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悠真が、一歩前へ出た。
その瞬間、空気が変わる。
黒い騎士の魔力が広間を満たしているはずなのに、その中に“別の流れ”が混じる。静かで、しかし圧倒的な何か。
レオンが小さく笑う。
「……やっと来たか」
黒瀬が肩を回す。
「おい」
悠真を見る。
「ラスト持ってく気だろ」
悠真は何も言わない。ただ、拳を軽く握る。
ゼロシンク。
意識が、さらに深く沈む。
世界の音が消える。
結晶の鼓動も騎士の呼吸も。
すべてが遅くなる。
黒い騎士が剣を構える。
「……来るか」
刃に魔力が集まる。
黒い光が剣を覆い、広間全体が震え始める。
「終わらせる」
騎士が踏み込む。
床が砕ける。
一瞬で距離が詰まる。
剣が振り下ろされる。
その軌道は、完璧だった。
だが。
悠真には、すべて見えていた。
踏み込み。
体重移動。
刃の角度。
到達点。
すべて。
悠真が動く。ほんのわずかに体をずらす。
剣が、空を切る。
そのまま。
悠真の拳が動いた。
最小の動き。
だが――速い。
拳が騎士の腹へ突き刺さる。
鈍い音。
黒い騎士の体が、一瞬で浮いた。
次の瞬間。
悠真のもう一撃。
胸へ。衝撃。
騎士の体が後方へ吹き飛ぶ。
十数メートル。
床を滑る。
広間が静まり返る。
黒瀬がぽつりと呟く。
「……やっぱこうなるよな」
レオンが笑う。
「知ってた」
アシュベルが苦笑する。
「流れが読める」
神谷が言う。
「戦力差が大きい」
リーメイが小さく息を吐く。
「でも」
騎士を見る。
まだ立っている。
黒い騎士はゆっくりと起き上がる。
鎧にはひびが入っている。
だが。
まだ倒れていない。
騎士が悠真を見る。
そして、笑った。
「……なるほど」
剣を構える。
「それがお前か」
魔力が再び膨れ上がる。
だが先ほどとは違う。
荒々しいのではなく、研ぎ澄まされた集中。
「ならば」
騎士の足元に、黒い円が展開される。
リーメイが叫ぶ。
「領域……!」
神谷が低く言う。
「来る」
黒い騎士の周囲の空間が歪む。
広間の景色が変わる。
床が黒く染まり、空気が重くなる。
「――王域」
騎士の声が響く。
「限定領域・黒界」
その瞬間。
空間が閉じた。
悠真と騎士。
二人だけが、その中心に残された。




