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第35話

巨大な城門がゆっくりと左右に分かれていく。

その先には、私をかつて追い出した王都アークライトの街並みが広がっていた。

しかし、私の記憶にある華やかな都の姿はそこにはない。

石畳はあちこちが割れ、街灯の魔導装置は光を失って黒ずんでいる。

人々の姿は見えず、窓には板が打ち付けられ、不気味なほどの沈黙が支配していた。

これが、宰相が支配し、科学の恩恵を拒絶した末の王国の姿だった。


「ひどい……。わたくしがいた頃の王都とは、まるで別の場所みたいです」

エリアーデが装甲馬車の窓から外を眺め、悲しそうに呟いた。

彼女の指は、窓枠を白くなるほど強く握りしめている。

ジークフリードもまた、唇を噛み締め、怒りに震える拳を膝の上で固く握っていた。

自分たちが愛し、守るべきだった都が、これほどまでに荒れ果ててしまった。

その事実は、彼らの心に鋭い痛みを与えているのが分かった。


「……悲しむのは後よ、エリアーデ、ジークフリード。この景色は、古い魔法と権力にすがった者たちが作り出した結果に過ぎないわ。私たちがこれから、この街に本当の光を取り戻すの。そのためには、まずあの元凶を排除しなければならない」

私の言葉に、二人は力強く頷いた。

私は装甲馬車のレバーを引き、蒸気機関の出力を上げた。

シュシュシュ、と規則正しい蒸気の排気音が響き、巨大な鉄の塊が前進を開始する。

石畳を力強く踏みしめる鋼の車輪が、振動を車内に伝えてきた。


「アルブレヒト、周囲の警戒を最大にして。宰相がただで私たちを通すはずがないわ」

「はっ、了解しております。各員、ライフルと手榴弾の準備! 目に見えない魔力反応にも注意を払え!」

アルブレヒトの鋭い号令が、通信機を通じて各部隊に伝わった。

彼の部下たちは、訓練された動きで周囲を警戒し、いつでも発砲できる姿勢を取る。

彼らの持つライフルは、私が設計し、ギュンターが作り上げた最新型だ。

鋼の銃身には、正確な溝が掘られ、弾丸を回転させて飛ばす仕組みになっている。

魔法の盾さえも貫く、科学の力がそこに凝縮されていた。


王宮へと続く大通りを進むにつれ、空気のよどみが強くなっていく。

私の「目」には、大気中に含まれるマナの粒子が、不自然な形に歪んでいるのが見えた。

何らかの魔導的な仕掛けが、この先に施されていることは明白だった。

「……止まって。この先に、魔導地雷が埋設されているわ」

私は馬車を止め、手元の探知機のスイッチを入れた。

それは、微弱な魔力の歪みを、電気信号に変えて感知する装置だ。


ピー、ピー、ピー、と高い音が車内に鳴り響いた。

音の間隔は、前方に進むほど短くなっていく。

「アルブレヒト、あの石畳の継ぎ目を見て。わずかに魔力の光が漏れている場所があるわ。あれが地雷の信管よ。踏めば、圧縮された魔力が一気に爆発し、この馬車を破壊するでしょう」

