第十五篇 殺意
「おい」
低い声。それはではまるで、目の前にいる黄泉がえりは––––
「男……?」
竜也がポツリと呟いた。その呟きに対し、黄泉がえりはフッと鼻で笑う。
「なんだ、気づいてなかったの。鈍感なんだね、君達」
切長の瞳が、こちらをバカにしたように見据える。その一連の動作すらも美しいと言わざるを得ない。
黄泉がえりは視線を風津美比古と暁歌へと移した。
「お前ら、また性懲りも無く俺のとこに来たの?」
呆れたように告げる黄泉がえりに対し、彼らは眉一つ動かすことはない。黄泉がえりはそれが面白くなかったのか、懐から短刀を取り出して鞘から抜く。
「今度こそ殺してやる」
◆
竜也は黄泉がえりの横腹を斬ろうとする。しかし、風津美比古に斬り掛かろうとしていた彼は目をギョロっと竜也の方に向け、短刀を勢いのまま彼に振るった。
あまりの速さに間に合わない。そう思ったが、後ろ襟を暁歌が引っ張ってくれたおかげで、死なずに済んだ。
彼女はそのまま黄泉がえりに的を絞り風を起こすが、彼は飛んでそれを避ける。そのまま暁歌の真上から短刀を両手で握り、落ちてきた。
すかさず氷の壁でそれを阻む。まな板のような氷が落ちてこないうちに、竜也と暁歌はその場から飛び退いた。
その様子を立って見ていた黄泉がえりの横から、拳が飛んでくる。それに気づいた彼は、身を仰け反ってそれを避けた。しかし、風津美比古も負けじと殴る蹴るを繰り返す。
横蹴りが当たりそうになるも、黄泉がえりは後ろに飛び退く。その後ろから詩織が薙刀で切ってかかるが、上手くいかない。
「あーもう!」
イラついていたって仕方がない。だが、この状況では黄泉に還すなど到底無理だ。
どうにかして、反撃をしてこないほど深い傷をつけ、水月が術を使う隙を与えてやりたいが、戦闘が始まってからずっと、これといった傷はつけられていない。
「神域も変えられないんだ。さっさと諦めて帰ったらどうだい」
黄泉がえりはその場全員に向けて言う。
「そう言われて諦めるやつがどこにいる?」
風津美比古はいつの間にか、黄泉がえりの間合いに入り込んでいた。殴る構えを取り、力いっぱいに黄泉がえりの腹を殴る。
今度は上手くいった。腹を殴られた彼は、唾を吐きながら数メートル先まで飛ばされる。
「くそっ」
攻撃をモロに食らった黄泉がえりは、痛みで動くことが出来ない。
その隙を見て、竜也と詩織は両側から切りつけることを試みる。彼の首まで行ける、そう思った瞬間––––
「「うわっ!?」」
目の前に数え切れぬほどの藤の花びらが舞い散る。視界は藤色一色、鼻腔に甘く爽やかな匂いが入り込んできた。
視界を遮られていると、二人とも蹴り飛ばされてしまう。地面に叩きつけられそうになった二人の背中に、柔らかい風がクッションの役割を果たしてくれる。
上手くいったことに、暁歌は安堵のため息を漏らした。それを見た黄泉がえりは、どこか苛立った表情を見せる。
「暁歌」
今まで姿をくらましていた水月が、暁歌の横から姿を現す。
「ちょ、危ないから隠れてなよ……!」
「悪い。ちと思い出したことがあっての」
「思い出したこと……?」
水月の発言に、暁歌は怪訝そうな表情を浮かべていた。
彼女曰く、初めに風津美比古たちが戦っていた場所に、たしかに藤棚があったという。彼女は一度、その当時の守人から話を聞いていたそうだ。
ただ、その当時というのは……
「大正なんだ」
「今からしたら百年ぐらい前か……。長いね」
そう呟いたあと、
「でも、それとこれになんの関係が?」
聞くと、水月は黙り込む。そこまではわからないようだ。だが、何かヒントになりそうだ。
暁歌が礼を言うと、水月はまた姿をくらました。
「大正時代が全盛期だったってことかなあ……」
呟きながら、大幣を黄泉がえりに向かって掲げる。そこから渦を巻く風を繰り出した。それは、辺りの藤の花を揺らしながら、黄泉がえり目掛けて突き進んでいく。
気づいた彼は、すぐに避けようとする。が、なぜか身体がビクともしない。なぜだと思いながら足元を見ると、知らぬ間に足を氷で固められていた。
短刀で氷を削ろうとするが、分厚すぎて削るに削れない。むしろ、短刀の方が先に寿命が尽きそうだ。
そのまま為す術なく風に飲まれてしまった。
風の勢いにより、氷も砕け、黄泉がえりの体力もかなり消耗した様子。
このまま行けば確実に致命傷を与えられる、そう守人らが思った直後、黄泉がえりは花びらと共に姿を消した。
「は? どこに––––」
その瞬間、竜也の背筋に悪寒が走る。後ろにいる、そう思うよりも前に身体が動いていた。
黄泉がえりは本当に彼の後ろに移動していた。短刀で刺されそうになったところを、自身の刀で受け止める。
「ぐっ……」
黄泉がえりの眼光は鋭い。殺すという意思が明確に瞳に宿っている。そんな意思にさえ打ち勝つようにして、竜也は黄泉がえりを押し返した。そのまま刀で斬りつけるが、すんでのところで避けられる。
彼はもう既に肩で息をしていた。風のせいで、彼が思っているよりも体力は消耗しているらしい。
「––––すもんか」
何やら呟いている。竜也は聞き取るために、よく耳を凝らした。
「許すもんか、絶対に」




