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神代の縁  作者: 榊 雅樂
第一章
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第十三篇 何の夢

「疲れたー……」


 詩織は疲弊しきったように、机に顎を乗せ、腕を思い切り伸ばした。


「お疲れ」


 あの後、水月にも事情を説明した。彼女はひとまず詩織の様子が元に戻って安心し、そして彼女の事を優しく抱きしめた。

 集まりはいつもと変わることなく、母親は蔑まれたらしいが、詩織は気を強く持って何度か言い返したそうだ。


 正しく彼女らしい行動。気が滅入っているのは、口には出せないが、とてもじゃないが似合わない。本人に言ったら、グチグチ言われてしまいそうだが。


「まあでも、二人のお守りのおかげよ。ありがとね、本当に」


 これでもかと言うほど優しい笑み。穏やかで、少し嵐でも起きてしまうんじゃないかと思ってしまうほど。


「んで、結局強くなりたかったのはなんでなんだよ?」


 それを聞いた彼女は、何度か瞬きをする。


 手に怪我を負うほど追い詰められていた、その理由はまだ説明されていない。詩織は腕を組んで、あっけらかんとした表情で答える。


「私が強くなれば、誰も文句言えないじゃない? だって、強い人が当主って、それはもう完璧なことじゃない。だから、強くなってあいつらに見返してやりたかったのよ」


 そんな理由––––というわけではない。むしろ妥当な理由だろう。当主が強ければ、それだけで一族の誇示になる。彼女はどうやら、それを目指しているようだ。


 それがどれだけ難しい話かはわからないが。


 言い終えた詩織は伸びをし、机に手を置いて立ち上がる。


「そういうわけで、鍛錬しましょう!」


「いやどういうわけだよ」


 嫌だよと付け足すが、詩織はそんなことお構いなしに竜也の手を引く。互いに練習用の武器を握り、鍛錬を始めた。

 始めてしまえば、渋々武器を握っていた竜也も真面目に攻防を繰り返す。


 そんな二人の様子を、水月は楽しそうに眺めていた。



 竜也は寝ている。しかし、眩しい光とそれを隠す影によって意識が戻された。眠気の覚めない瞼をうっすら開くと、寝転がっている自分の顔を覗き込むようにして、誰かがしゃがんでいた。


 辺りは夜なのだろうか。真っ暗だ。覗き込んでいる人物の顔は見えない。スポットライトのような強い光を放つ月の逆光となり、顔は全く見えない。

 が、体格的に考えたら男性だろう。髪色は光によって全くわからないが、長いことだけはわかる。


 竜也が不思議に思っていると、男はゆっくりと口を開いた。


「お前なら降ろせる。現世にも、座からも降ろすことなんて容易い」


 一体、何の話をしているのだろう。男は変わらず不気味に口角を上げたまま、竜也に顔をちかづける。それでも、彼の顔を見ることは叶わない。

 男は小声で囁くように、


「なあ、お前ならやり方がわかるだろう」


 ◆


 意識は現実へ引き戻され、竜也は勢いよく飛び起きる。冷や汗が止まらない。あれは一体––––


「あれ……」


 考えている途中で、疑問が出てくる。


「なんの夢、見てたんだっけ……」


 忘れてしまった。あんなに不気味で恐ろしいはずだった夢の内容も、誰がいたかも全て。

 思い出そうとする彼の頭に痛みが走る。忘れてしまったものは仕方がないと、竜也は思い出すのを諦めた。


 そのまま身支度を済ませ、学校へと向かった。幼なじみである健人と合流し、夢のことなんてすっかり忘れて、いつも通りの日々を過ごす。

 学校が終われば、他の生徒が部活へ行く中、水月の家へと向かう。そんないつも通りの日々を。



 藤の花が咲き乱れる神域で、一柱の神ともう一人、そして黄泉がえりが戦っていた。

 強い風により、垂れ下がる藤の花は揺れ、花びらが美しく辺りを舞う。それが視界の妨げとなり、少女は払い除けるべくもう一度風を繰り出した。


 しかしその瞬間、女物の着物を身にまとった黄泉がえりは、彼女に迫り来る。黄泉がえりは抜刀し、その勢いのまま少女の首まで向かった。

 神はすぐさま彼女の元へ向かい、刀を構えている黄泉がえりの脇腹を蹴り飛ばした。黄泉がえりは呻き声をあげて数メートル先まで飛ばされる。


 起き上がると同時に神が右脚を振り上げ、自分に落とされようとする瞬間が目に映った。瞬時に攻撃だと理解した黄泉がえりは、藤の花びらと共に姿をくらました。

 その姿はどこに現れることもなかった。そして、藤の花でいっぱいだった神域すら、どこかに消えている。


 これが意味することは、逃げられた、ということである。


「嘘でしょ……」



 水月の家にて、竜也たちは茶を飲みながらのんびりと過ごしていた。そんな時、一羽の烏が杉の木に止まる。

 協会からの依頼かと思われたが、水月の驚きの声で、そうではないということがわかった。


「どうしたんですか?」


 湊が訊くと、水月は三人に開かれた文を見せる。そこに書かれているのは、簡単に言えば『黄泉がえりを逃がしたから、手伝って欲しい』とのことだった。

 誰からの文だと思って、差出人のところを見る。


「風……津……」


「あ、かざ津美つび比古ひこ様からじゃないの?」


 竜也が読もうとしていたところに、詩織が割り込む。


「ああ、南の方に祀られてるっていう」


「あちらの方は人口も少ないですよね」


 湊の問いに、水月は「そうじゃな」と答える。


「あいつが逃がすほどということは、かなり強い黄泉がえりなのだろう。とりあえず、話を聞きに風津美のとこまで行くぞ」

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