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神代の縁  作者: 榊 雅樂
第二章
14/19

第十四篇 美しき藤

 着いた先は、風津美比古の邸宅。水月の邸宅よりも広いだろうか。天井などを眺めていると、奥からドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。


「水月ちゃーん!」


 走ってきた主は、その勢いのまま水月に抱きついた。背丈が大きく変わるわけではないが、小柄な水月にとってはその勢いはキツかったらしい。呻き声をあげる。

 抱きついてきたのは、竜也たちともそう変わらないであろう見た目で、ベージュの髪を一つ結びにしている、巫女服を身にまとった少女。


「ごめんね、来てもらっちゃって。アイツあっちにいるから」


 そう言って彼女は水月の手を引いて、別室へ連れていく。竜也たちもそれに着いて行った。

 その際、彼は一つの疑問が頭に浮かび上がる。そこで、隣で歩いている詩織に小声で質問した。


「あれ、ここって守人いたっけ?」


「え……ああたしかに。でもいるってことはあの人が守人なんじゃないの?」


 曖昧な彼女の返事にそっかとだけ返すが、どこか納得しきれなかった。


「風津美〜」


 巫女服の少女が襖を開けると、そこには体躯のいい男性が座っていた。彼はミディアムほどの薄柳色の髪を携え、同じ色の瞳を持っている。

 彼はゆっくりと振り返り、


「悪いな、水月」


「いや何、呼ばれることは別に問題ではないさ。問題は、お主が取り逃がすような黄泉がえりがいるということじゃな」


 水月が言うと、風津美比古はそうだなと静かに呟く。そして、竜也らの方に改めて向き直った。


「お前たちもすまない。面倒事に巻き込んでしまって。改めて、俺ははや風津美比古だ。それでこっちは––––」


「初めまして、きょうだよ! 風津美の……まあ神使になるかな」


「「紳士?」」


 竜也と詩織は同時に小首を傾げる。どうやら二人は、同じ読みをする別の単語と間違えているようだ。


「違うわい」


 そこで、二人の横に座っている湊が人差し指を立て、説明をしてくれる。


「神使っていうのは、読んで字のごとく『神様の使い』のことだよ」


 彼の説明に、二人は間抜けな声で納得の意を示した。

 どうやら、人間とはまた違いそうだ。


「まあそこは今は置いといて、黄泉がえりの特徴と、できれば逃げた場所が知りたいが……」


「逃げた場所がわかれば、とっくに追ってるんだな……」


「そうじゃろうな」


 ただ、どのような黄泉がえりだったかは説明できる。彼らの説明としては、こう。

 戦っていたのは、藤の花に魂が宿って生まれた神。長身で女物の着物を着ていて、短刀で戦っていたと言う。


 死因、不明。

 性別、不明。

 戻った理由、不明。

 逃げた先、不明。


 と、わからないことが多く、追うに追えない状況だ。

 ここからどう探すべきか。そして、民間に被害が出る前にそれを突き止めなければならない。


「先程まで戦っていた場所は?」


「野原の近くだったよ。そこに佇んでたから様子を見てたんだけど、見つかった途端に襲いかかってきたの」


 暁歌は「これは憶測だけど」と付け足し、


「どれぐらいかはわからないけど、昔そこに藤棚とかがあったんじゃないかな」


 聞けば、野原の地面には、いくつか穴が空いていたそうだ。その穴は四角く、とてもじゃないが自然でできたものとは思えない。明らかに人為的に作られたもの。

 藤の花の神、そしてその穴ということは、藤棚があったのではないかという憶測。


 無理な話ではなさそうだ。そこから考えられる死因は、自然か人為的かは定かではないにしろ、藤棚が無くなったことが関係していそうである。


「でもどこに逃げたかは、わからないですよね」


 詩織が呟く。


「残滓は追えんのか?」


「そのままでは見えなかったな。暁歌にも見てもらったが、残念ながら」


 風津美比古は目を閉じ、否定を表すようにして首を振った。しかし、水月は真逆の反応をする。ニヤリと口角をあげた。


「なるほど、そこで儂か」


「ああ、頼めるか?」


 彼の問いかけに、水月は一つ頷いてみせる。だが、後ろに座っている竜也たちは何も理解できていない。

 後ろでコソコソと何の話をしているのか、探っているようだ。



「ここがそうなんじゃな?」


「うん、間違いないよ」


 今いるのは、先程、風津美比古たちが藤の花の神と戦ってた場所。周りには民家という民家は無く、戦っても被害が出ないようなところだ。

 水月は懐から一枚の札を取り出した。一つ息を吐き、静かに霊力を札に込める。


 すると、札は淡い赤色の光をまとい、その光は次第に蛇のように伸びていった。それは長く長く伸びていき、やがてある山の麓で止まる。

 それが判明すると、彼らはその光を辿って山の麓まで行った。光はそこで途切れ、その先はわからない。


「なあ」


 水月たちが山の中を伺っていると、竜也が不意に話しかけた。


「この光、一体なんなんだよ」


 指さしたのは、この札から伸びている摩訶不思議な光のことだ。先程から一切説明がなく、何も状況が掴めていない。

 それは、竜也だけでなく詩織や湊も同じであった。


「霊力の残滓を目に見える形にしただけじゃよ。感じ取るだけでは探しきれないものも探せる」


 説明を聞いたところでまるでわからない。そもそも、感じ取ることとこの術になんの違いがあるのかすらわからなかった。

 三人が理解できないでいると、ビリビリと痺れるほどの霊力を感じた。


「しまった!」


 気づいた頃には既に遅く、辺りの景色は一瞬で変わってしまう。


 天高くに藤の花が咲き誇り、全体は淡い紫色の空間だ。心奪われてしまいそうなほど美しい。

 竜也たちが見蕩れていると、奥から人影が近づいてくる。霧も晴れ、姿が顕になると、そこには美しい神が立っていた。


 スラリとした高い身長、おしろいを塗ったような白い肌、藤色に白、朱色といった艶やかな女物の着物を身にまとい、頭には笠を被ってる。笠からは、いくつもの藤が垂れ下がっていて、とても美しい。


 思わず目を奪われていたが、改めて考えると、風津美比古の言っていた特徴と一致している。あれが、逃げたという黄泉がえりだろう。

 口には真っ赤な紅が塗られていて、それが更に美しさを引き立てている––––


「おい」


 声を聞いた彼らは、とても驚いた表情を浮かべた。

 彼女の––––いや()()声はその姿に似つかわしくないほど低く、身の毛もよだつような声色をしていたから。

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