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第28話

王都から届いた、衝撃的な知らせ。

それは、私たちの村に新たな緊張をもたらした。

オルデンブルク侯爵が、反逆罪で捕らえられた。

そのニュースは、完成したばかりの電信網を通じてあっという間に村中に広まった。

村人たちは、不安そうな顔で互いにささやき合っている。


「王都で、お貴族様たちの争いが始まったらしいぞ」

「私たちの村は、大丈夫なんだろうか」


彼らの不安を消すように、私はすぐに村の広場で緊急の集会を開いた。

集まった村人たちを前に、私ははっきりと宣言する。


「皆さん、何も心配することはありません。王都の混乱は、私たちにとってむしろ良い機会です」

私のその力強い言葉に、村人たちの間の動揺が少しだけ収まった。

私は、彼らが理解できるように今の状況を分かりやすく説明した。


「アークライト王国は、今、内側から崩れようとしています。古い考えにこだわる貴族たちが、互いに足を引っ張り合っているのです」

「私たちは、その愚かな争いに巻き込まれる必要はありません。ただ、自分たちの力を蓄え生活を豊かにすることに集中すれば良いのです」

「そして、いずれ王国が自らの重みで崩壊した時、このヴァイスランドこそが新しい時代の中心となるでしょう」


私のその演説は、村人たちの心に再び希望の火をともした。

そうだ、私たちにはリディア先生がついている。

先生の言う通りにしていれば、何も恐れることはないのだ。

彼らの顔に、いつもの活気が戻ってくるのを見て私は心の中で安堵のため息をついた。


だが、もちろん安心などしていられない。

オルデンブルク侯爵の失脚は、私たちの計画の第一段階に過ぎない。

これから王都は、さらに大きな混乱の渦に巻き込まれていくだろう。

私たちは、その嵐に備えなければならなかった。


執務室に戻ると、アルブレヒトと彼の情報部隊が待っていた。

彼らは、電信で次々と送られてくる王都の最新情報を分析している。


「先生、どうやら王都の革新派貴族たちが今回の事件を主導しているようです」

アルブレヒトが、厳しい表情で報告した。

「彼らはオルデンブルク侯爵を排除することで、王国内での権力争いを有利に進めようとしています。そして、その言い分として『国を売ろうとした裏切り者』というレッテルを利用しているのです」

「私たちの偽情報が、見事に彼らの考えと一致したというわけね」

「はい、ですが問題は彼らが次に誰を標的にするかです」


彼の心配は、もっともだった。

権力闘争とは、一度始まると血で血を洗う泥沼の争いになりやすい。

革新派が次に狙うのは、オルデンブルク侯爵と繋がっていた他の保守派貴族たちだろう。

王都は、貴族たちによる処罰の嵐が吹き荒れることになるかもしれない。


「彼らが、私たちの存在に気づく可能性は?」

私が尋ねると、アルブレヒトは首を横に振った。

「今のところ、その心配はないでしょう。彼らにとって、私たちはまだ『辺境の魔女』に過ぎません。今回の事件の裏で、私たちが糸を引いているなど夢にも思っていないはずです」

