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無数の裂け目が、黒い存在の周囲に広がっていく。空間が裂けるたびに、そこから冷たい何かが滲み出し、領域の密度がさらに増していくのが分かる。
ただの攻撃ではない。
この存在そのものが、空間を書き換え始めている。
悠真は動きを止めない。
裂け目の位置、広がり方、干渉の強弱。そのすべてを一瞬で把握し、踏み込むべき“隙”を見つける。
一歩。
圧が流れる。
二歩。
裂け目の間をすり抜ける。
三歩。
中心へ。
黒い存在がわずかに揺らぐ。
「……侵入深度、異常」
声が、少しだけ乱れる。
それは初めての“誤差”だった。
悠真の拳が振りかぶられる。
だがその瞬間、裂け目の一つが大きく開いた。
そこから現れたのは、形のない“影”だった。
人の輪郭をしているが、輪郭が曖昧で、内側に何もない。黒い空洞のような存在が、悠真へと伸びてくる。
接触。
瞬間、悠真の動きがわずかに鈍る。
視界が一瞬だけ歪む。
「……記憶干渉か」
低く呟く。
影は攻撃ではない。
思考へ直接触れ、認識を乱す干渉。
だが、それも遅い。
ゼロシンクの中では、外部からの干渉は“異物”として明確に分離される。
悠真は迷わず腕を振るう。
拳ではない。
“払う”動き。
影が弾かれる。
黒い存在がさらに揺らぐ。
「……干渉無効」
その声に、わずかな焦りが混じる。
悠真は止まらない。
距離はもう数メートル。
中心が、はっきり見えている。
密度の核。
意識の集約点。
そこにだけ、確かな“重さ”がある。
「そこか」
一歩踏み込む。
その瞬間、裂け目が一斉に広がった。
広間全体が歪む。
外側にいるレオンたちにも、その影響が届いた。
黒瀬が顔をしかめる。
「なんだこれ……!」
リーメイが叫ぶ。
「領域が崩れてる!」
神谷が盾を構える。
「内側の負荷が限界だ」
アシュベルが低く言う。
「決めるしかない」
その声が、悠真の背中を押す。
悠真は拳を引く。
ゼロシンクが、さらに深く沈む。
世界が、完全に静止したかのように見える。
黒い存在の中心だけが、ゆっくりと脈動している。
ドクン。
ドクン。
そのリズムに合わせるように、魔力が集まり、放たれ、また集まる。
その“間”。
ほんのわずかな空白。
そこに、干渉の余地がある。
悠真の拳が動く。
最短。
最速。
無駄のない一撃。
拳が、核へ届く。
その瞬間、黒い存在が初めて明確に反応した。
「――拒絶」
だが、遅い。
拳が叩き込まれる。
衝撃。
黒い中心が、大きく歪んだ。
裂け目が一斉に震える。
空間が悲鳴を上げるように軋む。
黒い存在の輪郭が崩れ始める。
だが――
完全には壊れない。
悠真は理解する。
「一発じゃ足りない」
次の一撃のために、すでに踏み込んでいる。
そのとき、黒い存在が最後の抵抗を見せた。
中心から、膨大な魔力が一気に膨れ上がる。
「――排除」
空間全体が収縮する。
逃げ場はない。
だが。
悠真は止まらない。
拳を振り抜く。
二撃目。
核へ、もう一度叩き込まれる。
次の瞬間。
黒い中心に、決定的な亀裂が走った。