「なんと、姑息な真似を……! 先生、どうすれば良いでしょうか。爆破して処理しますか?」

「いいえ、それは危険よ。連鎖爆発を起こして、周囲の家を巻き込む恐れがあるわ」


私は馬車から降り、一つの小瓶を取り出した。

中には、高濃度の食塩水に特殊な金属粉を混ぜた液体が入っている。

「これを使うわ。魔力の回路に、この電解液を流し込む。そうすれば、魔力の流れがショートして、安全に無力化できるわ」

私は慎重に地雷が埋まっている場所に近づき、その隙間に液体を注ぎ込んだ。

シュウ、と小さな音がして、不気味な紫色の光が消えていく。

装置の中の魔導回路が、電気的な反応によって焼き切れたのだ。


「……無力化成功よ。次へ行きましょう」

私がそう言うと、背後で見守っていた兵士たちから、安堵と驚きの声が上がった。

彼らにとって、魔法の罠を液体一つで止めるなど、神業に等しいことだった。

だが、これは単なる化学反応の応用だ。

物質の性質を知っていれば、奇跡など必要ないのである。

私たちはその後も、いくつもの罠を科学の力で退けながら、着実に王宮へと近づいていった。


やがて、私たちは王宮前の広場に到着した。

そこには、白銀の鎧を身に纏った騎士たちが、ずらりと隊列を組んで待ち構えていた。

その数は、およそ五百。

アークライト王国の誇る、選りすぐりのエリートたちだ。

彼らの持つ剣や槍には、強力な強化魔法が施され、青白い光を放っている。

その中央に立つのが、バルツァー男爵だった。

彼は私の警告を無視し、自慢の軍勢で私たちを迎え撃つつもりらしい。


「リディア、ここから先は一歩も通さぬ! 貴様の妖術など、王国の正統な魔法騎士たちの前では無力だと知るがいい!」

バルツァーの声が、広場に響き渡った。

騎士たちは一斉に剣を掲げ、突撃の構えを取る。

「アルブレヒト、準備はいいわね」

「はっ、いつでもいけます!」

「……攻撃開始よ。ただし、彼らは操られているだけかもしれない。命を奪うのではなく、無力化を優先して」


私はそう言うと、装甲馬車の上に設置された特別な装置のレバーを倒した。

それは、巨大な電磁石を高速で回転させ、強力な電磁波を発生させる装置だ。

「電磁パルス、放射!」

不可視のエネルギーの波が、広場全体に放射された。

その瞬間、騎士たちの剣や鎧に施されていた魔法の光が、バチバチと激しい火花を散らして消滅した。

魔法とは、マナという粒子の秩序ある流れだ。

その流れを、強力な磁界の変化によって乱してしまえば、魔法は簡単に崩壊する。


「な、何だ!? 私の剣の光が消えたぞ!」

「鎧が重い! 魔力による身体強化が解けてしまった!」

騎士たちは混乱し、自分たちの体の重さに耐えきれず、その場に跪いた。

魔法という支えを失った彼らは、ただの重い鉄の塊を身に着けた、ひ弱な人間でしかなかった。

そこへ、アルブレヒトの部隊が放った手榴弾が投げ込まれた。

といっても、これは殺傷用ではない。

強力な光と音、そして催涙ガスを発生させる非致死性兵器だ。


ドォォォン! という爆音とともに、広場は真っ白な煙に包まれた。

騎士たちは目を開けることもできず、激しい咳き込みを繰り返して、その場に倒れ伏していく。

一人、また一人と、無敵を誇った魔法騎士たちが無力化されていった。

バルツァー男爵は、その光景を信じられないといった顔で眺めていた。

「ば、馬鹿な……! 王国最強の騎士たちが、一瞬で……!」

「これが、科学の力よ。バルツァー男爵。あなたたちの信じる魔法は、あまりにも脆弱だということに気づきなさい」


私は装甲馬車から降り、彼に向かってゆっくりと歩み寄った。

私の周囲には、アルブレヒトの部下たちが厳重な護衛体制を敷いている。

「さあ、宰相はどこ? 王宮の中に隠れているのかしら」

「……くっ、魔女め……! だが、勝ったと思うなよ! 閣下は、王宮の最深部で、究極の力を手に入れようとしているのだ! 貴様らなど、その力の前には塵も同然だ!」

バルツァーはそう叫ぶと、懐から小さな魔石を取り出し、それを自らの胸に突き立てた。

彼の体が、禍々しい紫色の光に包まれ、急速に膨れ上がっていく。

禁忌とされた、魔石による人体強化。

彼は自らの命を削り、化け物へと変貌しようとしていた。


「エリアーデ、ジークフリード、下がって!」

私が叫ぶと同時に、バルツァーだったものは巨大な異形の怪物へと姿を変えた。

皮膚は硬い岩のようになり、目からは赤い光が溢れている。

彼は咆哮を上げ、丸太のような腕を振り下ろしてきた。

私はそれを、間一髪で横に飛んで避けた。

地面が砕け、凄まじい土煙が舞い上がる。

「アルブレヒト、銃撃は効かないわ! 組織が魔力で強化されすぎている!」


「ならば、どうすれば……!」

「化学反応を使うのよ! アルブレヒト、重炭酸ナトリウムの粉末を持ってきて!」

私はアルブレヒトから受け取った大量の粉末を、怪物の足元に投げつけた。

さらに、もう一つの瓶を割り、強力な酸性の液体をそこへぶちまけた。

