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神代の縁  作者: 榊 雅樂
第二章
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第十一篇 焦り

「いやあ、お見苦しいとこをお見せしました……」


 鳳明は頭を掻きながら苦笑する。


「見苦しいなんてそんな……」


 竜也が否定するが、鳳明の顔はそれでも晴れない。袖口から見える包帯は、とても痛々しそうだ。


「神様でも勝てない相手っているんですね」


 詩織が意外そうに質問する。そんな彼女に対して、鳳明はまあねと言って、


「どうしても、相性っていうものはあるよね。合わない相手に真っ向から勝負しても勝つのは難しいし、身体が逃げようとしたりするし」


「それで言ったら、僕は鳳明様との相性が悪いですね」


 湊が扱うのは氷だ。氷は炎で溶けてしまうため、使い物にならなくなる。


「でも、溶けたら水になるから、それを操ったらいいんじゃ?」


 竜也が質問すると、湊は顎に手を当ててうーんと唸った。

 術を扱える者とそうでない者の間には、多少の認識の差があるのだろう。


「僕は氷を扱えるっていう認識で戦ってるから、慣れない水はどうしても動かせるイメージがね……」


 氷と水は似ているようで違うからだろうか。固形物と流動性のある物質では、扱い方がまるで違う。

 それと、思い込みもある。自分はこれしかできないという思い込み。


「正直、僕より颯太君の方が冷静さもあるよ」


「それはないでしょう。神と人間とでは、経験の差も違います」


 謙遜などしない、そんな態度の彼に鳳明はしゅんとする。やはり、颯太はおよそ十四とは思えない。大人顔負けの冷静さだ。

 竜也は彼を見ながら、自分だったら絶対に調子に乗るだろうなと思う。


 鳳明は朗らかな神で、暖かい笑顔が印象的だ。彼らはまるで正反対だが、信頼関係は抜群と見える。


「あの……」


 そんな中、詩織が小さく声をかけた。その声はどこか低くて、落ち込んでいるようにも取れる。


「どうしたら、霊力だけであんなにも強くなれますか?」


「どう……」


 颯太は手を顎に当て、少し考える。その目は庭を見ているようで、どこか遠くを見ているような、そんな気がする。

 しばらく考えると、彼はふいに口を開いた。


「わからないです」


 予想外の答えに、竜也はバランスを崩したかのように肩を落とした。


「え、わからないってなんですか?」


「そのままの意味ですよ。ただ、強いて言えば“性格”じゃないですかね。僕はよく物事に関心がないだとか言われるタイプなので」


 「良く言えば“冷静”ですね」とだけ言うと、彼は自身の強さの秘訣を話終える。確かに、彼は助けを求めてきた時以外はとても冷静だ。

 戦っている最中も、今も至って冷静。むしろ、冷静すぎて感情の起伏がない。彼は竜也たちと会ってから、一度も笑うことなくすごしている。


「すみません、お望みの答えは出せなくて」


 颯太に言われると、酷く驚いたような顔をしていた詩織が、ハッと彼の方を見た。


「い、いえ、そんなこと……」


 咄嗟に否定する彼女であったが、その様子はどこかおかしく、竜也は不思議そうな表情で彼女のことを見つめていた。


 気まずそうに下を向く詩織。こんな様子は、出会って以来初めてのことだ。湊にとっても不思議なことなのだろう。同じく怪訝そうな表情を浮かべている。


「ちょっとごめんね」


 鳳明は軽く手を挙げる。


「そろそろキツくなってきたから、戻ってもいいかな?」


 表情はつらそうではなかったが、それだけでつらいかどうかの判断などできるはずもない。水月は「ああ」と言って立ち上がった。


「悪いな、気が付かなくて」


 そう言うと、襖を開けて二人に出るよう促す。鳳明は机に手を置いて立ち上がり、そのまま颯太を連れて部屋を出て行った。出る際、颯太は一つお辞儀をしてから出ていく。

 それだけで、彼が随分と丁寧な人間であることが、よくわかった。


 ––––気を回してくれたか。


 水月だけは、彼の発言の意図を理解できたようだ。


「えっと……大丈夫か?」


 躊躇いがちに質問すると、詩織はギュッと袴を握り込む。袴には深いシワができ、それは深くなっていくばかり。


「平気よ……」


 小さな声。だが、力強い声で、どこか怒りを孕んでいるよう。どちらかと言われたら、“意地”だろうか。


「詩織、何もそんなに焦らんでも。まだ守人の役目を終えるまで、七年ほどはあるじゃろう」

「それじゃ遅いんです!」


 いつになく大きな声を張り上げる。自分でもそれを自覚しているのだろう、ハッとすることもなく、ただ目に涙を溜めていた。彼女は続けて、


「遅いんですよ、そのうちじゃ。私は今強くなりたい」


 なんと無茶な話だろうか。

 彼女は確かに経験はある。竜也と比べたら、彼女の方が強いだろう。誤差かもしれないが。

 目指しているところがどれだけかはわからない。ただもし、桜や颯太と同等まで昇りつめたいと思うのなら、それはかなりの困難を極めるだろう。


「どうしたんだい? 急に」


 湊が困惑したように質問するが、詩織は答えようとはしなかった。ただ悔しそうに袴を強く握っているだけ。


「––––今日はお開きにしよう。お主らも疲れたじゃろう」


 水月のその一言で、三人は解散することとなった。気まずい空気の中、帰路に着く。その時も、詩織は一言も言葉を発することはなかった。

 ただその背中は、いつもの彼女らしさがないということだけ、二人にはわかったのだ。



「なあ、お母さん」


 竜也は家に帰ると、ただいまも言わず、料理をしている母親に声をかける。


「なあに?」


「鈴宮ってさ、どんなとこ?」


 なんと聞けばいいかわからず、大雑把な訊き方になってしまった。しかし、母親は優しい笑みで答えてくれる。


「うーん……。明星うちほど厳しくはないかなあ。私もあんまりよくわからないのよね」


 竜也は小さく「そっか」と呟いた。

 肝心なことはよくわからない。彼女は、一体何をそんなに焦っているのだろうか。


 自分とは違い、強くなることに固執していて、強く望んでいる。竜也は強くなることを諦めている節があるが、そんな自分とはまるで正反対の詩織の考えが、まるで掴めない。


「何であいつ、あそこまで焦ってんのかなあ……」


 ––––俺は、全然焦ってなんかないのに……。



 ––––行きたくない行きたくない行きたくない。


 詩織は部屋で一人、そんなことを考える。部屋に電気は付いていない。窓からオレンジ色の光が差し込んでいるが、彼女が座っているベッドには、光は当たらない。

 息苦しい影の中で、一点を見つめて座っている。何をするでもなく、ただ座っている。


「強くなりたい……」

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