「そう、それならしばらくは様子を見ましょう。彼らが勝手に潰し合ってくれるのを、待つのが一番良いわ」


私たちは、情報収集を続けながら村の発展をさらに進めることにした。

軍事力の強化も、急いでやるべきことである。

私はギュンターさんの工房を訪ねた。

彼に、新しい兵器の開発を頼むためだ。


「ギュンターさん、火薬を使った兵器を本格的に量産したいの」

私がそう言うと、彼は待ってましたとばかりに目を輝かせた。

「へっへっへ、嬢ちゃんのあの『ドカン』とやるやつだな。任せとけ、最高の物を作ってやるぜ」


私たちが作ろうとしているのは、前の世界で「手榴弾」と呼ばれた単純な作りの爆弾だ。

陶器の壺の中に、私が改良した新しい黒色火薬を詰める。

そして、導火線をつけるだけの簡単なものである。

だがその威力は、剣や弓矢とは比べ物にならない。

これがあれば、少数の兵力でも大軍を相手に互角以上に戦えるはずだった。


火薬の原料である硝石や硫黄、そして木炭は、この村の周辺で全て手に入る。

私たちは、校舎から少し離れた安全な場所に専用の火薬工場を建てた。

そこでは村の若者たちが、私の指導の下で注意深く火薬の製造に取り組んだ。

出来上がった手榴弾は、アルブレヒトの防衛部隊に配備される。

彼らは、その小さな壺が持つ恐ろしい破壊力を目の当たりにして言葉を失っていた。


「先生、これは、もはや兵器ではない。天災のような力だ」

アルブレヒトが、訓練場で爆発の跡を見ながら恐れを込めて言った。

「ええ、だからこそこの力は正しく使われなければならないの。誰かを支配するためではなく、大切なものを守るためにね」

私のその言葉に、彼は強くうなずいた。


村の軍備が着々と増強されていく一方で、平和的な発展も続いていた。

エリアーデの薬学研究室では、新しい薬が次々と開発されていた。

彼女は、特効薬である硝酸銀水溶液をより安全で飲みやすい錠剤の形にすることに成功した。

さらに、村に生えている薬草の成分を科学的に分析し、効果的な鎮痛剤や解熱剤を作り出した。

彼女の薬は、交易を通じて近隣の村や町にも広まっていく。

「ヴァイスランドの聖女」の名は、リディアだけでなくエリアーデの名も指すようになっていた。

かつての偽りの聖女は、今や本物の「薬学の聖女」として人々から尊敬を集めるようになっていたのだ。


そんなある日、私はエリアーデから興味深い報告を受けた。

彼女が、ジークフリードの様子がおかしいと言うのだ。


「先生、ジークフリード様ですが……」

薬学研究室を訪れた私に、エリアーデが心配そうな顔で話しかけてきた。

「最近、ひどく咳き込んでいらっしゃるのです。それに、時々胸を押さえて苦しそうにしていることも」

「咳?」

「はい、ただの風邪とは思えません。顔色も、ひどく悪いのです」


私は、その報告に少し眉をひそめた。

ジークフリードは、王族として最高の環境で育った男だ。

体は、丈夫なはずだった。

この村での肉体労働が、彼の体に負担をかけているのだろうか。

それとも、何か別の原因があるのか。


私は、エリアーデと共にジークフリードが暮らす小屋へと向かった。

小屋の中では、ジークフリードが粗末な寝台の上に横たわっていた。

彼の顔は土気色で、額には脂汗が浮かんでいる。

私たちが部屋に入ってきたのに気づくと、彼は弱々しく目を開けた。


「リディアか、何の用だ。俺の無様な姿を、笑いに来たのか」

彼の声は、ひどくかすれていた。

そして、言葉を発するたびに激しく咳き込む。


「ゴホッ、ゴホッ。くそっ、この咳が止まらん」

私は、彼の様子を注意深く観察した。

ただの風邪ではないことは、明らかだった。

その咳の仕方は、乾いた空咳だ。

そして呼吸するたびに、彼の喉の奥からヒューヒューという奇妙な音が聞こえる。


私は、エリアーデに目で合図した。

彼女は、すぐに私の意図を理解したようだ。

持ってきた聴診器を、ジークフリードの胸に当てる。

この聴診器も、私たちが最近開発した医療器具の一つだ。


「肺の音が、おかしいです」

しばらく彼の呼吸音を聞いていたエリアーデが、真剣な顔で私に告げた。

「雑音が、ひどく混じっています。それに、呼吸のリズムも不規則ですわ」


