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第27話

ジークフリードとの、奇妙な取引が成立した。

その日から彼は、まるで人が変わったみたいに私の計画へ協力的になった。


もちろん、彼の心に変化があったわけではない。

彼は私を利用して、王の地位に返り咲くことだけを考えていた。

その目的のため、今は私に従うふりをしているだけだ。

その浅はかな考えが、私にはとても都合が良かった。


「リディア、交易商人との次の接触は三日後らしい」

「それまでに、オルデンブルク侯爵への密書を準備しておけ」


執務室を訪れたジークフリードは、まるで上官みたいに私へ命令した。

子供の世話で汚れた服のままで、その態度はとてもいばっている。

私は、にこやかに微笑んでみせた。


「ええ、もちろん準備は万端ですわ。未来の国王陛下」

「うむ、分かっているなら良い」


彼は満足そうにうなずくと、部屋から出て行った。

その後ろ姿を見送りながら、私はアルブレヒトを呼んだ。

彼はずっと隣の部屋で、息を殺して待機していたのだ。


「聞きましたね、アルブレヒト」

「はい先生、三日後が決行の日のようですね」


彼の顔には、緊張の色が浮かんでいる。

これからやろうとしていることは、一歩間違えば王国を揺るがす大ごとだ。

無理もないことであった。


「商人の顔と名前は、すでに調べてあります」

「部下たちが、二十四時間体制で彼を監視しています。彼がジークフリード殿下と接触する瞬間を、見逃すことはありません」

「素晴らしいわ、では私たちも『本物』の密書を準備しましょうか」


私は、用意しておいた上質な紙と特別なインクを取り出した。

そして、ジークフリードの筆跡を上手に真似て偽の密書を書き始める。

それは、私が青空学校の子供たちに文字を教える一方で密かに練習してきた特技だった。

ジークフリードが反省文として書かされた、大量の文章が良い手本になった。


偽の密書の内容は、先日アルブレヒトと打ち合わせた通りだ。

オルデンブルク侯爵への感謝の言葉から始まり、周辺国である「ガルニア帝国」と密約を結んだと、はっきりと書いた。

帝国の軍を王都に引き入れて、それに協力してクーデターを起こすという恐ろしい計画が書かれている。

もちろん、全てが真っ赤な嘘である。

侯爵が帝国を嫌っていることは、有名な話だった。


「先生、本当に、よろしいのですか」

私が偽の密書を書き終えるのを見て、アルブレヒトが心配そうな顔で尋ねた。

「ガルニア帝国は、我が国と長く敵対してきた国です。その名を出すのは、あまりにも危険な賭けではないでしょうか」

「だからこそ、効果があるのですよ」


私は、封蝋で手紙を閉じながら答えた。

「オルデンブルク侯爵のライバルである、革新派の貴族たちはこの手紙を見ればどう思うでしょう」

「彼らは、オルデンブルク侯爵が国を売ろうとしていると本気で信じるはずです。そして、彼を失脚させるためにあらゆる手を使うでしょう」

「つまり、敵の内部で争いを起こさせて自滅を待つのですね」

「その通りよ、私たちは手を汚す必要さえないのです」


私のその冷たい計画に、アルブレヒトはごくりと喉を鳴らした。

彼は、改めて私の恐ろしさを感じているようだった。

だがその瞳には、私への絶対的な信頼が宿っている。


三日後、計画はひっそりと実行された。

アルブレヒトの情報部隊は、ジークフリードが密偵商人に手紙を渡す瞬間を完璧に押さえた。

そして商人が村を離れた直後、森の中で彼を捕まえる。

本物の密書を偽物とすり替えると、すぐに彼を解放した。

商人は、自分が一時的に捕まったことの意味も分からず、ただ恐怖に駆られて王都へと馬を走らせただろう。


「これで、最初の駒は動きましたね」

報告を受けたアルブレヒトが、私の執務室で言った。

「はい、あとは王都で私たちのまいた種が芽を出すのを待つだけです」


私は窓の外に目を向けた。

そこでは、村の男たちが最後の電信柱を立てる作業を終えようとしている。

交易都市へと続く、最後の電信柱だ。

あれが繋がれば、私たちは王都の混乱を手に取るように知ることができる。


「先生、電信網の準備が、完了いたしました」

アルブレヒトが、誇らしげに報告した。

「交易都市に設置した拠点との間で、いつでも通信が可能です」

「素晴らしいわ、アルブレヒト。本当にご苦労様でした」


