253
ガル=ヴァルドの姿が消えたあと、
魔王領近郊の大地には、しばらく風の音だけが残っていた。
砕けた岩。抉れた地面。
そして、魔王と“殴り合った痕跡”。
黒瀬がゆっくりと息を吐く。
「……なぁ。
これ、夢じゃねぇよな?」
「現実だな」
神谷が即答した。
「俺の腕、まだ痺れてる」
レオンは大きく肩を回し、楽しそうに笑う。
「はは……やっぱ最高だな。
魔王ってやつは、こうじゃねぇとな」
悠真は、地平線の向こう――
ガル=ヴァルドが消えた方向を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……来い、か」
地図はない。
目印もない。
次にどこへ向かえばいいかも分からない。
それでも。
「とりあえず――」
悠真は一歩、前に出た。
「さまよってみるか」
「雑すぎだろ!」
黒瀬が即ツッコむ。
「魔王領だぞ!?
“さまよってみる”って言葉、一番使っちゃダメな場所だろ!」
「でもよ」
レオンが肩をすくめる。
「動かねぇと何も始まらねぇ。
あいつも、それを分かって言ってる」
神谷も頷いた。
「敵は“待ってる”。
なら、近づくしかないな」
こうして第零班は、
明確な目的地もないまま――
魔王領の奥へと歩き出した。
数時間後。
赤黒い霧の向こうで、
異様な気配が蠢いた。
黒瀬が立ち止まる。
「……来るぞ」
霧が割れ、現れたのは魔王軍の巡回兵。
角を持つ魔族が数体、無言で陣形を組んでいた。
その動きは、地球のモンスターとは明らかに違う。
無駄がなく、殺すことだけに最適化されている。
「……なぁ」
黒瀬が小声で言う。
「これ、経験値とか言っていい相手か?」
「言うな」
神谷が前に出る。
「覚悟決めろ」
戦闘は短かった。
連携。
魔力刃。
魔導結界。
魔王軍は確かに強かったが――
それ以上に、第零班は“もう前とは違った”。
最後の一体を倒した瞬間。
――雷鳴。
轟音が空を裂き、
地面に稲妻が突き刺さる。
全員が反射的に身構えた、その中心で。
「……無駄な戦い方だな」
低く、落ち着いた声。
雷を纏い、悠然と立つ男がいた。
悠真の目が、見開かれる。
「……アシュベル」
アシュベル・フォン・アイゼンリヒト。
十支族の一人にして、学友。
そして――ライバル。
アシュベルは悠真を一瞥し、鼻で笑った。
「やはり来ていたか。
お前が動かないはずがないと思っていた」
黒瀬が小声で呻く。
「……マジかよ。
十支族、観光気分で異世界来すぎだろ」
「観光ではない」
アシュベルは淡々と答えた。
「必要だから来た」
レオンがニヤリとする。
「ほぉ?
じゃあ、他にもいるってことか?」
アシュベルは、雷を収めながら言った。
「すでに何人かは門を越えている。
魔王領は――動き始めている」
悠真は、静かに拳を握った。
ガル=ヴァルド。
リグレア。
そして、魔王軍。
この世界は、確実に“戦場”へ向かっている。
「……そうか」
悠真は顔を上げ、アシュベルを見る。
「だったら、迷ってる暇はないな」
雷と魔力が交錯する魔王領で、
再び――物語は、大きく動き始めていた。