私は、ジークフリードにいくつか質問をした。

いつから咳が出るのか、胸に痛みはあるのか、他に変わった症状はないか。

彼は、最初は反抗的な態度だった。

だが自分の体の異常には勝てず、しぶしぶと私の質問に答えた。

彼の話と、エリアーデの診察結果を合わせて私は一つの可能性に行き着いた。


「ジークフリード様、あなた、最近何か変わったものを口にしませんでしたか?」

「変わったものだと、毎日お前たちが出す残飯を食っているだけだ」

「いいえ、そうではありません。例えば、誰かからこっそりともらったものとか」


私のその鋭い問いに、ジークフリードの肩がびくりと震えた。

彼は、一瞬言葉に詰まる。

そして、気まずそうに視線をそらした。

その反応だけで、全てを察した。


「先日、村に来た行商人からだ」

彼は、あきらめたように白状した。

「故郷の味が、恋しかろうと。王都で流行っているという、珍しいキノコの干物をくれたのだ。それを、少しだけ……」

「キノコですって!?」


私とエリアーデは、同時に声を上げた。

すぐに、彼の小屋の中を捜索する。

すると、寝台の下から小さな布の袋が見つかった。

中には、黒く乾燥したキノコがいくつか入っている。

私は、そのキノコをピンセットで慎重につまみ上げた。

そして、その特徴を注意深く観察する。

傘の形やひだの色、そして胞子の付き方。

私の前世の記憶にある、ある種の毒キノコの特徴と恐ろしいほど一致していた。

それは、少量でも肺の組織を破壊し呼吸困難を起こす猛毒を持つキノコだった。


「なんてこと、これは、遅効性の毒よ」

私のその言葉に、ジークフリードの顔から完全に血の気が引いた。

「ど、毒だと、そ、そんな馬鹿な。あの商人は、俺の味方だと」

「ええ、そうかもしれませんね。あなたを操ろうとしている、誰かさんの忠実な味方なのでしょう」


私は、冷たく言い放った。

行商人に化けて、ジークフリードに毒を渡した黒幕。

その正体は、考えるまでもない。

王都で、ジークフリードと繋がっていた保守派貴族の誰かだ。

おそらくは、オルデンブルク侯爵の仲間だろう。

彼らは、ジークフリードを毒殺することでその罪を私に着せるつもりなのだ。

『辺境の魔女が、王子を毒殺した』と。

そうすれば、彼らは私を討伐するための最高の大義名分を手に入れられる。

なんと、ずるくてひきょうな計画だろうか。


「助けてくれ、リディア」

ジークフリードが、寝台から転げ落ちるようにして私の足元に這ってきた。

彼は、私のローブの裾を掴んで必死に頼み込む。

「死にたくない、俺はまだ死にたくないんだ。助けてくれるなら、何でもする。王位など、もういらん。だから、どうか……」

かつてのいばっていた王子の姿は、そこにはなかった。

ただ、死の恐怖におびえる一人の弱い男がいるだけだった。

私は、そのみじめな姿を冷たい目で見下ろしていた。

彼を助けるべきか、それともこのまま見殺しにすべきか。

私の心の中で、二つの選択肢が争っていた。

彼を見殺しにすれば、王国の混乱はさらに加速するだろう。

それは、私たちの計画にとって有利に働くかもしれない。

だが、目の前で助けを求める命を見捨てることは……。

私の科学者としての気持ちが、それを許さない。

エリアーデが、心配そうな顔で私の判断を待っている。

彼女の瞳は、言っていた。

どうか、彼を救ってあげてください、と。


私は、深くため息をついた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「解毒薬を、作ります」

その一言に、ジークフリードの顔がぱっと輝いた。

私は、彼に背を向けてエリアーデに指示を出す。

「エリアーデ、すぐに研究室に戻るわよ。この毒キノコの成分を、至急分析する必要があるから」

「はい、先生」


私たちは、小屋を飛び出した。

残されたジークフリードの運命は、今や完全に私の両手に委ねられたのだ。

研究室に戻る道すがら、私は空を見上げた。

王都の方角から、黒く不吉な雲がこちらへ向かって流れてくるのが見えた。

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