私は、彼と彼の部下たちの頑張りを心からほめた。

そして、すぐさま執務室に置かれたばかりの電信機へと向かう。

それは、まだむき出しの部品が並んだ、飾り気のない機械だった。

だが、この小さな機械がこれからの世界の歴史を大きく変えることになるのだ。

私は、キーを叩くための電鍵にそっと指を置いた。

そして、練習した通りの符号を打ち始める。


トン、ツートン、ツー。

短い音と長い音の組み合わせが、銅線の中を電気信号となって走っていく。

数十キロ離れた交易都市へ、私の意思が光の速さで伝わるのだ。

しばらくして、受信機がカタカタと音を立て始めた。

都市の拠点からの、返信だ。


『こちら交易都市拠点、通信、感度良好』


その短い一文が紙テープに打ち出された瞬間、執務室にいた全員から大きな歓声が上がった。

ギュンターさんは、目に涙を浮かべている。

アルブレヒトも、興奮に顔を赤くしていた。

私たちヴァイスランドが、物理的な距離を超えて世界と繋がった歴史的な瞬間だった。


「これで、私たちの『耳』は完成しましたね」

アルブレヒトが、感動で声を震わせながら言った。

「ええ、これからはリアルタイムで王都の情報を手に入れられるわ。ジークフリードやオルデンブルク侯爵がどんな動きをしようとも、私たちは常にその先を行くことができる」


その日の夜、私たちは小さな祝宴を開いた。

電信網の完成を、祝うための宴だ。

村人たちは、広場に集まり歌い踊った。

その顔には、未来への希望がいっぱいにあふれている。

私たちの村は、もはや辺境の貧しい村ではない。

科学という新しい力で、世界をリードする可能性を秘めた拠点なのだ。


宴の輪から少し離れた場所で、私は夜空を見上げていた。

隣には、いつの間にかエリアーデが立っている。

彼女の手には、薬草をすり潰すための道具が握られていた。

宴の最中も、彼女は薬の研究を続けていたらしい。


「先生」

彼女が、私に話しかけてきた。

「わたくし、最近思うのです。かつてわたくしが使っていた治癒魔法とは、一体何だったのだろうかと」

「どうして、そう思うの?」

「先生の科学は、病の原因を突き止め根本から治療します。ですが、わたくしの魔法はただマナの力で結果として傷を癒していただけです。なぜ傷が癒えるのか、その理由を理解しようともしませんでした」


彼女の声には、過去の自分への深い反省の色が見えた。

「わたくしは、ただ与えられた力を何も考えずに使っていただけでした。それは、本当の意味で人々を救うことにはなっていなかったのかもしれません」

「そんなことはないわ、エリアーデ」


私は、彼女の言葉を優しく否定した。

「あなたの魔法が、多くの人々を苦しみから救ったのは事実よ。それは、決して偽りではないわ」

「ですが……」

「大切なのは、過去を悔やむことではないの。過去の経験から何を学び、未来にどう活かしていくかよ」


私は、彼女の肩にそっと手を置いた。

「あなたは、魔法と科学の両方を知る唯一の人間なのよ。その二つの知識を組み合わせれば、きっと私にもできないような新しい治療法を生み出せるはずよ。私は、あなたにその可能性を期待しているの」

「先生……」


私の言葉に、エリアーデの瞳が潤んだ。

彼女は、自分の進むべき道がはっきりと見えたようだった。

「はい先生、わたくしやってみます。魔法の奇跡を、科学の言葉で解き明かしてみせます」


彼女のその力強い言葉に、私は満足してうなずいた。

私のまいた種は、着実に育っている。

科学の光は、この世界の魔法という古い常識さえもやがて解き明かすのだろう。

そんなことを考えていると、祝宴の騒がしさを破って一人の兵士が慌てた様子で執務室から駆け出してくるのが見えた。

その手には、一枚の紙テープが握られている。

交易都市からの、緊急電信だった。


「先生、大変です。王都で、大変なことが起こりました」

兵士から手渡された電文を読んで、私は自分の目を疑った。

そこには、信じられない内容が書かれていた。


『オルデンブルク侯爵、反逆の罪で拘束さる。ジークフリード王子との密約、暴露さる』


事態は、私が想像していたよりもずっと早くそして劇的に動き始めていた。

私たちの仕掛けた偽の情報が、王都で大きな火種となって燃え上がろうとしている。

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