
「えっと……」
何やら口ごもっている様子。しばらくモジモジとした後、桜はゆっくりと口を開いた。
「ちょ、ちょっと竜也に来てもらいたくて……」
「……」
そう言った彼女の目は、申し訳なさそうだった。その目を見て、竜也は自分に来て欲しい理由を何となく察する。
さりげなく水月に視線を向けると、彼女は軽く微笑んだまま、一つ頷いて見せた。
竜也は一つ息を吸って、
「わかった」
真っ直ぐ答える。
詩織と湊は小首をかしげ、なにも状況が分っていないが、鍛錬に戻れと言う水月の発言で、身体を向き直す。
竜也は別室に連れられる。襖をパタンと閉めると、部屋に沈黙が流れた。耳に入る音は、外にある木々がそよぐ音だけ。
そんな沈黙を切ったのは、桜の方。
「昨日はごめんね」
彼女は竜也の方に向き直り、目線を下に向け謝罪を述べる。
やっぱりか、そう思った。
何となくそういう雰囲気は感じていた。彼女とそこまで多く関わったことはないが、顔に出やすいからすぐにわかる。
「竜也のことなんにも考えないで話しかけちゃって……。それであの子にも気を使わせちゃったし」
あの子、というのは詩織のことだろう。彼女は下を向いている竜也に気を使って、わざわざ話題を変えてくれたのだ。
「……」
ただ、何を言えばいいのかわからない。「いいよ」というのは違う。桜が謝っているのは、自分のわがままのせいだから。
竜也が何も言えないでいると、桜は困ったように軽く笑う。
「ごめんね、それを言いに来ただけなの。……じゃあね」
そう言って竜也の横をすり抜け、襖に手をかけた瞬間、
「ごめん」
短く発せられた一言に、桜の手が止まる。驚いたような表情をすぐに戻し、彼女らしい優しい笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「ごめん、桜姉が謝ることじゃないのに、謝らせて。俺がわがままなだけなのに……」
「……竜也が気にするのは当然だよ」
聞こえるか聞こえないか、そんな僅かな声。
「大人の人たちが、差別しすぎなだけ。竜也が気にするようなことじゃないよ」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
竜也が小さく言うと、桜は首を傾げた。何を言わんとしているのかが、掴めないでいる。
「桜姉がどう思うかも、俺が出ていった後も考えず、なりふり構わず出ていったことを謝りたいんだよ」
そこまで言うと、ようやく謝罪の意味がわかったのか、桜は目を見開いた。そして口角を上げ、優しく竜也のことを見あげる。
「大丈夫だよ、気にしてないよ。明星のこともあるのに、余裕なんて持てないよね」
竜也の髪に白い艶やかな手を置き、頭を撫でた。その手は優しくて、怒っている様子はまるでない。言葉も嘘ではない。
「……ごめん」
もう一度謝ると、彼女は次は何も言わなかった。ただ、その優しい手で言いたいことはよくわかる。
◆
竜也たちが戻ると、縁側に座る詩織と湊の背中があった。その横には、月影と水月。
月影は二人が戻ってきたことに気がつくと、ふわっと微笑む。
「おかえりなさい」
彼女が言うと、詩織たちも竜也たちが戻ってきたことに気がつき、振り向いた。
「ちょっと、遅いんですけど」
頬を膨らませて言う詩織に、竜也はごめんごめんと謝りながら二人の傍に行く。桜もそれに続くが、彼女が傍によったのは、月影の隣だ。
「良かったわね、桜ちゃん」
「はい」
詳しい話など全く聞いていないが、桜の顔が晴れやかだったから、月影には上手くいったのだと、すぐにわかった。
「詩織と湊ばかり身体を動かしているのは、少々つまらんな」
「んだよ、つまんないって」
言うと、水月は人差し指を立ててみせる。
「竜也と桜も、身体を動かしたらどうじゃ?」
それを聞いた竜也は、驚きのあまり「えぇ!?」と大きな声をあげる。そして、慌てふためいた様子で提案を否定した。
「いやいや、詩織か湊兄でもよくない!? ていうか、俺たちの鍛錬じゃなかったのかよ!?」
「あくまでも、守人の鍛錬だからね。相手は誰でも問題ないよ」
湊が言うも、竜也は不服––––というよりは納得がいかない表情を浮かべている。
「私やりたい」
意外にも、提案をすんなり受け入れたのは桜の方だった。竜也はあまりに驚いて、目をまん丸にする。
「あら、珍しいわね。桜ちゃんから何かをやりたいって言うなんて」
隣に座っている月影は、頬を手に当ててとても嬉しそうにしている。
「せっかくなんじゃ。やってみなさい」
水月に促された竜也は、渋々ではあるが立ち上がる。手に木刀を持ち、草履を履いて縁側を降りた。
桜と対峙して鍛錬を始める––––が、結果はぼろ負け。だが竜也は、悔しさよりもどこか清々しささえ覚えていた。
◆
詩織は帰路に着くと、竜也たちと別れる。家の前まで着くと、インターホンを押すが、誰も出てこない。
父親は車が無いことから、まだ帰ってきていないのはわかる。だが、母親は今日家にいるはずだ。いつもはインターホンを押せば出てきてくれるはずなのだが、今日は一向に出てくる気配がない。
仕方が無いので持っていた鍵で開けると、玄関に電気は着いていなかった。誰もいないのかと思ったが、扉の向こうからは母親の声がする。
––––誰かと話してる?
そう思いながら扉を開けると、母親は電話している様子だった。誰と電話しているのか、それは電話が切れた後の母親の顔ですぐにわかった。
「……今度、鈴宮で集まるんだって」
詩織はそれを聞いて持っていた鞄を落とした。




