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神代の縁  作者: 榊 雅樂
第一章
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第六篇 いたたまれない

「あたしは、元々この地に祀られてた神よ」


 苦々しげに言葉を放った彼女の拳は、力強く握られていた。


「昔はすごくみんなも良くしてくれて、たくさん神社に足を運んでくれて、祭りだってしてくれた。でも、だんだん人も来なくなって、いつしか誰も来なくなっちゃった」


 そして、神社は管理する者もいなくなり、だんだんと廃れていった。それが今の神社の姿なのだろう。

 竜也はふと思い出した。ここに来る間に、廃神社を目にしたことを。あの神社は、今目の前にいる黄泉がえりが祀られてたものだ。


「でも、それがどうして? それだけなら黄泉に行く理由なんてまるで無いじゃない」


「……つらかったの」


 呟いた彼女の瞳には、いっぱいの涙が溜まっていた。それが大きな粒となって流れ落ちる。


「これまではずーっと人がいたのに、急にいなくなるなんてつらい。みんなで笑いあっていたかったのに、もうできないなんて、嫌じゃない……」


 何となく、本当に何となくだが、彼らはそのセリフだけでなぜ彼女が黄泉へ行った––––すなわち死んだのかがわかった。


 彼女は、自死を選んだのだ。孤独に耐えられなかったから、あし原中国はらのなかつくにからも離れることを決意したのだろう。


「ここに戻ってきたのは、自分を間接的に殺した彼らに、復讐したかったからじゃな?」


「うん、そう。そうよ」


「腹が立っていたのはわかりますけど、ここに今生きている方々は、あまり関係がないと思います」


 桜が黄泉がえりに対して、困ったように言う。だが、彼女も別に言い返したりはしなかった。どこかでわかっているのだろう。

 多くの人間が、廃れた神社になど興味を持たないことを。ましてや、そこに祀られていた神なんて尚更だ。どこに残っているかもわからない史料など、わざわざ見たりなどはしない。


「……そうね。あ〜もう、散々っぱら暴れて疲れちゃった。おろして、大人しく黄泉に帰るわ」


 月影は一瞬、その言葉を疑ったが、黄泉がえりの表情を見て、それが真実だと悟った。彼女をゆっくりとおろし、触手のような影から離す。

 そして、水月に目配せをして、水月はゆっくりと札を取り出し、黄泉がえりの前に掲げた。


「黄泉路を照らす篝火よ、人草救いし桃の木よ、彼を在るべき場所へ」


 水月が唱えると、黄泉がえりの後ろにズオッと大きな洞窟のような岩が現れる。奥の見えない大きな穴から、強く吸い込む風が吹いてくる。禿姿の黄泉がえりは、流れる風に身を任せ、穴に吸い込まれて行った。吸い込まれた穴は、大岩によって塞がれ、たちまち姿を消す。


 随分と、あっさりとした終わりだった。


 竜也たちはふう、と息を吐き、月影は自身の神域を閉じる。辺りは、戦う前の景色に戻っていた。


「……さ、儂らも一旦戻ろうか」



 一度、水月の家に戻り、戦い疲れた身体を休めることにした。戦いの中で、風によって乱れた髪を直したり、砕かれた氷で濡れた服や身体を拭いたりする。


「……竜也、守人になってたんだね」

 不意に、桜が話しかけてきた。


「ああ……まあ……」


 彼の返事はどこかぎこちない。彼女と目を合わせず、他所を向いて返事をした。


「––––頑張ろうね」


 頑張ってね、そう言うのは違うと思い、頑張ろうと言ったのだが、竜也はそれでも目を合わせず、口でだけ返事をした。

 それきり会話がなくなり、気まずい沈黙が流れる。それを慌てて断ち切るように、詩織が手をビシッと上げた。


「あ、あの! 木の枝がうねうねって動いたの、桜さんの術ですよね?」


 桜は急に話題を振られ、少しばかり目を見開くが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。


「ええ、そうですよ。植物に霊力を込めて、思い通りに動かす術です」


「あれだけ動かせるのって、やっぱ凄いですよね。植物なんてどこにでもあるのに、ピンポイントで霊力込められるんだから」


 詩織は目を輝かせる。桜は、そんなことないよと言って謙遜していた。輝かせるという程ではないが、湊もどこか尊敬のような眼差しを向けていた。


 それほど、彼女の霊力の扱いは素晴らしいものだ。


 彼女––––明星桜は、名門とされる明星本家の長女に生まれた。本家は霊力量、そしてそれを扱える技力を重視する。彼女は、歴代で一位二位を争うほどの霊力の持ち主だ。


 そして、使える術は植物に起因したもの。この世にどれだけの植物があるか。無数に近しいほどあるものを動かすことが、どれほど技量のいることか。

 加えて、植物というものは、ある意味では神に近しい存在とも言える。


 そんな彼女は、正しく最強––––


「ごめん」


 竜也は少し大きい声で謝り、勢いよく立ち上がった。そのまま襖を開け、顔だけ振り返る。


「俺、今日はもう帰るよ」


「おい竜也……」


「ごめん」


 水月の静止も聞かず、竜也は足早に家を出て行った。戸がピシャリと閉まる音だけが、家に響き渡る。


 ––––話題、間違えたかな。


 静まった部屋の中で、詩織はふとそんなことを考えた。



 夕暮れの中、竜也は歩いていた。紺色の着物に白い袴、水月の守人である証すら着替えず、飛び出してきてしまった。

 幸いと言うべきか、人はいない。誰も彼の格好を、そして彼自身を見ることはない。


 電柱には烏が一羽、止まっている。彼はただひたすらに鳴いていた。それが竜也には、自分を嘲笑っているようにも感じられた。

 目を閉じ、耳を塞いで歩く。話を聞いていられず、いたたまれない気持ちになり、思わず飛び出してしまった。傍から見たら意味のわからない行動を、後悔する。


 ただ、先程の話はどうしても聞けなかった。自分に対する劣等感が、強くはたらいてしまうから。

 ひたすらに歩いていたら、いつの間にか家に着いていた。玄関の引き戸に手をかけ、開く。


「ただいま……」


 小さく呟いて、戸を閉めた。音で気づいたのか、竜也の母親が居間から出てくる。


「おかえり、竜也……って、どうしたの? 服も着替えないで……」


「……」


 母親の質問には答えなかった。いや、答えられなかったの方が正しいだろうか。起きたことの説明が、どうしてもできない。

 そんな様子を察したのか、母親は彼の元へと歩み寄り、玄関に立ったままの息子に目線を合わせた。


「––––今日、合同任務だった」


「そうね。たしか、相手は月影様たち––––」


 そこまで言って、彼女は何かに気づいた。そして、ゆっくりと微笑み、


「お茶でも飲もっか。疲れたでしょ」


 言うと、母親は竜也を家へと上がらせる。自分はお茶でも入れようと台所へ向かおうとした、のだが、足を止めた。


 息子が泣いていることに、気がついたから。


「ごめん、何もできなくて……」


 か細い声。顔は覆われていて、表情がはっきりとわからない。ただ、笑っていないのは確かだ。母親はすぐに竜也を抱きしめる。


「謝ることなんて何もないのよ。竜也には竜也の良さがあるから。成長のスピードは人それぞれよ」


 優しくて温かい声。でもどこか、微かに震えているような気もする。

 竜也の頬には、絶え間なく温かいものが流れ落ちていた。

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