第七篇 聞いて話して
––––桜はすごいねえ。
––––さすが、本家の子だ。それに比べて、あいつは……
「!」
竜也はそこで目を覚ます。息こそ切れていないものの、身体には変な汗をびっしょりとかいていた。体を起こし、思考を落ち着かせていると、部屋の外から母親の声が聞こえてくる。
「竜也、起きないと遅刻するよ」
「あ、うん。起きてるよ。すぐ降りるから」
そう言って、ベッドから降りる。ひとまず、ティシュで額や首にかいた汗を拭き取り、部屋を出て居間へと向かった。
◆
学校も終わり、竜也はそのまま神社––––もとい水月の家へと向かった。
いつも通り、拝殿の障子に手をかけ、霊力を流し込んでそれを開ける。玄関から上がり込み、水月がいるであろう部屋へと向かった。
襖を開けると、そこには水月が茶を飲んで座っていた。
「竜也か、はやいな」
「え、あれ。俺だけ? てっきりもう二人とも来てるものかと……」
「残念ながら、まだ来ておらんよ。儂だけでは不満か?」
片方の口角を上げ、ニヤリと笑う水月。目元は布で隠れているためわからないが、きっとイタズラげな目をしていることだろう。
「んなわけないだろ。いつも二人の方がはやいから言っただけ」
「ふふ、わかっとるよ。ちょっとからかってみただけじゃ」
袖で口元を隠して笑う。そんな彼女のことを、竜也は呆れ気味に見ていた。
暫し沈黙が流れる。竜也は水月が持ってきてくれた茶も飲まないで、ボーッとしていた。
そんな中、ふと水月が話しかけてくる。
「のう、ちと聞いても良いか?」
「えっ、なに急に……」
「いや何、少しお前さんのことを知りたいと思ってな。儂は生憎、家系の事情は知らなくてな。お前と桜の間に何かがあったことは察せるが、具体的に何が起きたかはわからん。もし、もし良ければでいいんだ。何があったのか、話してはくれんか」
竜也は少しばかり口を噤む。話したいか話したくないかと聞かれても、よくわからない。黙っていると、水月が気を使ってか、
「嫌ならいいんだ。無理に聞き出すつもりは––––」
「いや、話したい」
少し迷いはある。だが、力強い声でそう言った。
「正直、昨日からずっとモヤモヤしてたんだ。いい話じゃないけど、それでも良かったら、聞いてくれたり……」
竜也は、水月の顔を覆いながら話す。彼女は目元が見えない分、何を考えているのかが読みにくい節があるため、今の彼にとっては、不安要素だった。
「何を許可をとる必要がある。むしろ話してほしいのはこちらなんだぞ?」
彼女は、微笑んでいた。声色も雰囲気そのものも、とても柔らかい。
竜也はホッとしたように胸を撫で下ろし、ゆっくりと口を開いた。
「まあ、知っての通り、俺は明星の分家、桜は本家。これも重要な話だけど、俺たちに隔たりがある大きな理由は、そこじゃない」
「と、言うとやはり––––」
「“術”だよ」
◆
明星家が重要視するのは、霊力量、そしてその技量。霊力量が多いだけというのは、特に重宝されない。
なぜか。
理由は単純。宝の持ち腐れだからである。
霊力量があっても、それを扱いきれないのであれば、意味が無い。彼らにとっては、霊力量がないことよりも、あってもそれを扱えないことの方が問題なのだ。
竜也は、まさしくその筆頭。
彼は霊力自体は多く生まれてきた。しかし、それを扱うすべを持っていなかったのだ。成長しても術が一向に発動することがない。
本家の人間にとっては、それはもう期待はずれだったことだろう。次第に竜也含めた家系は、本家だけでなく他の分家からも疎まれるようになった。
竜也はそれを憂いでいる。両親にも、祖父母にも申し訳ない気持ちしか生まれなかった。
そんな劣等感の中、桜は術を持った。昨日使っていた、植物を操る術––––操植術。
これが彼の劣等感を更に高めたのだ。莫大な霊力量、成長するにつれ上がる操作技術。もはや、自身に勝ち目などないと悟らされた。今も尚、彼女の卓越した技術を越すことは叶わない。
◆
「まあ、越せないつっても、越そうとも思ってないんだけどな」
竜也は自身を嘲るように、軽く笑ってみせる。しかし、水月は一切笑うことはなかった。
「そうか。そんなことがあったのだな」
そこで一度会話は途切れる。
「えっ、竜也がはやいとかめずらしっ」
気まずい沈黙を蹴破るかのように、襖を開けた詩織が開口一番そう言った。
「んだよ、なんか悪いかよ」
不貞腐れたように口を尖らせると、詩織は軽く笑いながら否定する。
「違うわよ。だってあんたが一番に来ることなんて、滅多になかったじゃない」
「それはまあそうだけど」
「ようやくあんたも、守人としての自覚が芽生えてきたのかな〜」
先輩風を吹かす詩織に、若干ウザさを覚える。そんなところに、湊も遅れて登場した。
「あ、湊兄」
「やあ。何の話してたの?」
「いや、詩織が〜」
守人たちが談笑している横で、水月は頬杖をついて考え事をしていた。昨日のことを。
––––桜の方も、多分気にしている。じゃが、竜也は劣等感、桜は罪悪感で相容れない……とでもいったところか。
昨日、竜也が出ていったあと、桜は追いかけようか迷っている様子だった。この問題は、桜が悪い訳では無い。かと言って、竜也も悪いとは言えない。
劣等感を抱く原因と話したいと思う者は、さしていないだろう。罪悪感を抱えている方も、こうあっては関わることはできない。
どちらにメリットもない、そんな状態で和解など、無理に等しい。
「家系のせいで余計に……か」
「ん? なんか言ったか?」
「いいや、なにも」