瞬間、激しい中和反応が起こり、大量の二酸化炭素が発生した。

透明なガスが、怪物の周囲に滞留していく。

怪物は呼吸ができず、苦しそうに自らの喉を掻きむしった。


どれほど体が強化されても、細胞が酸素を必要とするという生命の基本原則は変わらない。

科学の知見に基づけば、どんな怪物にも必ず弱点はある。

酸素供給を絶たれたバルツァーは、やがて力尽き、その巨体を地面に横たえた。

光が消え、彼は元の痩せ細った老人の姿に戻っていた。

意識はないが、かろうじて息はしている。

「……終わったわ。これで、王宮への道は開かれた」


私は王宮の巨大な扉を見上げた。

その奥から、不気味な魔力の脈動が伝わってくる。

宰相は、あの中で一体何をしようとしているのか。

私たちは決意を新たに、王宮の内部へと足を踏み入れた。

広大な廊下は暗く、冷たい風が吹き抜けている。

壁に飾られた歴代の王たちの肖像画が、今の王国の惨状を嘆いているように見えた。


「先生、あちらから強い魔力反応が。王宮の最深部、魔導研究所がある場所です」

アルブレヒトが、探知機を指差して言った。

「ええ、行きましょう。すべての決着を、あそこでつけるのよ」

私たちは、複雑な迷路のような王宮の内部を迷うことなく進んでいった。

私の「目」が、魔力の流れを辿り、最短ルートを導き出しているからだ。

道中、何度か自動防衛システムによる魔法の矢が飛んできた。

だが、それらはすべて、アルブレヒトの部隊が持つ金属製の盾によって防がれた。

盾には、特定の波長の魔力を反発させる塗装が施されていたからだ。


やがて、私たちは巨大な石造りの扉の前にたどり着いた。

そこが、王国の魔導技術の結晶が集まる、地下研究所の入り口だった。

扉の隙間から、紫色の不気味な光が漏れ出している。

「……ジークフリード、準備はいい?」

「ああ。俺の、そして王国の未来のために、この戦いから逃げるわけにはいかない」

ジークフリードの声は、低く、力強かった。

彼は自らの腰にある、科学の力で強化された新しい剣を抜き放った。


扉が、重々しい音を立てて開いた。

中に広がっていたのは、私の想像を絶する光景だった。

巨大な魔導装置が、部屋全体を埋め尽くしている。

その中心にある透明なカプセルの中には、数え切れないほどの魔石が詰め込まれ、不気味な光を放っていた。

そしてその前に立っていたのが、漆黒の法衣を身に纏った宰相だった。

彼の顔は痩せこけ、瞳には狂気の色が宿っている。


「……来たか、リディア。そして、出来損ないの王子よ」

宰相は、冷たい笑みを浮かべて私たちを振り返った。

「待っていたぞ。貴様たちがここに来るのをな。この装置の最後の鍵となる、純粋な王家の血、そして魔女の知恵をな」

「宰相、あなたの野望もここまでよ。この装置を止めなさい。これ以上の犠牲は、私が許さない」

私はライフルを構え、彼を鋭く睨みつけた。

だが、宰相は恐れる様子もなく、カプセルに手を触れた。


「許さないだと? 笑わせるな。私は、この王国を神の領域へと導こうとしているのだ。魔石の力を、科学という貴様の歪んだ知識でさらに増幅させる。そうすれば、私は死をも克服し、永遠の支配者になれるのだ!」

彼の背後で、魔導装置が激しく唸り始めた。

カプセルの中の魔石が共鳴し、凄まじい熱量が発生している。

「……危ない! エネルギーが臨界点を超えようとしているわ!」

私は叫ぶと同時に、手元の制御端末を操作しようとした。

だが、宰相はその動きを魔法で封じてきた。


不気味な重圧が、私の体にのしかかる。

「無駄だ。この部屋の中では、私の言葉が法となる。貴様らの科学など、私の魔力の前に跪くがいい!」

宰相の叫びとともに、カプセルから巨大な雷が放たれた。

それは、私たちが作り出した電気とは違う、狂気に満ちた暴力的なエネルギーだった。

私たちは、最大の危機に直面していた。

だが、私の心に絶望はなかった。

どんなに強力なエネルギーであっても、それを制御する法則は、この世界に共通しているからだ。


「アルブレヒト、装置の冷却パイプを狙って! 蒸気圧を一気に上げるのよ!」

「了解! 総員、冷却系に射撃集中!」

銃声が鳴り響き、装置のあちこちから白い蒸気が噴き出した。

熱の循環が絶たれたことで、魔導装置の内部温度が急上昇していく。

「何を……! 馬鹿な、装置が暴走するぞ!」

「ええ、その通りよ。でも、暴走のエネルギーを一点に集中させれば、あなたの結界も壊せるわ!」

私は、持っていた最後の化学薬品の瓶を、装置の核へと投げ込んだ。

激しい中和反応と爆発が起こり、研究室は光の渦に包まれた。




もし次の話が気になるなら、


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次話をお待ちいただけますと幸いです。

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