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神代の縁  作者: 榊 雅樂
第一章
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第五篇 嫌

「彼女、私よりも弱い」


「はあ?」


 月影が言うと、黄泉がえりは苛立ったような表情で、月影を睨む。

 彼女はそれに臆することなく、ふっと微笑んだ。それと同時に、蝋燭の火に照らされた彼女の影が、ゆらりと揺れた。竜也はそんな気がした。


「月影の名において、神域今ここに」


 ゆっくりと、穏やかな声音で唱える。すると、蝋燭の火が揺らめき、不気味な神域から一転、空に一つの月が浮かんでいた。


 木々が凛然と立ち並び、爽やかな風が木の葉に音を出させる。

 森の中、だろうか。しかし、夜の森だというのに、不思議と不気味さは感じない。むしろ、どこか心地の良いもの。


 先程までの黄泉がえりの神域とは、まるで正反対な性質だ。


「水月のも、こんなんだったな……」


 竜也は、この間見た、水月の神域を思い出す。あそこも、穏やかで心地が良かった。町の神が持つ神域というのは、そういうものなのだろうか。


「なんで……!」


 神域が変わると、黄泉がえりは何が起きたかわからないという表情を浮かべる。月影は少し考えてから、頬に手を置いてそれに答えた。


「あまり戦ったことがないのね。なら、私が教えてあげる。神域は、基本的に霊力量の多い方の神域が反映される。同格なら、早い者勝ちね」


 それは、竜也も知らないことだった。基本的に、守人になるまでで教えられることは、守人の基本的なことのみ。座学から戦闘の実践まで幅広く。

 神のことも教えられるのだが、何の神格か、何の能力を持っているのか、いつからいるのかなどの歴史ぐらいなもので、詳しくは教えられていない。


「それだからなによ! あたしが勝つことにかわりはないわ!」


 そう言って、黄泉がえりはまた突風を竜也へ繰り出す。しかし、彼も学ばないわけではない。刀を鞘から抜き、霊力を纏わせる。右脚を突き出し、どっしりと構え、風を横に切った。


 まるで、果物を切るように、バッサリと。


 切られた風は、一瞬時が止まる。そして時間が進み、風は辺りに散りながら吹き荒れた。


「っ!」


 黄泉がえりは目を見開く。狼狽えたその後ろから、桜が姿勢を低く保ち、薙刀で切りつけようとした。しかし、黄泉がえりはすんでの所でそれを避ける。


 その瞬間、湊は扇を一振し、扇からは凍てつくような冷気が広がり、それは次第に氷となっていった。

 氷は勢いよく生成されていき、飛んで避けた黄泉がえりを襲う。危ないと思った瞬間にはもう遅い。氷は彼女の脚にまとわりつき、行動を制限させた。脚の細胞から壊死していきそうなほど、冷たい氷だ。


 身動きは完全に封じた––––かに思えたが。


「なっ!?」


 氷は一瞬にして粉々になった。キラキラと光る氷たちが、雪のように降り注ぐ。


「人間なんかに負けたくない!」


 そう言い残し、黄泉がえりは竜也たちとは反対方向に走って逃げていった。もちろん、その場にいる全員が驚く。中でも詩織は一段と速く、彼女のことを追いかけた。


 黄泉がえりの真横まで追いついた詩織は、彼女のことを薙刀で切りつけようとした。しかし、手応えは全くない。そこに黄泉がえりはもういなかった。気づけば、黄泉がえりは自身の足元を風で押し、詩織達から距離を取っていた。


「はっや!」


「なんであそこまでして……」


 ––––人間なんかに負けたくないって、どういう事だ?


 真っ先に疑問に思ったのは、そこだった。しかし、黄泉がえりが黄泉からわざわざ戻ってくるということは、何かしら恨みを持っていたり、心残りがあったりするということ。


 彼女は、人間に何らかの恨みがあるのだろうか。


「竜也くん、気になるのはわかるけど、まずはあの子を捕えないと」


「あ、うん……!」


 言われた竜也は、走っていく詩織と湊について行く。だが、彼は心のどこかで追いかけなくてもいいのではないかと思っていた。

 それは、諦めたからでも、面倒くさくなったからでもない。後ろに、()()()が控えているからだ。


 程々に追いかけていると、霊力が大きく動いた感覚がする。竜也はやはりと思いながら、横目で桜と月影の方を見た。


 二人に大きな動きはない。しかし、霊力だけは大きく動いている。

 すると、突如として黄泉がえりに迫る何かが見えた。それは木の枝のようなものである。枝というものに柔軟性などない。だが、それには柔軟性があった。鞭のように動き回り、黄泉がえり目掛けて突き進んでいく。


「なにこれ!」


 迫りくるそれに気がついた黄泉がえりは、慌てふためき、突き刺すような風で木の枝を木っ端微塵にした。


 ホッと安心したのも束の間、木の枝から迫り来る《《影》》に気づかなかった。

 黒くウネウネとした触手のようなソレは、壊された木の枝の後ろに潜んでおり、壊されたすぐあとに姿を現し、黄泉がえりの身体に巻き付き、逃げ出さないように空中へと持ち上げる。


「離しなさいよ!」


 黒い影に手を置き、抜け出そうと試みる。が、それの力は強く、彼女の力では抜け出すことは叶わない。


「すご……」


 詩織がポツリと呟いた。

 これは、月影の能力である。影を実体として動かすことができるというもの。影のように見えたあれは、正しく影なのだ。


「さて、お前には黄泉に帰ってもらうぞ」

「嫌よ!」


 黄泉がえりは間髪入れずにそう言った。悲痛な叫びのようにも聞こえる。


「あたしは、この町の人間全員殺してやるの!」


「どうして? この町の人たちが君に何かしたの?」


 湊が、優しく問いかける。

 黄泉がえりは歯を食いしばり、そしてポツポツと話し始めた。

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