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空気が、割れた。
爆音ではない。
衝撃波でもない。
世界の圧が、ひとつ下がった――そんな感覚だった。
ひれ伏していた魔物たちが、完全に動かなくなる。
生きているのに、存在を許されていないかのように。
黒瀬が唾を飲み込む。
「……冗談だろ。
これ、経験値とか言ってる場合じゃねぇ……」
神谷が盾を構えたまま、動けずにいた。
「……重い。
魔力じゃない、“圧”だ……」
レオンが、一歩前に出て、低く言う。
「来やがったな……
最悪のタイプが」
その瞬間――
空間が、殴られた。
何かが裂けたのではない。
踏み抜かれたのだ。
そこから現れたのは、一人の男。
巨躯。
鎧はなく、上半身はむき出し。
全身に刻まれた戦傷が、魔力を帯びて脈打っている。
拳を鳴らしながら、男は笑った。
「はは……ははははは!!」
声だけで、地面が震える。
「来てみたら、当たりじゃねぇか。
ほんとに“ゼロ”がいやがる」
その視線が――悠真を射抜いた。
逃げ場はない。
隠れる意味もない。
悠真は、静かに一歩、前に出た。
「……お前、この前アルセリアに来ただろ。今度はこっちが来てやったぞ」
魔王は、嬉しそうに歯を見せた。
「はは、そうだ。俺はガル=ヴァルド
戦うためだけに生きてる魔王だ」
次の瞬間。
ガル=ヴァルドの姿が、消えた。
――否。
移動したのではない。近づいたのだ。
距離という概念を、殴り飛ばして。
レオンが叫ぶ。
「相原ッ!!」
だが遅い。
拳が来る。
剣でも、魔法でもない。
純粋な“殴打”。
都市一つを吹き飛ばせる威力。
――悠真は、受けた。
避けない。
防御もしない。
ただ、立っている。
衝撃が爆発する……はずだった。
だが。
拳が、悠真の胸に触れた瞬間――
音が、消えた。
衝撃が、分解される。
圧が、霧散する。
ガル=ヴァルドの目が、見開かれた。
「……おお?」
悠真の足元の地面が、円状に沈む。
だが、彼自身は一歩も動いていない。
悠真は、低く言った。
「……来たなら、殴り合う気はある。
でも――」
一歩、踏み出す。
「仲間に手は出すな」
その瞬間。
世界が、二重に鳴った。
悠真の拳が、放たれる。
ガル=ヴァルドは笑ったまま、両腕で受ける。
――受けきれない。
衝撃が、魔王の身体を貫き、
地平線の向こうまで吹き飛ばした。
轟音。
空が割れ、雲が散り、
遠くで山が崩れる。
数秒の沈黙。
そして――
笑い声。
「……っははははは!!
いい!! 最高だ!!」
ガル=ヴァルドが、血を流しながら立ち上がる。
「ゼロ……
お前、まだ全然本気じゃねぇだろ?」
悠真は、息を整えながら答える。
「……ああ。
今日は、追い返すだけだ」
魔王は、満足そうに頷いた。
「いいな。」
拳を天に掲げる。
「強くなれ。
逃げるな。
折れるな。
死ぬな。」
そして――
「ここは様子見なんだよ。俺んとこまで来い、十分に戦える場所があるからよ。」
空間が、再び踏み抜かれる。
ガル=ヴァルドの姿が消えた。
残ったのは、破壊された大地と、
呆然と立ち尽くす第零班。
黒瀬が、震える声で言った。
「……なぁ……
俺たち、今……
魔王と殴り合ってたよな?」
レオンは、歯を見せて笑った。
「はは……
やっぱ最高だな、お前」
悠真は、拳を握りしめ、静かに呟く。
「……来いつってもどこだよ。」




