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ファルコールの鷹

牢の扉が開いたとき、ミトラヴァラは一瞬、外の光に目を細めた。



夜明け前の冷気がまだ土壁の内側に残っていた。

男たちは黙って肩を回し、ザルヴィーラは何も言わず、ただ周囲の男たちの足運びを見ていた。


ミトラヴァラたちが案内された先は、集落の中央にある集会場だった。


平たい石を敷き詰めた広間に、粗い羊毛の敷物が並べられている。壁際には銅の皿、焼き締めた土器、水差しが置かれ、奥では炉の火が赤く揺れていた。

煙には、羊脂と香草、それに焼いた小麦の匂いが混じっている。


ほどなく、食事が運ばれてきた。


羊肉を香草とともに煮込んだ濃厚な風味のスープ。

干し葡萄を混ぜた麦飯。

薄く焼いた円いロティ。

酸味のある山羊乳の凝乳。

胡桃と蜂蜜をからめた菓子。


さらに、岩塩を振った焼き魚と、干し杏を煮た甘い汁まで添えられていた。





「囚人の扱いではないな」





ミトラヴァラが低く言うと、ザルヴィーラは口元だけで笑った。




「昨日までは囚人だった。今朝からは客人、ということだろう」



そのとき、広間の奥から若い娘が現れた。

年は十七、あるいは十八ほどに見えた。長い黒髪を後ろで束ね、額には細い銀の飾りを垂らしている。衣は落ち着いた深い緑色で、肩から胸元にかけて、細かな刺繍が光を受けてきらりと輝いた。


だが、何より目を引いたのは、その瞳だった。


エメラルドグリーン色のその瞳は、まるで春の水底に沈んだ若葉のような色である。


娘は銅の杯を一つずつ配り、柔らかく頭を下げた。



「サネーシアと申します。遠き道より来られた方々に、おもてなしをさせていただきます。なんなりとお申し付けください。」



澄んで清らかな声は、風に鳴る風鈴のようであった。



その場にいた男たちの視線が、知らず知らず彼女へ集まった。

カンボージャ国、ヒンドゥークシュ北麓の金鉱山から来た精錬部落の男たちである。普段は鉱石を砕き、炉を焚き、煙と金泥にまみれて暮らしている者たちだった。


粗い手。焼けた頬。爪に入り込んだ黒い灰。


そうした男たちが、まるで言葉を忘れたように異国の娘サネーシアを見ていた。


だが、その中で一人、胸を射抜かれたように呆然と見とれていたのは、ミトラヴァラだった。

彼は杯を受け取ったまま、指先を止めていた。


サネーシアが近づき、目の前に羊肉の皿を置いた。

その瞬間、ほんのわずかに、彼女の袖からふくよかな花の香りがしたのをミトラヴァラは感じた。

ミトラヴァラは何か言おうとしたが、喉の奥でゴクリとつばを飲み込むのがやっとだった。


胸の内側を、見えない矢で射抜かれたようだった。




「どうかなさいましたか」




「いや……」



ミトラヴァラは目を逸らした。



「このスープ、美味いですね」



ザルヴィーラは静かに杯を口へ運び、何も見なかったふりをした。



食事の後、三人は集会場の奥へ通された。


そこには、白い髭を胸まで垂らした老人が座っていた。名をダスマーレという。この集落の長老であり、オクソス北の支流に面した砂礫地で金鉱石の精錬を取り仕切る者だった。


老人はミトラヴァラを見るなり、深く目を細めた。



「お前の父の名を聞いた」



ミトラヴァラは姿勢を正した。



「父をご存じなのですか」


「ああ、もちろん。よく知っているとも。若いころ、同じ谷で馬を並べた。やつはバンデラの鷹、わしはファルコールの鷹と呼ばれていた」



ダスマーレの声には、遠い砂塵の響きがあった。



「お前の顔には、あの男の頑固さがある」



ミトラヴァラは、少しだけ目を伏せた。



ダスマーレ長老は物資の援助を約束した。

麦、干し肉、岩塩、山羊乳の乾酪、矢羽根、薬草、革袋。

彼らが山地を越え、ヒンドゥークシュ北麓の部落へ持ち帰る物資を、できる限り用意するという。



「満月と新月の日、オクソス北の支流の川岸へ人を出す。火を三つ焚け。こちらも火を二つ返す。それを合図としよう」



「それほどしていただく理由が分かりません」



ミトラヴァラが言うと、ダスマーレ長老は笑った。



「昔の借りを返す時が来たということだ」



その日の夕刻、ミトラヴァラたちは二週間分の物資を背負い、帰国の途についた。



背後の集落では、炉の煙が細く立ちのぼっていた。サネーシアは集会場の前に立ち、遠ざかる一行を見送っていた。ミトラヴァラは振り返るまいとした。だが、十歩進んで、結局振り返った。


彼女の緑の瞳が、夕陽の中で一瞬だけ光った。


彼の胸はまた苦しくなった。




-----------


一方その頃、オクソス北の支流の川岸では、後発隊のアルシャカらが、岩の影に人影を見つけていた。



ルフシャヴァだった。



川岸の石に背を預けるようにして倒れ、片手にはまだ折れた槍の柄を握っていた。唇は乾き、目は開いたまま、空を見ていた。


アルシャカは膝をつき、首筋に指を当てた。


しばらくして、彼は何も言わず、手を離した。

その沈黙だけで、後ろにいた者たちは全てを悟った。

風が吹き、砂がルフシャヴァの頬を薄く撫でた。

遠くでは、タクシラへ向かう砂嵐が、すでに空の色を濁らせ始めていた。




2026年5月


ロイター報道では、パキスタン仲介による米イラン交渉が行き詰まり、脆弱な停戦状態はあるものの、海峡再開に向けた大きな進展は確認されていない。


ホルムズ海峡は事実上の通航制限状態が続いており、完全封鎖ではないものの、通常時の海運量には戻っていない。戦闘開始前は1日あたり約125〜140隻が通航していたのに対し、直近では約10隻程度まで落ち込んでいて、数百隻の船舶と約2万人の船員が湾岸内外で滞留しているとされる。


UAE国営石油会社ADNOCのCEOは、仮に紛争が直ちに終結しても、ホルムズ海峡経由の石油流通が完全回復するのは2027年前半以降になる可能性があると述べた。

構造的には海峡の自由航行が回復しておらず、原油・LNG・肥料・海上輸送コストへの圧力は継続が必死。中東危機という枠組みを外れ、すでに世界物流とエネルギー秩序のチェックポイント危機に移行している。

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