415
核の内側から現れた“それ”は、形を持っているようで持っていなかった。
人の輪郭に近い。だが明確な肉体はなく、黒い光と影が層のように重なり、ゆっくりと揺れている。中心だけが濃く、そこに意識が宿っていることだけは分かった。
悠真の拳は、そのまま振り抜かれた。
直撃するはずの距離。
だが――触れた瞬間、手応えが消えた。
拳が“抜ける”。
空間を殴ったような感触。
その直後、横から圧が来た。
衝撃。
悠真の体が数メートル弾かれ、黒い床を滑る。
初めて、明確に“押し返された”。
悠真はすぐに体勢を立て直し、その存在を見据える。
「……実体がないか」
低く呟く。
黒い存在は、ゆっくりと形を整えていく。顔のようなものが浮かび上がり、目の位置だけがわずかに光る。
声が、直接意識に響いた。
「接触は無効化される」
音ではない。
思考に直接流れ込む言葉。
「この層における“死”は、物質に依存しない」
背後で、倒れていた黒い騎士が膝をついたまま顔を上げる。
「それが……封印の中身だ」
息を整えながら続ける。
「形なき死。概念としての“終わり”」
レオンたちのいる外側の空間にも、わずかにその圧が漏れ始めていた。
黒瀬が顔をしかめる。
「なんか……さっきよりヤバくねぇか」
リーメイが即座に反応する。
「位相が違う。あれは物理じゃない」
神谷が低く言う。
「干渉手段が限られる」
アシュベルは剣を構えたまま動かない。
「悠真しか届かないか」
黒い存在は、ゆっくりと腕のようなものを持ち上げた。
その動きに合わせて、空間が歪む。
次の瞬間、見えない“圧”が悠真へ落ちた。
衝撃。
床が砕ける。
悠真は半歩だけ沈み込むが、崩れない。
ゼロシンクの中で、その攻撃の正体を捉える。
「……空間圧縮か」
単純な力ではない。
存在そのものを押し潰すような干渉。
だが、構造は見える。
どこに力が集中し、どこが薄いか。
悠真が一歩踏み出す。
圧を正面から受けるのではなく、流れを“ずらす”。
干渉の密度が薄い一点へ体を滑り込ませる。
そのまま距離を詰める。
黒い存在がわずかに揺れる。
「……接近」
再び圧が落ちる。
だが今度は遅い。
悠真の中では、すでに“対処済みの攻撃”だった。
拳を引く。
狙いは一点。
核の中心。
最も密度の高い、意識の集約点。
「概念でも――」
低く呟く。
拳が振り抜かれる。
「干渉できないわけじゃない」
衝撃。
今度は、抜けない。
黒い存在の中心に、わずかな歪みが生まれる。
初めて、反応が変わった。
「……干渉確認」
わずかに声が乱れる。
悠真はその変化を見逃さない。
もう一歩踏み込む。
次の一撃を、迷いなく叩き込むために。
その瞬間、黒い存在の周囲に無数の裂け目が生まれた。
空間そのものが開き、そこから“何か”が流れ出そうとしていた。




