第六篇 いたたまれない
「あたしは、元々この地に祀られてた神よ」
苦々しげに言葉を放った彼女の拳は、力強く握られていた。
「昔はすごくみんなも良くしてくれて、たくさん神社に足を運んでくれて、祭りだってしてくれた。でも、だんだん人も来なくなって、いつしか誰も来なくなっちゃった」
そして、神社は管理する者もいなくなり、だんだんと廃れていった。それが今の神社の姿なのだろう。
竜也はふと思い出した。ここに来る間に、廃神社を目にしたことを。あの神社は、今目の前にいる黄泉がえりが祀られてたものだ。
「でも、それがどうして? それだけなら黄泉に行く理由なんてまるで無いじゃない」
「……つらかったの」
呟いた彼女の瞳には、いっぱいの涙が溜まっていた。それが大きな粒となって流れ落ちる。
「これまではずーっと人がいたのに、急にいなくなるなんてつらい。みんなで笑いあっていたかったのに、もうできないなんて、嫌じゃない……」
何となく、本当に何となくだが、彼らはそのセリフだけでなぜ彼女が黄泉へ行った––––すなわち死んだのかがわかった。
彼女は、自死を選んだのだ。孤独に耐えられなかったから、葦原中国からも離れることを決意したのだろう。
「ここに戻ってきたのは、自分を間接的に殺した彼らに、復讐したかったからじゃな?」
「うん、そう。そうよ」
「腹が立っていたのはわかりますけど、ここに今生きている方々は、あまり関係がないと思います」
桜が黄泉がえりに対して、困ったように言う。だが、彼女も別に言い返したりはしなかった。どこかでわかっているのだろう。
多くの人間が、廃れた神社になど興味を持たないことを。ましてや、そこに祀られていた神なんて尚更だ。どこに残っているかもわからない史料など、わざわざ見たりなどはしない。
「……そうね。あ〜もう、散々っぱら暴れて疲れちゃった。おろして、大人しく黄泉に帰るわ」
月影は一瞬、その言葉を疑ったが、黄泉がえりの表情を見て、それが真実だと悟った。彼女をゆっくりとおろし、触手のような影から離す。
そして、水月に目配せをして、水月はゆっくりと札を取り出し、黄泉がえりの前に掲げた。
「黄泉路を照らす篝火よ、人草救いし桃の木よ、彼を在るべき場所へ」
水月が唱えると、黄泉がえりの後ろにズオッと大きな洞窟のような岩が現れる。奥の見えない大きな穴から、強く吸い込む風が吹いてくる。禿姿の黄泉がえりは、流れる風に身を任せ、穴に吸い込まれて行った。吸い込まれた穴は、大岩によって塞がれ、たちまち姿を消す。
随分と、あっさりとした終わりだった。
竜也たちはふう、と息を吐き、月影は自身の神域を閉じる。辺りは、戦う前の景色に戻っていた。
「……さ、儂らも一旦戻ろうか」
◆
一度、水月の家に戻り、戦い疲れた身体を休めることにした。戦いの中で、風によって乱れた髪を直したり、砕かれた氷で濡れた服や身体を拭いたりする。
「……竜也、守人になってたんだね」
不意に、桜が話しかけてきた。
「ああ……まあ……」
彼の返事はどこかぎこちない。彼女と目を合わせず、他所を向いて返事をした。
「––––頑張ろうね」
頑張ってね、そう言うのは違うと思い、頑張ろうと言ったのだが、竜也はそれでも目を合わせず、口でだけ返事をした。
それきり会話がなくなり、気まずい沈黙が流れる。それを慌てて断ち切るように、詩織が手をビシッと上げた。
「あ、あの! 木の枝がうねうねって動いたの、桜さんの術ですよね?」
桜は急に話題を振られ、少しばかり目を見開くが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「ええ、そうですよ。植物に霊力を込めて、思い通りに動かす術です」
「あれだけ動かせるのって、やっぱ凄いですよね。植物なんてどこにでもあるのに、ピンポイントで霊力込められるんだから」
詩織は目を輝かせる。桜は、そんなことないよと言って謙遜していた。輝かせるという程ではないが、湊もどこか尊敬のような眼差しを向けていた。
それほど、彼女の霊力の扱いは素晴らしいものだ。
彼女––––明星桜は、名門とされる明星本家の長女に生まれた。本家は霊力量、そしてそれを扱える技力を重視する。彼女は、歴代で一位二位を争うほどの霊力の持ち主だ。
そして、使える術は植物に起因したもの。この世にどれだけの植物があるか。無数に近しいほどあるものを動かすことが、どれほど技量のいることか。
加えて、植物というものは、ある意味では神に近しい存在とも言える。
そんな彼女は、正しく最強––––
「ごめん」
竜也は少し大きい声で謝り、勢いよく立ち上がった。そのまま襖を開け、顔だけ振り返る。
「俺、今日はもう帰るよ」
「おい竜也……」
「ごめん」
水月の静止も聞かず、竜也は足早に家を出て行った。戸がピシャリと閉まる音だけが、家に響き渡る。
––––話題、間違えたかな。
静まった部屋の中で、詩織はふとそんなことを考えた。
◆
夕暮れの中、竜也は歩いていた。紺色の着物に白い袴、水月の守人である証すら着替えず、飛び出してきてしまった。
幸いと言うべきか、人はいない。誰も彼の格好を、そして彼自身を見ることはない。
電柱には烏が一羽、止まっている。彼はただひたすらに鳴いていた。それが竜也には、自分を嘲笑っているようにも感じられた。
目を閉じ、耳を塞いで歩く。話を聞いていられず、いたたまれない気持ちになり、思わず飛び出してしまった。傍から見たら意味のわからない行動を、後悔する。
ただ、先程の話はどうしても聞けなかった。自分に対する劣等感が、強くはたらいてしまうから。
ひたすらに歩いていたら、いつの間にか家に着いていた。玄関の引き戸に手をかけ、開く。
「ただいま……」
小さく呟いて、戸を閉めた。音で気づいたのか、竜也の母親が居間から出てくる。
「おかえり、竜也……って、どうしたの? 服も着替えないで……」
「……」
母親の質問には答えなかった。いや、答えられなかったの方が正しいだろうか。起きたことの説明が、どうしてもできない。
そんな様子を察したのか、母親は彼の元へと歩み寄り、玄関に立ったままの息子に目線を合わせた。
「––––今日、合同任務だった」
「そうね。たしか、相手は月影様たち––––」
そこまで言って、彼女は何かに気づいた。そして、ゆっくりと微笑み、
「お茶でも飲もっか。疲れたでしょ」
言うと、母親は竜也を家へと上がらせる。自分はお茶でも入れようと台所へ向かおうとした、のだが、足を止めた。
息子が泣いていることに、気がついたから。
「ごめん、何もできなくて……」
か細い声。顔は覆われていて、表情がはっきりとわからない。ただ、笑っていないのは確かだ。母親はすぐに竜也を抱きしめる。
「謝ることなんて何もないのよ。竜也には竜也の良さがあるから。成長のスピードは人それぞれよ」
優しくて温かい声。でもどこか、微かに震えているような気もする。
竜也の頬には、絶え間なく温かいものが流れ落ちていた。




